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苦手な方はご注意ください。

スターチスを君に

作者: なづき

抱えていた花束を解き整えて供える

この花は生前、あの子が愛していた花だ。


日に当たり熱くなっているあの子に触れた、人肌よりも熱い温度に指先が焼けるような熱を持つ。


その熱を感じながらそっと手を離しその熱をずっと感じたまま包み込む様に手を合わせた。


じんわりと汗ばんでいくのも気にせず目を閉じ()()()()()()記憶を探る様に、祈る様に何度も何度も唱えた。


「また、来ていたのか…」

低く弱々しい声が横から聞こえた。


目を開き声のする方へ視線を動かすとそこには痩せていてこの暑さで今にも倒れてしまいそうな男性が立っていた。


顔には疲れが浮かんでおり眉間にはシワがよっていて目の下に隈が出来ている。


「…猫田さん、お久しぶりです」

立ち上がり声を掛け頭を下げた


俺の言葉に彼は眉を寄せたが何も言わなかった。


あの子の元へと近づきしゃがみ込み

手にしていた花をまるでプレゼントの様に見せた。


「…晴瑠(はる)今年は綺麗に咲いたよ、母さんが頑張って育てているんだ。

『晴瑠みたいに上手くいかないわ』って涙を浮かべていたよ…

変わらず母さんは泣いてばかりだけれど、この花が咲く頃は少し笑顔が戻るんだ…晴瑠、ありがとう」


ふっと微かに笑みを浮かべた横顔に誰かが重なった気がした。


その瞬間、目が眩み頭痛がした

激しい痛みに頭を抱えているとそっと背を摩られる。


俺の頭痛が治まるまで暫く何も言わずに摩り続けてくれていた。


屋根付きの場所で少し休んでいるとペットボトルを差し出される


それにお礼を言いながら乾いていた喉を冷たい水が落ちていった。


その感覚に心地良さを感じているとふと、話し掛けられる。


「…あれから、8年経った。

あの子は……

あの子は本当に…颯馬(そうま)

…君の事が大好きだったんだ。


毎日、毎日、君の事を話すくらいにはね…


その晴瑠が、君がいつまでも晴瑠の事を思って立ち止まっていると知ったらと思うと

…浮かばれない気持ちになるんだ。


それに、その様子だとまだ晴瑠の事を思い出せていないのだろう?


