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3/10

3 2人だけの朝

 カーテン越しの光が、まだ眠っている部屋の空気をゆっくり起こしていく。


 彼女は僕より少し遅れて、寝惚け眼のままリビングに現れた。


 白いブラウスの襟元は少しだけ折れていて、肩から背中にかけて薄くしわが寄っていた。

 右の髪だけが跳ねていて、それを気にするように何度か手ぐしを通している。


 その仕草が、少しだけ年上びたようにも見えた。


「おはよう」


 彼女は一拍遅れて、「……おはよう」と返す。小さな声。けれど、ちゃんとこちらを見て言った。


 ソファにちょこんと腰掛けて、足を浮かせたまま、両手で裾をぎゅっと握っている。


「パンとご飯、どっちにする?」


「パン……バター、のせるやつがいい」


 五年前と同じリクエストだった。

 だけど今、それは“懐かしさ”ではなく、“意思”として口にしたように思えた。


 トースターがチンと鳴る。バターをのせたパンが焼き上がると、朝の空気がふわりと香りを変えた。

 淡くあたたかい匂い。少し焦げた端の香ばしさ。あの頃と変わらない、でも確かに少し違う。


 彼女が鼻をすんと鳴らし、目を細めて微笑んだ。


「……いい匂い」


 その笑顔はほんの一瞬で、すぐにまた黙って、両手をそろえて膝の上に置いた。


 焼きたてのパンに、とろけたバターをナイフで静かに塗り広げる。

 きつね色のパンの上に、琥珀のような光がじんわりと滲んでいく。


「はい」


 皿ごと差し出すと、彼女は小さく「ありがとう」と言い、両手でそれを受け取った。

 かじったパンの角から、バターが少しだけ指に落ちた。彼女はそれを無言でぺろりと舐めて、にこっと笑った。


 その一連の仕草が、僕の胸のどこかをやわらかく打った。


 ふたりで並んで食卓についた。彼女の右手が、僕の左腕のすぐ近くにある。けれど、まだ決して触れない距離。


 でも、不思議だった。


 こうして並んでいることが、昨日よりも自然に感じられた。

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