三口半⑤
堀内さんと別れたあと、僕は近くの公園に寄った。いつも買い物のあとは家に直行していたから、これは初めての行動だった。
公園にある木製のベンチに座り、ふぅとため息をつく。
「してはいけないコト」をする事の独特な快感。認めたくはないけれど、それは僕と彼に共通するもの。たとえば未成年飲酒とか薬物乱用とか、あたかも自分が特異的な人間であるかのような人間であるかのような錯覚が得られる行為───僕のような小学生が考えるには、それはまだ難しい。
けれど、後回しにしていくばかりでは何も進展しない。
僕はエコバッグに手を突っ込み、中から適当な何かをつかんで引っ張り出す。
そのなにかを見ると、どうやら塩焼きを作るために買ってきた鮭の切り身だった。
二重のポリ袋を雑に破り、碌に洗ってもいない素手で切り身をつかんで口に放る。生のまま。生食ができるわけでも燻製にされているわけでもない切り身。寄生虫感染の恐れを恐れず、特に何の味も付いていないというのに。
そういう自己の行動を否定するいくつもの論理的な言葉を押し込んで、僕は噛まずにごくっと切り身をのみこむ。ぐちゅ、ぐとゅとした気味が悪いんだか良いんだか分からない感触を感じながら、頬を吊り上げて笑った。
母さんが僕にカードを自由に使わせてくれるのは、僕に死んでほしくない思いが、とりあえず少しはあるから。スーパーの店員さんが過干渉にならず商品を売ってくれるのは、事情があるのだろうと察してくれるから。あの人が僕のばかげたプロポーズを受けてくれたのは、保身のためでもあるだろうけれど───僕の涙を見て反射的に行動をとった、そういう良心にも基づくのだろう。
それらを全部無視して、もしくは踏みにじって自分の躰を壊すのは気持ちがいい。そして、そう思う自分が心の底から気持ち悪い。
僕は悟った。
僕はあの人とこれ以上深い関係を持ってはいけない。そもそも関係と呼べるような関係ではないけれど、それをもう終わらせなくてはならない。
憧れている人が僕のプロポーズに応えてくれて、それについて色々考える時間を持てた。それだけで十分すぎるほどだったんだ。
プロポーズの本当の理由だって、伝えてはならない。僕はただの、馬鹿で夢見がちで泣き虫な小学生で構わない。
あなたとの結婚はとても幸せなことでした。けれど、離婚してください。
気持ち悪い、なんて自分でも思いながらその台詞を浮かべる。反芻する。
こんな自己嫌悪でさえ、むしろ自分にとっては快感なんだから、僕だって大概、限度を越しているよな───と、答えの無いことについて考えすぎたせいか僕の瞼は重くなり、閉じていった。
ベンチでうたた寝をするのは、初めての経験だった。