よく()()()()()()()人の事を考えるのはやめて

君は、君の人生を生きなさい。


…来年からはもう、来なくていい」


苦しそうな、泣きそうな顔とか細い声でそう言い座っていた目の前から立ち上がり去ろうとする背中を


どう呼び止めたら、どう言ったらいいのか分からず引き止められずにいた。


そんな俺に気づいたのか少し離れた場所で振り返ると眉を寄せた険しい顔で言った。


「…それでも、君が晴瑠の事を覚えていてくれたらと何度も…何度も思ったよ。


事故の後遺症とはいえ、8年経った今でも君の中に晴瑠は居ないんだな


それだけが唯一、()()君を許せないよ……」


俯き、歯を噛み締め心底恨めしいと言わんばかりの声で言われた『許せない』に心臓が潰れたかの様になり

身体中の熱が消えた様に感じた。


今度こそ本当に何も言えず固まった俺を放り行ってしまった。




ぼんやり覚えているのは突然前から強く押され次の瞬間、俺は頭をガードレールに酷く打ちつけた。


白む視線の先にはトラックが横切り()()をはね飛ばし次には悲鳴と爆発音がした。


音のした方へ首を向けると更に頭の痛みが激しさを増したが見なければと何故か強く思って…


その視線の先には地獄が広がっていた。


上がる炎と煙、騒ぎ集まったり走って行ったりする人々、そして地面に広がった血の真ん中にいる………


そこで意識は途絶えた。


次に目を覚ました時には俺は激しい頭痛と高熱と嘔吐で何も分からなくなっていた。


辛うじて覚えていたのは自分の事と、家族、もう1人の幼なじみの事だった。


だが、あの子の姿だけが俺の中に無かった。


その事を知った猫田さんが病室に来ると血走った目で俺に罵詈雑言を吐き出し


遂に殴り掛かってきたけれどグッと何かに耐える様に握り締めた拳はベッドに打ち付けられ


止めに来た奥さんはその場で泣き崩れ、俺の母さんはずっとずっと謝っていた父さんも猫田さんを止めながらも何度も謝っていた。


ただ1人、俺だけが…この状況に理解が追いつかずにいた。


ただ、ぼんやりと浮かぶあの子に懺悔する様に涙を流した。




事故から復学した俺はまるで何かが抜け落ちた様になっていた。


当然だった、一番大切だった筈のあの子の姿が無いのだから…


記憶は無くなったがふとした時にあの子が()()のだと、感じられる事が何度もあった。


自然と足が向かう花壇、あの子とよく居た図書室、あの子が好きだった飲み物、自販機で買いに行くと必ず2本押してしまう癖がついていた。


美術部だったあの子の描いた絵が飾られていて…その中に俺の姿があった。


当時、サッカー部だった俺がシュートを決める瞬間だった他にもあの子のスケッチブックには俺の絵がどのページにも居た。


俺は自然と涙を流していたあの病室以来、出なかった涙が止まらない程出てきて


驚いて止めようとしたけれど嗚咽を零しながらスケッチブックが濡れてしまわないように抱き締めながら泣いた。


この時、あの子を思い出したいと強く思ったんだ。




重い足取りでたどり着いた俺の部屋から殴られてでも猫田さんに渡さなかったあの時のスケッチブックを開いた。


何度見ても俺ばかりのその絵に手を滑らせじっくりと見ていた。



そうすればあの子の、晴瑠の事が鮮明に思い出せる気がして…




あれから8年、今年で俺は25になる。


今では社会人としてそれなりの会社でそれなりに生活している。


実家には帰っていない、あの事故以来兄と気まずくなり話もしなくなり兄が卒業と同時に家を出て行った。


何となく、家に居ずらく思った俺は家から遠い所を選び社宅のある会社に入った。


毎年、お盆や正月になると帰っておいでと連絡が来るものの何かしら理由をつけて断っていた。


そう、俺は思い出したいと言っておきながら…


本当はもうずっとずっと逃げ続けている。


思い出すきっかけになりそうな実家も、兄も、もう1人の幼なじみももう、ずっと避けている。


怖いんだ、もう居なくなってしまったあの子がどれ程自分にとって大切な存在だったかを知るのが。


だってもう、晴瑠は居ない、それを深く自覚する事になるだけだ…




俺は皆に隠している事がある…

本当は晴瑠との日々を思い出しつつある。


けど、そのどれもが晴瑠との愛しい日々でそれを知る度、自覚する度俺は深く傷つくんだ。



晴瑠の好きだった花壇の青く小ぶりな可愛らしい花

そのお世話を晴瑠は好きでやっていた。


荒らされたり踏まれた跡があれば悲しんで整えてあげていたし、水やりも欠かすことが無かった。


夏がやってくると嬉しそうに微笑んで『また、綺麗に咲いたね』と、俺の手を取って嬉しそうにしていた。


俺の試合がある時にはいっつも応援に来てくれていたカメラを首から下げていて


『今日も格好良かった!やっぱり颯馬(そうま)は画になる!』

と言って興奮した顔で頬を紅潮させながらにっこりと笑った。


どれだけ暑い日も、寒い日も欠かすこと無く来ては

ここが格好良かったとか、あの時凄かったねとか、どうやってるの?とか


普段は大人しいのに試合の日は何時もより沢山話していた。


そうだ…あの日、あの日も確か試合の日で晴瑠が怒って先を歩いててそれで…


そこで激しい頭痛がして頭を抱え込み呻いた

いつもここら辺で頭痛が酷くなる。


まるで、これ以上は思い出してはいけないと脳が拒否しているかのようだった。



いつの間にかそのまま寝落ちていたらしい

まだ、微かに痛む頭に手をあて体を起こし


何気なくスマホに目を向けると

19時の文字が目に移り結構寝てたなと頭を搔いた


立ち上がり痛み止めを飲み風呂に入って寝てしまおうと湯を沸かそうとボタンを押した時だった。


スマホが鳴ったので見ると幼なじみの名前が目に入った


出るかどうするかと悩んだ結果まだなり続けるのでとる事にした。


『よぉ、元気か。久しぶり、漸く電話取る気になってくれて良かったよ…』


それだけ言って意地悪く笑った声が聞こえた。

どうやら連絡を避けていたことがバレバレだったらしい。


…まぁ、分かっていたけど。


「…久しぶりだな、志狼(しろう)


