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3. 与えられた愛の巣と世界管理のゴール

 次に起きた瞬間、俺とマイは見知らぬ家屋の中に座っていた。


 俺はスーツ姿だが、首元に違和感を覚えてそっと触ってみると、首輪のようなものがついていることに気付く。


 ペット……か……。


 なんとも言えないこの感情を散らして、ご主人であるマイの方を見ると酒の飲み過ぎが祟ったか、まだ船を漕いでいるようにコクコクと揺れている。


 マイが起き上がる気配もなかったので、仕方がないと近くにあったふかふかのソファに寝かせておく。


 しかし……まあ、無防備だな……。


 思わず俺の喉がゴクリと鳴った。


 俺がこのままマイを……いかんいかん、さすがにそれは倫理的にダメだろう。酔っていた時の雰囲気や約束なんて、一切当てにできないからな。それに俺はきっと合意の上でした方が()つ気がする。


 うん、なんかムラムラし過ぎて、変なこと思い始めたな、俺。落ち着け、落ち着け。


 ん……これは……まあ、後でいいか。


 さて、寝かす際に抱きあげたが、驚くほどマイが軽かった。いや、マイを守らなきゃいけない俺が力強くなったのか? そこはまだ分からないけど、とりあえず、マイが起きるよりも先に安全確認の意味も含めて家の中を探索することにした。


 専門じゃないから分からないが、見たところ、建材はレンガ、木材、石材、漆喰(しっくい)、それと、ガラス窓? いや、これ、強化ガラスくらい固そうだな。


 雰囲気の良い暖炉もあって、いや、え、トイレが水洗式!? しかも、消臭機能や温水シャワー付き!? ちょっとここだけ雰囲気がガラッと変わるぞ!? って、ことは、うわ、お風呂周りも、シャワーはもちろん、追い炊きできる感じの穴もあるし、なんかやけに日本式っぽいな!


 というわけで、家からは時代というか文化が分からない。


 そもそも、異世界とはドラゴンや化け物がいるようなファンタジックな世界なのか、それとも現代チックや近未来チックな感じなのか、それさえもまだ説明を受けていないのだから、家から推測するのは早計か。


 しかし、水洗式トイレや風呂……この世界でこの装備は普通なのか? そんなわけないか、壁や天井、床なんかは中世ヨーロッパって感じもするし……。まあ、さすがにガスコンロはなくてカマドだし、絨毯とかも多分、マイの好みなのだろうアラベスク模様っぽい。この世界でアラビア風といっても分からない可能性もあるが。


 結局、家の雰囲気はおおよそ中世ヨーロッパ感だけれど、不便そうな部分はちゃっかり現代っぽくアレンジされている夢のお家って感じがした。


 ところで、この100VのAC電源……どこから電気が供給されているんだ?


「さっきのは夢じゃないのか。ってことは、ここが俺たちの拠点か」


 俺は近くにあった椅子に腰かけて机に頬杖を突きながら眉間にシワが寄らない程度に考え込む。まあ、どうしても眉間にシワが寄ってしまうのは、夢であってほしかったという期待もあったからに他ならない。いや、今でも夢であってほしいと思っている。


 ふむ、まあ、気を取り直して、家についてまとめよう。


 間取りは4LDK+S。


 Sはまあ、倉庫っぽくていろいろと詰め込まれているし、4部屋の内、1部屋は見るからに寝室でキングサイズだかクイーンサイズだかのバカでかいベッドがドドンと我が物顔で鎮座していた。


 それで、次の1部屋はマイの部屋というか女性が好みそうな感じというべきか多分マイの部屋そのままだ。なぜそう思うかと言えば、別の1部屋は俺の部屋というか、俺の住んでいたワンルームの荷物そのまま置いておかれているからだ。コピー品か、本当に転送されたのかは定かじゃない。


 で、もう1部屋は空っぽだ。本当に単なる空き部屋で、これから人が増えるのだろうか。


 もしかして、俺とマイの……?


