16. 女神代理を捕える敵と怒りを堪える最強ペット(後編)
いつからいた?
俺はその変な声がするまで気付かなかった。ふと、ちらっとリシアたちの方を振り返ってみたら、俺の意図を汲んだのか、俺の目を見て横に首を振る。
リシアたちも声がするまで気付いていなかった?
ヒト族だが、実力は未知数か。
やがて、暗がりの奥からぬっと現れたのは、猫耳と嘴のついた白地に黒の曲線が幾つも揺らめく炎のように描かれているアイマスク……マスケラだかベネチアンマスクだかマスカレードマスクだかは忘れたが、前の世界だと海外の仮面舞踏会に使われているような目元をすべて覆い隠すようなマスクをした白衣姿のヒトだ。
白衣の下には黒いシャツと黒いスラックスか? まるで科学者のような出で立ちで白と黒のコントラストが激しい。
待てよ……白衣で目立つはずだが、先ほどまで気付かなかったってことか。
「初めまして。私は楽園執行機関の長、端的に言えば、あなたの大切な女神さまを攫った首謀者ですね」
情報が多すぎる。
口元は隠れていないのだが、意図的に何らかの方法で声を変えているのか、電子音もしくはいくつかの声が重なってできたような不思議な声。
その声の主は、自らマイを攫った首謀者だと言ってのけた。
さらに、なんだ? 楽園執行機関? なんかの秘密結社的な組織の名前か? つうか、なんて名前をしているんだ。ファンタジーの世界にも中二病はあるんだな。
と、一度に整理するには多すぎる情報を少しずつ噛み砕いて、俺はゆっくりと状況を飲み込んでいく。
「……一応、名前を聞いておこうか。ちなみに、私の名前はカイだ。この名をその心に刻んでもらうことになるだろう」
とりあえず、男であろうマスク姿のヒトの名前を聞いておきたい。楽園執行機関の長とかって思いながら、別のことを考えることが難しい。
「おや、女神の使いが私の名前に興味を? 私の名はレルド・デップ。気軽にレルドとお呼びください、カイ」
レルドは恭しくお辞儀をするが、平気で名前を呼び捨てにしている上に、この状況においてはただの慇懃無礼な態度にしか見えない。
レルドか……覚えたぞ……。
俺の中で、レルドは今後も許せない敵であり、俺自身の反省のために自身の心へ刻み付けておかなければならない名前だと思っている。
「早速だが、レルド、女神さまを返すなら、今後手を出さないと誓うなら、今回ばかりは見逃してやる」
本当なら存在をそのまま滅してやりたいが、反省するなら更生する機会も必要だし、何よりもマイがほぼ全身を触手に捕らわれているから下手な動きをしたくない。
今はマイを一刻も早く、この状況から安全に救いたい。
「おっと、お優しいですね。ですが、遠慮しておきます。私の目的に女神の力は不可欠ですから」
まずは交渉決裂だ。こちらは最大限の譲歩をしたつもりだが、優しすぎたのだろうか、レルドがつけあがっているように見える。
「さっきから、誰も彼もが口にする『ヒト族の繁栄』か?」
俺は込み上げてくる怒りをまずは押し殺して、レルドの目的を探る。
考えろ……冷静に考えるんだ。だが、もう下手には出ない。
「もちろんですとも。魔人族のみならず、ほかの人型種族も支配下におき、ヒト族が君臨し繁栄し続ける世界を……ヒトの楽園を私は創ります」
レルドの考えはマイや俺のしようとしている「種族の繫栄」の真逆だった。
ヒトが生物の頂点に立つという思想。
……バカバカしい。迎合することはできない。
「やはり、排他的な話だったか。邪教のそれと同じだな」
俺の言葉に少しカチンときたようで、レルドはやれやれといった様子で、肩を竦ませながら首を横に振っている。
アイマスク越しに見えるレルドの眼光は俺への非難でいっぱいになっていた。
「排他的とは、いやはや、なかなかに手厳しいですね。しかし、力のある種族が何種類もいることで争いを生み出してしまい、結果として世界を不安定にさせている。そう、均衡させて安定化を図ることなど絵空事にしか過ぎません。だからこそ、ヒトがあらゆる種族の上に立ち、君臨することで世界を安定させるように導けるでしょう。それも難しければ、逆らう他の種族を淘汰し滅ぼした上で、ヒト族の楽園を創りあげるまで」
前の世界では人類のみが複雑な言語を使い、多少の人種の違いはあれど、共通点の方が多かった。もちろん、国という区切りで諍いを起こすこともあり、完全に安定していると言えないものの、大きく崩れることもなかった。
一方で、こちらの世界では、人語を操る種族が多く、その見た目や生息環境、背景や文化もバラバラで、互いに良くも悪くもけん制して均衡を保とうとしている。その危うい均衡をヒト族が一強というものに置き換えて安定を図ろうとしているわけか。
