9 こたえ
夜の部屋には、灯りを落としたままの静けさが満ちていた。
外の街灯の光が、カーテン越しににじみ、床の一部をぼんやり染めていた。
ソファに背を預けて、僕は何も見ていなかった。
彼女の言葉が、ずっと頭の奥で反芻されていた。
“進みたい”
たった一言。
けれどそれは、僕の足元を確かに揺るがせた。
そして、足音もなく扉が開いた。
彼女がそこに立っていた。
「……入ってもいい?」
声がかすれていた。僕はうなずくことしかできなかった。
彼女は迷いのない足取りで僕の隣に腰を下ろし、静かに息を吐いた。
そして、ぽつりと呟く。
「わたし、間違ってる?」
「……それは——」
「好きになっちゃ、いけないの?」
僕は息を呑んだ。
その問いに、もう何も隠す言葉を持ち合わせていなかった。
「ずっと我慢してたの。
あなたに甘えたくなる気持ちも、触れたくなる気持ちも。
子ども扱いされるのも、悪くなかった。でも……もう、違うの。
ちゃんと、あなたが欲しいと思ってしまってるの」
その言葉は、刃のように鋭く、炎のように熱かった。
僕の中で、何かが限界を越えた。
抑え込んできた感情の蓋が、はじけ飛んだ。
気づいたときには、彼女を強く抱き寄せていた。
小さな身体が、何の抵抗もなく僕の腕の中に収まった。
僕の名を、震える声で呼ぶ。
その一言が、最後の理性を焼き尽くした。
彼女の唇に触れると、息が絡まった。
ただの接触じゃない。互いに求め合う熱が、重なった。
「……もう、守るだけじゃ無理だ」
「君を見てると、全部欲しくなってしまう」
「ごめん。でももう、止められない」
彼女は涙を浮かべたまま、笑った。
「わたしの全部、あなたに壊してほしいって、ずっと思ってた」
その言葉は、甘く、痛く、どうしようもなく美しかった。
僕らは崩れるように身体を寄せ合い、手探りで相手を確かめるように触れた。
この夜を越えた先に、何があるのかはわからなかった。
けれど、もう戻れないことだけは、はっきりわかっていた。