6 輪郭の内側
その夜、僕は久しぶりに眠りが浅かった。
夢の中で名前を呼ばれた気がして、目を覚ます。
暗がりに目が慣れるより早く、誰かの気配に気づく。
彼女が、僕の寝室のドアをそっと開けて立っていた。
細い指が、ドアの縁をそっとつかんでいる。
「……ごめん、起こした?」
声が小さく、濡れていた。
僕はゆっくり上半身を起こし、灯りを点けずに、ただ首を横に振った。
「……悪い夢、見た」
それだけ言って、彼女は何も言わず、僕の方へ近づいてきた。
目の前で立ち止まり、迷うように僕の手の甲を指先で触れた。
その指が、驚くほど冷たかった。
僕は何も言わず、そっと毛布の端をめくった。
彼女は黙って潜り込んできた。肩が触れるほど近い距離。けれど身体は固く、声は出なかった。
彼女が何を求めてここに来たのか、僕はわかっていた。
ただの安心が欲しかっただけなら、僕の手を探すようなことはしなかっただろう。
そして、僕もまた、それを拒めなかった。
背中を撫でる手が、やがて止まる。
「ここにいていいのかなって、まだ思うの」
「ここにいていい。ずっとじゃなくても、今は、ここにいなよ」
僕がそう言うと、彼女は胸の奥で何かがほどけたような顔をして、静かに、でもしっかりと僕のシャツを握った。
彼女の手は小さくて、冷たくて、それでも確かだった。
しばらくそうしていたが、やがて彼女は、僕の布団に背を向けて眠った。
肩が、ぴたりと僕の腕に寄り添っていた。
眠れなかった。彼女の寝息が近すぎて、目を閉じると余計に意識してしまった。
心臓の音が、自分のものではないように大きく聞こえた。
この関係は、どこに向かっているのだろう。
この夜の延長線にあるものを、僕はまだ名前で呼べないままでいた。