第四話 ブライダル・ムービー③
結局、私は放課後まで何もすることなく、適当に授業を受けたりなんだりして、普通に過ごした。
普通に見えるように、といったほうが正確かもしれない。堀内先生とみじかの熱烈なアレを見てしまったものだから、二人と喋るときにどうしても言葉が濁ってしまった。
友達と先生が恋愛関係にあるというのは、意識してしまうとどうにもだめだ。
でも考えてみれば───私とあの少年の、口約束の結婚も、彼らの関係と大差ないくらいに大問題じゃなかろうか。
あのときは確かに焦っていたし、ああするぐらいしか対処法が無かったのもそうだと思う。
けれど、もう少し賢いやり方もあったんじゃ?少なくとも彼に、余計な期待をさせないような───そんな方法……
「どーしたのさ、まわる。元気ないじゃん」
はっと気づくと、目の前にはみじかが立っていた。私は取り繕うみたいに「なんでもないよ」とだけ返した。
それでも、どこかみじかは不満気なように言う。
「今日、ツッコミの切れ悪いよ?いつものまわるなら、痛いくらいに鋭いツッコミしてくれるのに」
私はふふっと笑った。
「心配するとこおかしいって」
その言葉に、みじかの頬がぷくーっと膨らむ。
「だーっ!そんなお上品なツッコミは求めてないんだっ!勢いが足りないんだよっ今のまわるには!どうかしちゃった!?なんかあったらすぐに言えってのっ!」
絶妙にパワー過剰な気もしたけれど、思いやられているのは十二分に伝わってくる言葉だ。
…なんで最初、コイツを疑ってたんだっけ?
ま、なんだ…みじかの善性がわかっただけでも、疑った価値はあったのかもなぁ。
知りたくない部分もわかっちゃったけど。
「…うん…ホント、なんだかんだ好きだなぁー、みじか」
「えっ」
ありゃ?声に出ちゃってた?
「ちょ、まわる急に何さ?…てか意外とそういう趣味なワケ…?」
”そういう趣味”?
何か、それは酷い勘違いでは?───正さなくては。私は説得するために身近の肩を掴もうとするが、ぱっと払われた。
「やだ、そんな積極的な…」
そのとき確信した。まずい. 完全に百合の雄花だと思われていやがる。何だよ、何だよこの空気感は。何だよその扇情的な視線。
何だよこの意味不明な状況…。
変な空気感に耐えられず、私はおもむろにカバンを取ってそそくさと教室を出た。
あのままだと完全に取り込まれるところだった。危ない危ない。いや、みじかからしたらこっち側か取り込む方に見えたんだろうけども。
はぁと息をついて、廊下にかけられている時計を見た。午後4時。高校生にとってはまだまだこれからな時間帯だけど、小学生からすればもう下校途中くらいの時間帯かもしれない。
そう、あの男の子───私は決めた。今日始まったばかりの彼との関係は、今日中にけじめを付けなければ、と。
具体的には、プロポーズを今ちゃんと断って、何もなかったことにする方向で。
それをうやむやにしていたら、私にとっても、彼にとってもよくないことだと思うから。
このまま会わず、自然に縁が切れるのを待ったっていいし、多分それが一番賢い。
けど、なんだかそれは嫌だった。仮にも告白を受けたのだから、きちんと別れの言葉を言いたかった。
私は決心して、昇降口へ歩みを進めた。きっと、あの子は歩道橋の上にいる。それはあてのない直感で、外れているかもしれなかった。けれど、それでもいい。なぜだか今日中に彼に会えるという確信が、私の中にあった。
上履きを脱ぎ去り、下駄箱へ押し込む。自分でも気付かなかったけど、上履きはいつもより湿っていた。緊張すると、汗が出やすくなってしまう。そう、平常時よりずっと多く───それくらい、私は緊張していたのか。
汗で自分の感情をはかるのも、微妙に変態っぽいなと笑う。笑うくらいの余裕はまだあるんだ。
余裕──けれど、一つ違和感があった。焦るほどのことでもないけど、スニーカーを取り出そうとしたとき、何かが突っかかる感じがした。
不思議に思いつつ、ぐっとスニーカーを取り出してみると、一瞬の抵抗ののちにビリッという音がして、スニーカーとともに中から何か出てきた。
それは、一通の手紙───差出人は、サッカー部の内藤くん。
少し破れた紙面の上を見ると、それが私宛てのものだとわかる。
肝心の内容は───「歩道橋の上に来てください」と。
少し胸騒ぎがした。みじかの笑みを見た時のようなものとは、また少し違ったものだけど。
今から、何かが起こるような。それが良いことなのか悪いことなのかはわからない。
私はそれが、例えばみじかの時のような───平和とはいえなくとも、誰も傷つかない結末を迎えることを、願うだけだったんだ。