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7/10

7 崩れないように

 翌朝、僕は起きてすぐ、手を離していた。


 まだ寝息を立てている彼女の手から、そっと。


 自分が何をしてしまったのか、まだはっきりとは言葉にできなかった。ただ、昨夜の重さが手のひらに残っていた。


 朝食を作り、食卓に並べて、彼女を呼んだ。


 彼女は少し眠そうな顔で席につき、「ありがとう」と呟いた。


 何もなかったように、いつも通りの朝だった。けれど、僕の中には妙な緊張が残っていた。


 彼女の視線を感じるたび、返事が遅れる。手元のコーヒーを持ち上げるときにも、気づかないふりをしてしまう。


「今日ね、学校に行ってみようかな」


 彼女がそう言ったとき、僕は驚いた。


「……大丈夫?」


「わからない。でも、ここにずっといると、わたしが止まっちゃいそうで」


 その言葉に、彼女の意思の強さがにじんでいた。僕はそれが少しだけ、眩しかった。


「じゃあ、今日は午後半休取るよ。迎えに行く」


「ううん、大丈夫。自分で行って、自分で帰ってくる」


 そう言って、彼女は立ち上がり、制服のブラウスの袖を整えた。


 ほんの数日前まで、彼女はソファで小さく丸くなっていたのに。今は、ひとりで立ち上がろうとしている。


 嬉しかった。でも、少しだけ、寂しかった。


 その日の夕方、僕は早めに帰宅してしまった。


 玄関の前で、彼女の靴があることを確認してから、鍵を開ける。


「ただいま」


「おかえり」


 キッチンから彼女の声が返ってくる。音のする方へ向かうと、彼女がエプロンをつけて、晩ご飯の支度をしていた。


 どこかで見たことのある景色。けれど、それは以前より少しだけ鮮やかに見えた。


 僕はその背中を見ながら、胸の奥にしまい込んだままの感情が、少しずつかたちを持ち始めているのを自覚していた。


 この関係を壊したくない。でも、触れずにいられるか、自信がなかった。

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