3 2人だけの朝
カーテン越しの光が、まだ眠っている部屋の空気をゆっくり起こしていく。
彼女は僕より少し遅れて、寝惚け眼のままリビングに現れた。
白いブラウスの襟元は少しだけ折れていて、肩から背中にかけて薄くしわが寄っていた。
右の髪だけが跳ねていて、それを気にするように何度か手ぐしを通している。
その仕草が、少しだけ年上びたようにも見えた。
「おはよう」
彼女は一拍遅れて、「……おはよう」と返す。小さな声。けれど、ちゃんとこちらを見て言った。
ソファにちょこんと腰掛けて、足を浮かせたまま、両手で裾をぎゅっと握っている。
「パンとご飯、どっちにする?」
「パン……バター、のせるやつがいい」
五年前と同じリクエストだった。
だけど今、それは“懐かしさ”ではなく、“意思”として口にしたように思えた。
トースターがチンと鳴る。バターをのせたパンが焼き上がると、朝の空気がふわりと香りを変えた。
淡くあたたかい匂い。少し焦げた端の香ばしさ。あの頃と変わらない、でも確かに少し違う。
彼女が鼻をすんと鳴らし、目を細めて微笑んだ。
「……いい匂い」
その笑顔はほんの一瞬で、すぐにまた黙って、両手をそろえて膝の上に置いた。
焼きたてのパンに、とろけたバターをナイフで静かに塗り広げる。
きつね色のパンの上に、琥珀のような光がじんわりと滲んでいく。
「はい」
皿ごと差し出すと、彼女は小さく「ありがとう」と言い、両手でそれを受け取った。
かじったパンの角から、バターが少しだけ指に落ちた。彼女はそれを無言でぺろりと舐めて、にこっと笑った。
その一連の仕草が、僕の胸のどこかをやわらかく打った。
ふたりで並んで食卓についた。彼女の右手が、僕の左腕のすぐ近くにある。けれど、まだ決して触れない距離。
でも、不思議だった。
こうして並んでいることが、昨日よりも自然に感じられた。