何事も無かったかのように返すと更に可笑しかったのか電話越しに吹き出したのが聞こえた


『俺の事、避けてたろ。ま、良いけどな

…なぁ、晴瑠の事なんだがな、1度……こっち帰って来れねぇか

お前に、見せたい物があるんだ…あいつを思い出すきっかけになると思う。


……無理にとは言わない、お前がどうしたいかだ。

一度、しっかり考えてまた連絡してくれればいいから


…そんだけ!また、飯でも飲みにでも行こうぜ!

じゃぁな!』


それだけ言って切れてしまった。


俺がどうしたいか……志狼(あいつ)だってきっと苦しい筈だった。


俺と志狼と晴瑠は幼なじみだったんだ、あいつだってきっと辛いはずなんだ。


俺ばかりが、辛い訳じゃない。わかってる、分かってるんだ。


俺がただ、逃げているだけだって事もちゃんと分かっているんだ。



全部、全部分かってるんだ……





1週間悩んだ末、やっぱりこのままでは駄目だと


何度もスマホの電話帳を開いては閉じてを繰り返していた。


まだ、朝早いかもと朝の6時に一度諦め1時間後、更に1時間と増やしていき今、現在の時刻は15時だ。


決めたはずの心はまた揺らいでいた

もし、これで全てを思い出した時、俺は正気で居られるのだろうか


もし、逆にこれで何も思い出さなければ…俺はもう、永遠に晴瑠との思い出が思い出せないのかもしれない。


怖い、怖くて堪らない。

でも、だけど、このままではやっぱり居られない!


漸く意を決して通話ボタンに指が触れた。


やけに長く聞こえる呼出音に鼓動が早鐘の様になっている


緊張で指先が冷たくなっていくのを感じた


掛け直した方が良いかと溜息を吐いた時だった


『……』


呼出音が止まり向こうの環境音が僅かに聞こえた


「…志狼か?」


緊張した声で一言声を出すと暫くの沈黙の後、声が聞こえてきた。


『…良かった。連絡、こないかもなって思ってた』


その言葉にギクリと肩を揺らしたが相手に伝わるはずも無いかと開き直る。


『…ほんと、驚いてお前のスマホ乗っ取られたんかと疑った位だわ…はは


だから、出るの遅くなった悪ぃ。切れる前に電話取れてよかったよ』


「…ふは!乗っ取りって……まぁ、俺の日頃の行いだよな。

今まで、ごめんな。何度も連絡くれてたのに……」


『…いや、良いんだ。お前が辛いのも分かってるつもりだ。


お前の気持ちが全部、理解出来るなんて言わねぇけど。

同じ、親友で幼なじみの晴瑠を亡くしたんだ。


俺だけは少しは分かってやれてるって思ってるよ勝手にな』


そうだ、俺だけじゃない。


「…あぁ、志狼。……そうだったな…」


さっき迄の緊張感は消え少し心穏やかになれた


『…それでだな、詳しくは向こうで話すんだがな

お前、覚えてるかうちの美術部ってはなれにあっただろ?