「……新居……あ、愛の巣だよね」


 不意に後ろから声を掛けられて、ビクッと身体を大きく揺らした後に、ゆっくりと後ろを向いた。


 そこには酔っ払いの時と打って変わって、もじもじと両手を腰の辺りで擦り合わせているマイが立っていた。多少、髪の乱れはあるが……やっぱり桃色の派手な色に変わっている。胸もまあ、やっぱり数段階くらい上がっている気もするし、顔もよりキレイになっている。


 美人なんだけど、本当にマイか? などと思うのは失礼だろうか。


「おはよう、起きたのか」


「うん、さっき」


 だけど、やっぱり声はマイだな。


「ところで、愛の巣……なのか? ペットなんだろ? ワンって鳴けばいいか? それともニャーか?」


 俺はペット呼ばわりされたことを思い出して、ちょっとだけ腹が立ってきたのでイヤミたらしくマイにそう告げた。右手を自分の首元の首輪に掛けて、「俺がペットですよ」と言外に伝えてもいる。


 すると、マイが少し青ざめたような表情で目を真ん丸にして口を震わせていた。


「で、でも、パートナーでもあるって言ったでしょ。それに今は違うし」


 今は違う? 何が? いずれ分かるのか?


「そうだな……ってか、違うって言うなら、マイも酒を飲まないとちょっと大人しいんだな」


 そう、酔っていた時と全然違う。声は普通くらいの大きさで、元気いっぱいと言うよりは落ち着いた女性って感じだ。まあ、気弱な感じまではしないので、普段(しごとのとき)の俺より数段マシだな。


「うん、大学くらいからちょっと清楚で大人しめな感じにイメチェンしたら、なんだかそれで対人関係が慣れちゃって……」


 まあ、小中で見た時は元気が有り余っている感じだったからなあ。省エネモードも覚えたってところだろう。


「で、酒を飲むと昔のように天真爛漫な元気ハツラツになるのか」


「ん、えっと、それはそんなことなくて……」


「ん?」


「カイセイに会えたから、なんか昔の自分というか、なんかはしゃいだというか……」


 ……ちょっと破壊力(かわいい)が強いな。


 やめてほしい、俺の理性(ハート)がもたない。


 そんな潤んだ瞳でもじもじとしながら俺を見つめないでほしい。俺の理性が保たれなければ、今すぐ先ほどの寝室に放り込みかねない。


「で、これ、か」


 ちょっとジョークで雰囲気を変えようと思い、俺は先ほどマイのポケットからこぼれ落ちた0.01の箱をふりふりとこれ見よがしに見せつける。後生大事に持ち込んでいたところを考えるに、これはそういうことがあっても合意なのではないだろうか。


 マイが驚いた顔を微動だにさせずに固定したまま、自分のスーツのポケットをババっと手で確認して、そこに0.01の箱(あるべきもの)がないことにようやく気付いた。直後にマイの顔は一気にゆでだこのように真っ赤に色づいた。


 なんだったら、マイの頭から沸騰の湯気でも出そうな勢いだ。


「ひゃあああああっ! そ、それは! 勢いというか! そう、ノリで!」


「で、30歳までお互いに独身だったら結婚しようって? 今これをぶら下げて約束して、3年もお預けか?」


 さらに追撃。


 マイは顔を手で覆った後に急に寝転がって駄々っ子のようにジタバタと足を動かしていた。パンツスーツの大人の女性がそんな動きをするとは思わず、うっかり口の端が上がってしまう。


「うわあああああっ! だって、カイセイが独身で彼女ナシって聞いたからちょっと嬉しくなって……私も昔、カイセイのこといいなってすっごく思ってたんだから! 小さいころの約束もあるし! でも、やっぱ、乙女心として告白されたかったしいいいいいっ」


 まさかの両想いだったってことは正直嬉しかった。でも、小さいころの約束ってなんだっけ? マズい……聞かれる前に思い出さないとな。


 とりあえず、その話に持っていかれないように、もう一声で畳みかける。


「で、もう一声。俺を自分のペットにしたかったと」


「ううっ……そうだよぉ……カイセイを私のものにしたかったんだよぉ……もう離れないようにしてさぁ……高校になったら連絡してくれなくなったしさぁ……ううっ……もういいでしょ? もうイジワルしないでよぉ……」


 さすがにイジワルをし過ぎたようだ。


 マイが起き上がって、「ひどい」と言わんばかりに今にも泣きそうな顔で懇願してきたので、やり過ぎたかと俺も反省するしかなかった。


「うぐっ……悪かったよ……ところで、女神代理というかマイを守るって何? この世界での管理のゴールってあるのか? まさか永遠じゃないよな?」


「ううん、道のりが長いかどうかはまだ分からないけど、女神ちゃんが言ってくれたゴールはあるよ。その前にまず、『女神代理(わたし)を守る』から言うけど、なんか女神の力はいろいろな種族に狙われるみたい」


 いろいろな種族?