「持て余した夢は、絵空事に変わりないぞ」
そんなことで争いが終わるなら苦労しない。
また別の火種が生まれるだけだ。
世界は多種多様である以上、軋轢も齟齬も誤解も生じる。圧倒的な力で一方的にねじ伏せてもそのしっぺ返しがやってくるだけだ。
まあ、この考えは俺にとってもそう、自戒のようなものだ。
「ふっ……ふふふ……ふははっ! なんとでも言うがいい! この世界は……ヒト族と魔人族は何度も醜い争いを繰り返し、大切なものを失っては大切なものを奪うことを延々と続けている! それは魔人族だけに限らない! ほかの種族も残っていれば争いの種をいつ撒いてもおかしくはない! だからこそ、君臨する種族は1種類でいい。それを私はヒト族が成すために動いている! いや! ヒト族もまた愚かだ! だからこそ、私が世界を導く!」
女神の力を使って、自分が神にのし上がろうと言うのか。
本当にバカバカしい。
「仮にそうしたいのであれば、勝手にしてくれ。俺はそれを全力で阻止するし、女神さまも返してもらうぞ」
「そうはさせませんよ!」
レルドがそう言った直後に、レルドの右手首が黒く怪しく光る。
その光に応じたのか、触手が蠢くばかりか、どこからか犬型の魔物や小人型の魔物まで現れてくる。
「魔物を……操っている?」
リシアの言葉に俺は先ほどのラビリスアイノスの惨状を思い出す。
ヒト族の手によって意図的に迷路の壁を壊し、魔物を操る力でラビリスをモンスターハウス化させたのか?
ヒトの悪意があの惨状を作り出せたのか。
「楽園を創る……決して口だけではありません! これくらいは当然! そう、私の力を持ってすれば、魔物程度を操ることなど造作もありませんよ!」
「リシア、エベナ、ラピス、触手に気を付けて周りにいる魔物をすべて駆逐せよ」
俺は咄嗟に命令を口にする。
「御意」
「御意!」
「御意♪」
俺の後ろから3人の元気な声が聞こえ、次の瞬間には魔物が倒される悲鳴がそこかしこから上がってくる。
魔物は任せて、俺はマイの救出に集中しよう。
「はうっ……いや……また触手が……ダメ……カイセイの前でなんて……くふっ……ああっ……んっ……いやあ……んうううううっ! カイセイ、見ないで……恥ずかしいよ……」
マイの四肢を絡めとっている触手はよりきつくなり、さらに別の触手がマイの感じる部分をなぞっていってマイを辱めている。
……ちょっと、いや、かなり興奮した。
って、そんな場合じゃない!
「マイ! その汚い触手をマイに触れさせるなあああああっ!」
俺はただ真っ直ぐマイの方へと駆けていく。
触手が俺の方にも伸び、針のように先端を鋭く変化させて俺を貫こうとする。
俺は自分の背中を変化させて、お気に入りの翼をなくし、代わりに無数の触手を生やして伸ばし始める。
「ははっ……この触手は外部からの攻撃に対して金属のように硬い種類ですよ? 同じようなものを出したからといって……何っ!?」
レルドの余裕のあった声は、俺が触手を斬り飛ばした瞬間に驚愕の色を帯びる。
「同じような触手だと思ったか? そっちの触手が金属のように硬いなら、こっちの触手を金属より硬いものにすればいい」
俺はマイの下へと辿り着き、四肢を絡めとっていた触手をマイから引き剥がす。
「はあっ……はあっ……カイセイ……監禁されてこんなことされたら嫌になるよね……私、自分がこんなことされるまでちゃんと気付けてなかった……心のどこかで私がすることならカイセイは喜んでくれると思い込んでいたの……でも、違うって分かったの……カイセイ……本当にひどいことしちゃって……本当にゴメンね……でも、嫌いにならないで……この世界には頼れるのがカイセイしかいないの……」
マイは俺に寄りかかり全身を小刻みに震わせていた。
恐怖、安堵、後悔、誠意、謝罪、信頼。
そうだよな……。急に異世界転生なんてして……怖くないわけないよな……。
俺、マイならどこでも元気で生きていけそうな気がしていたんだ。
でも、違ったんだ。
マイだって、怖かったんだ。俺を拠り所にしていたから、俺を失うことを過度に恐れていたんだ。
俺はマイを強く抱きしめた。
「いやはや、さすがは女神の使い、あらゆるものに変化できるようですね。やはり、あなたを早めに知っておいてよかった。私は私をより高められた」
俺を知っておいてよかった?
レルドを高められた?
レルドのその言葉に寒気がした。
今までこの世界で感じたことのない不快感と焦り。
俺は何かが来るという悪寒で咄嗟にマイを自分の身体から離すように突き飛ばした。
その瞬間。
「っ!? ごふっ……」
背中側から俺の肩や腹に何かが突き刺さり、それは俺が目視できるほどに綺麗に俺の身体を貫通していた。