そこが結構老朽化が進んでいて雨漏りも酷くなったから改装工事するらしくてさ


それで先生達が整理してたら、たまたま見つけた物があって其れがどうやら晴瑠の物らしくてな。


おばさんに連絡したらそれは『颯馬君に持ってて欲しい』だってさ。


そんで、俺今それを預かってんだ。

だから、それを引き取りに来て欲しくてな


あと、学校もついでに見に行こう。何か思い出すかもしれないだろ』


気を遣わせていたのだと今更に思った。


「…分かった、今度の土曜にそっちへ帰るよ

都合、つきそうか?」


ほとんど空白のカレンダーを見ながら答える。


『…あぁ、予定ないしその日にしようか。

俺の家、覚えてるか?』


少しの間の後に少し明るくなった声で返事が返ってくる


「…覚えてるよ、じゃぁ、今度の土曜に」


記憶が無くなった後も何度か家に呼ばれていた


今、思えば志狼にはかなり励まされていた

何度も何度も思い出そうとする度頭痛を起こしその度に心が折れそうになっていた。


高2の頃なんて通学しては引きこもってを繰り返していた。


本来であればそんな奴、面倒だと離れて行くものだろう実際、何人かは離れて行ったし避けられていた気がする。


それでも、あいつは何も言わずに俺の家に来ては課題を持ってきたりゲームしたりと焦らずにずっと気に掛けてくていた。


それなのに、俺と来たら実家から出た瞬間からあらゆる連絡を拒絶した。


一人でいた方が良いのだと自分に言い聞かせていた。


それでも、ずっと志狼からだけは諦めずに連絡をくれていた。


「……ありがとな」


小さく呟いた声に聞こえていたのか、いなかったのか。


『…お前、寝坊とかしねぇでちゃんと来いよ

ドタキャンしたら許さねぇからな。


じゃぁな』


あぁ、とだけ返事をして電話を切った


本当に、ありがとうな。







久々に帰ってきた地元は空き地だった所に家が建っていたり


前には無かった大型のショッピングモールが出来ていたり


かなりの数のドラッグストアが出来ていたりした。


前とは違った町の様子に覚えていた景色が重ならず結局、ナビを使って志狼の家に向かった。


途中、懐かしいおばさんやおじさんに出会い声を掛けられたりして足を止めては長話しに苦笑いしながら


辿り着いた時には1時間も約束の時間から遅れていた。


久しぶりに会った志狼は眉間に皺を寄せ青筋を浮かべていた。


「…遅刻、すんなっつったよな?」


口角をひくつかせながら怒っていた志狼に咄嗟に言い返してしまった


「…いや、寝坊はしてねぇし」


それを聞いた志狼が俺の頬を思いっきり抓りやがった




抓られた頬を赤くしながら部屋へ通されると

そこには白い布が掛けられたキャンパスらしいシルエットが置いてあった。


志狼はその傍へより此方に視線を向けた。


まるで、最後の確認をするかの様に…

俺は何も言わなかったが、一呼吸置いてから頷いた。


それを見た志狼は同じ様に頷き隠されていた布を取った。


現れたのは制服姿の俺だった。

夕日に照らされているのだろう、背景が夕日色で

俺はまるで大切な何かを見るように頬ずえをつきながら暖かな視線を向けて笑っていた。


その視線の先に居たのは…きっと……


その瞬間、激しい雷に撃たれたかの様に酷い頭痛を感じた。


俺の身体は傾きその場に倒れた事が頬に当たった衝撃で、傾いた霞む視界で分かった。





『…ねぇ、ねえってば!

もう!動かないでよ!笑いすぎだから…


これ、今度の展覧会に展示するんだから。

しっかりしてよね……ほら、ポーズとって』


頬を膨らませながら少し伸びた前髪を耳に掛け直しまたキャンパスに向かった。


その横顔はとても真剣で…何より綺麗だった。


黒く艶のある髪…俺と違って染めたことの無いその髪はサラサラと流れるようだった。


まだ、丸みのある少年の様なその横顔は白くよく外にいる俺とは違って焼けたことの無い綺麗な肌だ。


真剣な眼差しは、長いまつ毛に縁取られた真っ黒で大きな瞳でとても可愛いのにその目に見詰められるとたじろぎそうだ。


晴瑠の全てが俺にとっては___



『…ふぅ、出来た!まぁ、まだ下書き程度なんだけど……


もう、良いよ。ありがとう』


その声に立ち上がりキャンパスを覗き込む。


そこには微笑んだ俺の姿が写っていた。


「…相変わらず上手いな、でも俺こんな締りの無い顔してたか?


