6. 始める異世界探索と近隣の小競り合い(前編)
俺は自分たちの住む大森林にも慣れてきたタイミングということもあって、各地に散らばる種族たちに挨拶をすることにした。
「やだやだ! 私も行く! 私も行くの! 私もカイセイと一緒に行きたかった! デートしたかった! まさか私を置いて、ゴーレムを連れて行くんじゃないでしょうね!? カイセイの浮気者! 浮気者おおおおおっ!」
マイはアイノスでお留守番、魔法による投影をして女神としての挨拶をすることになった。
だが、当のマイは俺と離れることに不平不満を並べて、頬を膨らませ、まるでだだっ子のように地面に転がって手足をジタバタさせている。
それどころか、身に覚えのない「浮気者」という罵倒まで俺に浴びせてくる。
マイ、ちょっとひどくない?
俺、ちょっとかわいそうじゃない?
というか、マイ、1人暮らしをして仕事もこなしていた大人だよな? なんか俺に甘えて、依存しているというか……なんなら、幼児退行してないか?
「いやいや、浮気なんてしないから……俺だけが行くし。3人含めて、ゴーレムたちにはしっかりとマイを守ってもらう予定だよ」
俺がちらりと魔弾のリシア、破壊のエベナ、堅牢のラピスに目配せをすると、3人が片膝を着いて静かに頭を垂れる。
「御意」
「御意」
「御意」
「それと、今日は女神の使いとしての仕事をするから、デートは今度しような」
「むーっ! んっ……むぅ……早く帰ってきてね」
俺がマイをひょいと持ち上げて軽く頬にキスをすると、マイの駄々っ子の勢いが弱まる。ただし、これ以上すると今度は欲しがりさんになるだろうからこの程度にしておく。
「分かっているよ」
マイがお留守番をする理由として、マイの能力のほとんどがこのアイノスでしか発揮できないこと、それぞれの種族がどのような対応を取ってくるのか未知数であること、女神が直接出てこないことで神秘性を高めておきたいこと、そのほか、俺もマイもいないとラビリスやアイノスのさまざまな機能が制限されることなども挙げられる。
それと、そもそも俺はマイを危険に晒したくない。俺が本当に最強だったとしても、マイを完全に守りきれるかは分からない。だから、できることなら安全な場所から仕事を全うしてほしい。
つまり、俺は外で仕事、マイはアイノスで在宅勤務だ。
「お料理を創って待っているからね」
「……いや、女神さまにそんなことはさせられない。料理は俺が作るから待っていてくれ。俺の料理は食べ飽きたか?」
「ううん。カイセイの料理、すっごく美味しい! 分かった! 待っているね!」
完全に余談だが、マイの料理は独創性が溢れ出てしまっているため、基本的に料理は俺がするようにしている。本人は「当たるも八卦当たらぬも八卦って言うじゃない? 美味しいものを作るのにもそういうのあると思うんだよね」と言っているので、入れる調味料を占いで決めているのかもしれないとか邪推する。
あと、料理でそういうのはない。完全に分量や比率で味は決まるし、それにきちんとした工程を経て決まるものだ。
レシピ通り作れと、料理にランダム要素なんてないと、言いたいけど、マイは女神さまだし、パートナーとはいえ上の立場に基礎を教えて作らせるのもなあってことで結局俺が作っている。
俺は今晩のメニューをカレーにでもするかと決めつつアイノスから出た。
さて、晩飯のメニューは決めたし、次はどんな姿でいろんな種族に会いに行くか、だな。
移動するとなるとやはり、翼があるとカッコいいよな! 同じ種族だと思われた方がいいのか? それとも、まったく別の方が「女神の使い」ってことが分かっていいのだろうか? そうなると、翼のある鳥人族や妖精族、竜族みたいな単一的な感じよりも……キマイラチックな方がいいか。でも、あんまり化け物チックなのも嫌だからなあ。
俺はそういろいろと悩みながら、自分の身体を【超変身】の能力で変えていく。
頭には厳ついヤギの角を生やしつつ、顔をまあ俺が思うエルフっぽいイケメンにしとこ。あ、なんか口を覆うマスクっぽいのつけようかな……楓みたいな植物の葉をマスク代わりにして……っと。
体は筋骨隆々な感じの逞しい肉体美溢れるやつ! ほどよくマッチョなイケメンってかっこいいじゃんね。
肝心の翼は、天使のような白い鳥の翼みたいなものを1対、赤い鱗で覆われた竜の翼を1対、黒いコウモリの翼を1対、計3対6枚の翼を用意した。昔、偉い天使は羽を6枚持っていると聞きかじったことがあるので、それをイメージしつつ、キマイラっぽいいろいろな翼を出してみた。
四肢はライオン、つまり、獅子の獣人っぽいのにした。うん、ダジャレだよ? でも、百獣の王ライオンの手足なら強そうだし肉球もいい感じだろうしな。トラも譲りがたいが、今回はダジャレの方を採用。
で、最後の最後に、蛇の頭が先端にある尻尾を1本用意した。蛇は蛇なんだけど、少し大きめで自分の腕より太いから迫力満点だ。ちなみに、蛇の頭はあるけど特に意志は持たせられなかったので俺の意思で噛んだり毒を吐いたりできるぞ。キメラって言ったら、やっぱり蛇だよなあ。
こうして女神の使いであるカイの登場姿が決まった。まあ、いつでもこの姿とは言わないけれど、基本的にはこんな感じにしようかなと思った。
あとは、いくら毛並みで要所が覆われているとはいえ、ヒト型として服も必要だろうから白いローブでも追加で羽織っておくか。
よし、今度こそ完成。
支度を終えた俺はぎこちなく翼を動かしてみて、バサバサと大きな音を立てて空へと向かって行く。
本来、ラビリスの領空は侵入者への制限があるのだが、そこはさすがに俺やゴーレムには取り払われていて自由に動くことができた。
「すっげえええええっ!」
思わずの感動、驚き、優越感。
前の世界ではありえなかった自分の力で空を飛ぶという行為。
飛べることで、真っ青な空へと吸い込まれていくような感覚。
空を舞い、地上にいる動物だけではなく、低空飛行している鳥たちをも見下ろせる高さでの自由。
神話で聞いた蝋の翼を背負った少年の気持ちが分からないでもない。高く、高く、さらに高く、太陽に手を伸ばしたくなるような気持ち。もちろん、自分が偉いとまでは思わないし、神になろうなんてこともない。
だけど、この空を飛べるという優越感は自分自身が1つ上の段階にいるような気分にさせてくれるのは間違いなかった。
「……さて、行くか」
しばらく楽しくて自由に宙を舞っていたが、マイに見られているかもと思い、少し冷静さを取り戻した。
マイにはアイノスでのみ発動できるスキルがあるらしく、【神視する玉座】と言うそうで、この世界であれば、どこでも焦点を合わせて視ることができるらしい。それを教えてくれた際に「これでいつでもカイセイのことを見られるんだ♡」と高らかに宣言されたので、多分、今も見られている気がする。
やっぱり、マイってちょっと束縛っ気がある気もするな。
俺のことを好きで好きでたまらないって感じは俺を求められている感じで嬉しいけど、たまに心配になるくらい暴走気味な気がするし。
まさか、マイって、ヤンデレなのかな……。
俺はそんなことまで考えが及んでしまっていたが、やがて最初の目的地であるヒト族の王国の城の入り口に降り立った。