「いろいろな種族?」


「なんか、この世界はいろんな種族がいて、私たちがいた世界の動物みたいな種族もいれば、人と動物の間みたいな獣人もいるし、自然とともに生きている妖精なんかもいるし、私たちの世界で空想上の生物と言われたような吸血鬼や鬼みたいなものも魔人族という括りでいるみたい」


 獣人、妖精、空想上の化け物ときたか。これは本当にファンタジックな異世界なんだろう。もちろん、見るまではにわかに信じがたいが、ここまで本当だったのだから、信じざるを得ない気もする。


「異世界は異世界でもファンタジー的な異世界ってことか」


「うん、そうみたい」


 そうなるとなんか対応策がいろいろと必要そうだな。


 正直面倒だから、どうにかできないか。


「だったら、ここじゃなくて、誰も来られないような場所に住むとか」


「えっ、誰も来られないような所に2人きりで何をさせようって言うの?」


 マイは顔を嬉しそうにしながらも若干の抵抗を見せるように身を捩らせている。


 中々に妄想がたくましいな。俺はよほど性欲に(まみ)れていると思われているようだ。いや、まあ、考えなくもないけど、今はそれが優先じゃないんだよなあ。


「いや、俺、言うこと聞かされる側なんだろ? ペットだし」


「絶対的にはそうなんだけど、相対的には……ごにょごにょ……」


「え? ちょっと聞こえなかった」


「っ! とにかく、女神代理のすごくなった私の下で、カイセイは超最強キャラとして私を守ることが目的なの! いい!? 分かった!?」


 またイジワルしすぎたようで、マイが膨れ面に変わって、プンスカと怒っている。


「分かった、分かった。俺は全力でマイを守るから」


「……ありがと」


 嬉しかったようでマイの顔が少しずつ戻っていく。


「で、この世界のゴールってなんだ?」


「えっと、『世界の繁栄』と『種族の繁栄』の両立みたい」


 世界の繁栄? 種族の繁栄? ちょっとまだ分からないな。


「それはつまりどういう意味だ」


「『世界の繁栄』ってのは文字通り、世界が全体的に良くなることだね。例えば、荒れてどの種族も住めないような土地を開拓して種族を住まわせるとか。それで、『種族の繁栄』は選ばれている7つの種族、ヒト族、魔人族、獣人族、鳥人族、魚人族、妖精族、竜族が亡びることなく、ある一定数以上まで増えればいいの。そうすれば自動的にその後は繁栄と衰退を繰り返すみたいで、その後はボーナスタイムってことで本当に何もせずの悠々自適な生活を送ってもいいみたい」


 種族が一気にファンタジーな感じをさせてくれるな。


 エルフやドワーフなんかもいるのだろうか。竜族なんかともちゃんと会ってみたい。


「なるほど。じゃあ、さっき言っていた開拓みたいなことをじゃんじゃんすればいいわけか?」


 俺の問いにマイが首を横に振った。


「そう単純じゃないの。それぞれの種族は住める環境や繁栄できる場所が異なるから、開拓だけじゃなくて、たとえば森林や河川、海洋の保全とかもしないといけないとか、種族間の領土問題になった際に仲裁に入る必要があるの。特に、ヒト族と魔人族は同じような環境を奪い合う仲だからとても相性が悪いみたい」


 ってことは、女神の力を狙うような種族は決まってくる。一番に警戒するのはヒト族と魔人族か……。自分に近そうな種族ほど警戒しなきゃいけないって皮肉は中々あの女神も意地の悪いことをする。


 まあ、こればかりは仕方ないか。散々、前の世界で人間の嫌なところを見てきたしな。


 マイを全力で守らないと。


 で、ここで気になるのは、資源だな。


「なるほどな。それで女神の力も狙われる可能性があるわけか。あと、そうなると、種族ごとに分配されている資源も違う感じかな」


「よく分かったね?」


 やはりか。発展系ゲームだと、交流のある種族や土地によって交易品が変わって、自分の生活スタイルが変わるものもあるからな。


「そういうゲームあるからさ。貿易を考えないといけないとかね。まあ、これはゲームじゃなくて実際のことだし、ミスしてリセットというわけにもいかないからキツいけどな」


「うん。でも、カイセイとなら、絶対にうまくできると思うから」


「そうだな……それじゃあやってみるか!」


 俺とマイがお互いに見合って「オー!」と叫ぶ。


 いろいろとあるけれど、この言葉が一体感を高めてくれた。

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