どうせ描くならもっと格好良く描いてくれよ」


キャンパスの端を指で弾くとまた頬を膨らませた晴瑠が言った。


『この顔、僕は好きなのに……


それに嘘は良くないよ、僕の目に写る君自身を描かなきゃ意味が無いよ』


そう言ってそっとキャンパスに手を触れていた。


「…お前には俺がこう見えてんのか?

てか、嘘って…お前、いっつも俺の事格好良いとか言ってた癖に」


フンと横を向くとキャンパスを見ていた晴瑠がこちらを向いた


『…嘘じゃないよ!サッカーしてる時の颯馬は格好良いよ』


ぐっと親指を立てキリッとした顔で言う


「…いや、サッカーしてる時だけかよ」


デコピンをくれてやると額に両手をあて痛い!と言っていたがその口元は笑っていた。


「もう、すぐそうやって暴力振るうんだから!

彼女が出来てもこんな事してるとDV男って言われちゃうよ!」


更にその両頬を引っ張ってやると痛い、痛い!!と怒っていた。


「…バーカこんな事すんのはお前だけだよー

もっちもちのお前だからあんまり痛くないだろう


…それに、彼女なんて出来ねーよ俺、モテないから」


そう言って頬から手を離してやるとふふっと笑っていた。


頬を抓っていたからなのかその丸みのある頬は僅かに赤らんでいた。


潤んだ瞳も夕日に照らされとても綺麗だった。


ふと、上目でこちらを見上げた晴瑠はとても可愛くて胸が高鳴った。


『…もう、すぐそうやって……

まぁ、確かに颯馬モテないよねサッカーやっててイケメンなのにね!


中身が残念だからかもね』


と、まるでイタズラの様に笑っていた。


「…誰が残念だってー?」


また、頬を抓ってやるともう、やめてよーと怒っていた。


そうだ、この後、確か大事な約束をした気がする

なんだった、何を約束したんだった?


『…ねぇ、颯馬。

次の試合の日、誕生日だったよね?


だから___』


そうだ、あの事故の日俺の誕生日でそれで…

確か試合終わったら誕生日会がしたいって晴瑠が言って……


この続きになんて言ってた?なぁ、晴瑠。

お前、俺に何が伝えたかったんだ


大事な所が聞こえないまま俺の意識は薄らいでいく

いや、目が覚めようとしているのか。


あぁ、例え夢でも晴瑠の姿と声があれ程鮮明に見られて聞けて良かった。


出来ることなら俺はずっと()()()()()()事を伝えたかった。



目を開けると白い天井が広がっており背に感じるふかふかとした感覚にベッドにいる事に気がついた。


あぁ、俺倒れて志狼の部屋で寝かせてもらってんのか


目を覆うように手をあて滲む涙に先程までの夢の余韻に浸っていた。


小さいノック音がなり志狼が入ってきた。


「…目、覚めたか」


腕で残っていた涙を拭き取り起き上がると志狼を向いた。


志狼はヘラっと笑いながら聞いた。

「…飯、食えそうか?」


それに頷き返しベッドから抜け出た




気がつけば夕方だったらしく用意された夕飯を食べながらさっき見た夢の話をした。


その話しが終わるまで何も言わずにただ、聞いてくれていた。


全て聞き終わると何かを思い出した様に言った


「…そう言えばあの日、お前の試合に行く前に俺にSDカード置いて行ってた


何だっけなあんまり気にしてなかったから詳細は覚えてなかったけど……


なんでこんなもんを俺に預けんだ?って不思議に思ってたから


けど、あの後の事で頭一杯で今の今まで忘れてた


ちょっと待ってろ探してくるわ!」


食器もそのままに部屋に走って行ってしまった。



俺はソワソワとしながらも食器を片付けていた

その間も部屋の方からガタガタと音をたてながら探し回っているようだった。


やがてそろそろ俺も手伝おうと顔を出しに行った所で

SDカードを掲げながらおっしゃーと大声を出していた。


それからそれを掌に乗せてそっと触れると小さい声で


「…遅くなってごめんな、晴瑠」


俯いた横顔はどこか切なげに見えた。


その雰囲気をかき消してばっとこちらを振り返ると俺の胸に突き付けた


「…はい!これ、お前にって言ってたやつだから

…多分な」


それを受け取りぐっと握り込むとパソコンと部屋を借りて見ることにした。


そこには2つほどフォルダーがあった。


一度、深呼吸をしてから1つ目を開けるとそこには沢山の俺の写真があった。


どれもサッカーや遊びに行った時の写真ばかりで必ず俺が写っていて

その内の何枚かは晴瑠と志狼が写っていた。


俺はこれをどんな気持ちで撮ってくれていたのか…

少し、分かった気がした。


そして、もう1つの方を開けるとそこには晴瑠が写っていた。




横を向いてモジモジとしたり視線を泳がせて何かを決心したかのようにこっちを見た。


『…颯馬、誕生日おめでとう!って、多分誕生日会で言ったんだろうけど……


もう1回、言わせてね。こんな事した事なくてすごく緊張してるんだからね』


俯き指を弄っていた、時々する晴瑠の癖だ。


『…この動画見てるってことは僕の話し聞いてくれたんだよね?


…どう、思ったかな。やっぱり気持ち悪かったかな?


散々、友達面しといてしかもこんなに長く一緒にいて今更、何って感じだよね…


それでもね、どうしても今言っときたかった』


勢いよく顔を上げた、その顔は真っ赤でとても可愛いらしかった。


『…僕、高校卒業したら留学しようと思ってて……

その準備もお父さん達に話もしてるんだ。


海外ってなるとなかなか会えなくなるし、颯馬が都会の大学に行っちゃうって聞いたから……


3年になったらきっとお互い忙しくなるかもだし、そんな時にこんな話しも出来ないだろうなって思って。


颯馬はモテないなんて言ってたけどそんな事ないよ


結構、人気なんだからいっつも気が気じゃなかった』


視線を逸らし切なげな表情を浮かべ僅かに瞳が濡れていた。


『…僕はもうずっと颯馬が好きだったよ。


何度も駄目だって自分に言い聞かせてむしろ、颯馬に早く彼女が出来てくれれば諦めつくのにって……


でも、いざ女の子が颯馬に話し掛ける度に胸が苦しくてその度に自覚して


あぁ、僕はきっと死ぬまで颯馬が好きなんだろうなって思ったよ』


丸い頬に涙が伝ったあの綺麗な目で此方を見ている、俺に好きだと言ってくれている。


あぁ、あぁ、きっとあの瞬間までずっと晴瑠は……


滲んでいく視界に自分も涙を流している事に気づいた


画面に触れ晴瑠の涙を拭ってやりたい、触れたい、俺も…俺も好きだと伝えてやりたい。


『…ねぇ、颯馬。もし、僕と同じ気持ちだったなら


お願い…明日、美術室に来て。待ってる』


最後に涙を浮かべながら微笑んだ。



動画が止まったにも関わらず涙が止まらなかった。


嗚咽をこぼし写ったままの晴瑠に何度も触れては涙を拭っていた。






散々泣いてそのまま眠ってしまった俺は朝起きて志狼に話した。


志狼はふっと笑い言った。


「…じゃぁ、行くか。美術室!」


俺が目を見開いていると志狼が口角を釣りあげ


「…返事、しに行かないとな?晴瑠が、待ってる……だろ」


俺は俯きぐっと拳を握った。


「……そう、だな。随分、待たせたし。

きっと、怒ってるかもな」


冗談みたいに笑って言うと志狼はイタズラみたいに笑って言った


「…あぁ、きっとすんごい目くじらたてて怒ってるだろうぜ


あいつ怒ると怖いからな」


違いないと笑いあっていた。



3年間通った懐かしい筈の通学路を通ったがやっぱり何処か違和感を覚える程変わっていた。


けど、変わらず公園の木陰で寛ぐデブ猫を見つけて志狼と笑った。


あの猫は晴瑠が可愛いと言ってしょっちゅう餌を上げていた。


なんでもあのシルエットが可愛いのだとか


俺達が近づくと唸っていた、そこも変わらない俺達がデブ猫だとからかっていたのが分かったのか


何故か晴瑠にしか懐かなかったんだよな……


「…まだ、居てくれて良かったよ。元気でな」


俺がそう言うと猫が振り返りニャーと鳴いた


「…ふっ、返事したな」と志狼が揶揄うように笑っていたがその目は穏やかなものだった。


それからもかつての面影のあるものを見つけてはお互いに晴瑠との思い出を話して歩いた。


そうこうしてる間に辿り着き前もって連絡をしていたので美術部の先生が出てきた。


先生は晴瑠の事を知っていたので事情を話すとすぐにOKを出してくれた。


久々に見た先生は少し丸くなっていて暑さでふぅふぅ言っていた志狼が軽いノリで「老けましたねー」


なんて言うと先生がプリプリ怒りながら「佐木島(さきしま)君は変わらずの様ですね!」と言い返されていた


暗に成長していないと言われた志狼は苦笑いして謝っていた。


美術室へ向かいながら晴瑠の話しをした


「…猫田君はとても優秀な画家でした。

彼の描く絵はとても人気で、特に原田(はらだ)


君の絵はとても人気でしたよ誰が見ても笑顔になっていましたから……


あぁ、でも1枚だけとても切ない絵がありました

それを見た人達は皆、何故か大切な人に会いたくなるそうで……」


ドアを開けどうぞと通されるとあの時のままの部屋に


まるで時間が戻った様な気がしてその場で動けなくなった。


先生はそんな俺達を見て目を細めた


「…私は少し用事があるので鍵を預けますから

帰る時に届けに来てください」


そう言って行ってしまった。


志狼が周りを見渡し何処か懐かしむ様な顔で壁に飾られている絵画を眺めていた。


俺はふと、1枚の絵に目が止まった。


壁の中心、他の明るい絵と打って変わって1枚だけ


晴瑠の愛したあの花が飾ってあった。

その下に書かれている題材には『スターチスを君に』と書かれている。


そして、その絵画を描いたのは晴瑠だった。

寄贈と書かれておりきっと猫田さんがこの学校に遺したのだろう。


晴瑠が居た事を……


ツキりと頭が痛み映像が流れる


そうだ、あの時……


『ねぇ、次の試合の日…誕生日だったよね?


だから、終わったら僕の家で誕生日会しよ!


それでね…それで……ううん、これはその日に言うね!』


顔を赤らめながら何処か恥ずかしそうに笑って言った。


場面が切り替わり試合後、二人で歩いている…


『…ねぇ、なんで!今日、誕生日会しよって言ったのに……』


瞳を濡らしながら見上げ眉を寄せている


「…いや、疲れたし。それにいつでも出来るだろ誕生日会なんて……明日で良いだろ。休みだし」


ため息をついて首を振ると晴瑠を横切り前を歩いた


『…駄目だよ。今日しないと間に合わないんだもん』


立ち止まり俯いた晴瑠から数滴何かが落ちた

汗だったのか涙だったのか分からないが……


「…なんで、今日に拘るんだよ?」


首を傾げて暑さと疲れでイラつき語気を強めると

肩を揺らした晴瑠は涙を浮かべた顔を上げきっと睨んだ。


『約束…したのに……もう、いいよ』


今度は俺の前を歩いていく俺は慌てて謝ったが聞き入れて貰えなかった


ずんずんと歩いていく横断歩道を渡り真ん中あたりで何かに気づいた晴瑠がこちらを振り返り………


あぁ、あんなに怒っていたのにそれでも俺を……


「…ごめん、ごめんな。晴瑠、晴瑠」


俺は立ち止まったまま思い出した記憶の中で泣いていた。


それに気づいた志狼が何も言わずに俺の背をトントンと叩いていた。



スターチスが描かれた絵画に目を向け

「……晴瑠、俺……お前の事が好きだ。返事が遅くなってごめんな」


突然、隙間風が吹き絵画がカタカタと揺れ落ちてしまった。


慌てて拾い上げ傷ついていないか確かめた時だった


絵画の後ろ側に何かが小さく書いてある事に気がついた。


『スターチスの花言葉はね変わらぬ心、途絶えぬ記憶なんだって

たとえおじいちゃんになって忘れてしまっても心が覚えているんだって僕は思うんだ


だからね、この絵や花を見てお互いを感じていられたら良いなって思うんだ


颯馬、大好きだよ。来てくれてありがとう!』


その絵画を抱き締め何度も何度も言った。


「…俺も、俺もだよ、晴瑠。

ずっとずっと好きだ、大好きだ、愛してる」


あの頃、伝えられなかった想いが、言葉が届く事を祈って何度も。



目を真っ赤に腫れ上がらせた俺を志狼は笑っていたがその目には同じ様に涙が滲んでいた。


鍵を返しに行った俺達を見た先生はあわあわしていたけれど俺が絵画を抱き締めて事情をぼんやりと話すと


持ち帰る事を許してくれた。


俺は、猫田さん達にこの事を話して思い出した事も伝えて謝りたいと思った。


それから、実家にも帰ることにした。


久々に帰った俺に父さんと母さんは酷く安堵した顔をしていた。


そして、たまたま、帰っていた兄貴とも話すことが出来た。



「…やっと、成長したかクソガキ。

お前、俺の気持ちに気づいていたんだろ……


変な気遣いやがるからこっちもついイラついて…


その絵、俺も見たよあの子が大好きだった花だな。

結局、あの子にはお前しか映って無かったんだな……」


なんて返せばいいのか分からず俯いていると


自嘲する様にふっと笑った後、ワシワシと俺の頭を撫で…ぐしゃぐしゃにしていた。


「…よく、思い出したな。あの頃のお前は見ていられないほどに傷付いていたのにお前にあたって悪かったよ……」


その言葉に俺もごめんと呟くと更にぐじゃぐじゃにされた。




また、いつでも帰っておいでと両親に見送られ兄貴からはふっと笑い掛けられて家を出た。



俺は今、猫田さんの家に向かっている

絵画を貰う許可を貰う為だった。


玄関で緊張してしまって中々呼び鈴を押せずにいると


ふと、強い風が吹きその暖かい風に少し落ち着けた。


深呼吸をして呼び鈴に手を触れるとおばさんの声が聞こえてきた。


「……()()()()、お久しぶりです」


そういうとガタガタと音がなり扉が開いた。


「……颯馬君、あなた、記憶が…!」


その後ろから足音がして猫田さんが出てきた。


「……()()()()()()()()今日は大事な話しをしに来ました」


頭を下げるとおじさんが深い溜息を吐きながら


「…颯馬、そんな所に居られると変な噂が立つ


早く上がってきなさい」


勢いよく顔を上げ家に入って行った。




記憶を思い出したきっかけや動画、絵画の話しをすると2人は手を握りあいながら時折、目を合わせながら


静かに俺の話しを聞いてくれていた。


「…それで、この絵をいえ、晴瑠を俺に下さい!」


思い切ってそう言うと2人は目を見開き顔を合わせ笑いあった。


「……『お前のような奴に息子はやらん』て、言って欲しいのか?」


久しく見たおじさんの笑った顔はやはり何処か晴瑠に似ていた。


おばさんは涙を浮かべながら笑っていた。


「……颯馬君、ありがとう。

あの子の事を思い出してくれて、好きになってくれて……」


とめどない涙を流し続けるおばさんにつられるように俺も泣いた。


ここ最近の俺は泣いてばかりだ。



俺は、絵画を受け取り帰ろうとしていた時だった


「…また、来い。晴瑠(かいが)も忘れずにな……

それから、今度の墓参りは一緒に行くぞ」


「……っ…はい!」


二カッと笑ったおじさんに俺も同じ様に笑いながら言った。








晴瑠、晴瑠が遺してくれたもののお陰で俺は独りじゃないって思えるよ。


晴瑠はもう居ないけど、俺の中に晴瑠がずっと居るんだ。

記憶がなかった間も晴瑠の絵や晴瑠の花を見る度に晴瑠を感じていられた。


もう、大丈夫。俺は前に進めるよ

晴瑠との日々を胸に前に進めるんだ。



愛してるよ晴瑠。































































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