14. いなくなった女神代理と真価を発揮する最強ペット(前編)
「これはどういうことだ……」
俺が今までにない猛スピードで衝撃波を発生させながらもラビリスアイノスの入り口に辿り着いた瞬間、その無惨な光景に驚愕する。
「GAAAAA!」
「おらああああっ!」
「GISHISHISHISHI!」
「せいっ!」
「GYAGYAGYAGYAGYA!」
「やあああああっ!」
「KIHIHI!」
「くううううっ!」
「SHASHASHA!」
「えいっ!」
迷路側であるラビリスは、至る所の壁が壊されて迷路の体裁をまったくなしておらず、外から入ってきたであろう魔物たちで溢れ返ってモンスターハウスのような様相さえ見せていた。
また何か違和感が俺の中を過ぎ去っていく。
「いや、それよりも戦況だ」
転送によって先に戻ってきたゴーレムたちがそれぞれ応戦している。
獣型の魔物相手に素早い剣捌きで切り刻む者や脳天を射貫く者、鳥型の魔物相手に槍を投げて貫く者やスリングショットの弾で撃ち落とす者、不定形の魔物相手に属性魔力を込めた一撃を加える者や罠へと誘い込む者、逆に、いかなる魔物相手にも食い止めて押し留める者や同士討ちを誘発させる者、それぞれが予めプログラムされた行動を基に魔物を処理していく。
しかし、迷路内の敵を増やさないことがセオリーのタワーディフェンス系同様にゴーレムたちが一度に処理できる敵の数は多くなく、ジリ貧どころか敗戦の色が濃厚だ。
「んうっ……うっ……いっ……」
「あっ……んあっ……くふっ……」
「やっ……やあっ……いや!」
意志なきゴーレムたちがどれもリーダーを模した姿、近接攻撃職ならエベナ、近接防御職ならラピス、遠距離攻撃職ならリシアにそれぞれ少し似ていることもあって、場所によってはだいぶ……えっと、その……表現が非常に難しいが……簡単に言えば子どもに見せられない光景さえもある。
さすが若干18禁要素がある世界観だなとか、ゴーレムってどこもヒトっぽいのかな、などと緊急事態にそんな感心している場合じゃない。
俺はラビリス全体をくまなく見渡して、あることに気付いて動揺する。
リシア、エベナ、ラピスの姿は迷路側、つまり、ラビリスには見当たらない、つまり、拠点側のアイノスにいることになるからだ。
……嘘だろ?
3人がこの状況でもラビリス側にいないってことは、アイノスの方がマズいってことか!? だが、このままにして、魔物たちがアイノス側に来ても困るぞ。
迷っている暇などない俺は非情な決断を下す。
「ゴーレムたち! 悪いが、一度消し去るぞ! トリニティヴォーテックス!」
俺は両腕と尻尾を変化させて、右腕にレッドドラゴン、左腕にブルードラゴン、尻尾にグリーンドラゴンの頭をイメージして出現させる。それらの口が大きく開かれると、赤い炎、青い氷、緑の風が三位一体の渦となって、迷路全体を覆い尽くしていく。
赤、青、緑が渾然一体となったとき、すべてが無に帰す白に飲み込まれる!
……ワイルドワームを倒している時から考えていた必殺技の1つだ。竜族にレッドドラゴンとかいるかは分からないが、俺のイメージで出せるのだから問題などない。
「BYAAAAA!」
「NUAAAAA!」
「ZAAAAA!」
「GIGIGIGIGI!」
「あああああっ!」
「ぎゃあああああっ!」
「きゃあああああっ!」
「いいいいいっ!」
阿鼻叫喚の断末魔が終わるころ、迷路だったものは跡形もなく消滅し、魔物やゴーレムたちの消し炭さえも残らなかった。
しかし、ラビリスの外壁と迷路内にある魔法陣は俺の攻撃の影響もなく残っており、そのいくつかの魔法陣から再び何事もなかったかのようにゴーレムたちが湧き出した。
さらには、何もなかった地面から徐々に迷路の壁がせり出してきた。前と違う部分から壁がせり出してきているあたり、ラビリスは不思議なダンジョン風の迷路なのかもしれない。
一方で、魔物が再び外から迫ってくる様子はない。
一旦の収束が見えた。
俺は復活し始めたゴーレムたちに向かって大声で叫ぶ。
「リシア、エベナ、ラピスが命令できない今、カイの命により動くことを命ずる! まだ来るかもしれない魔物の襲撃に備えろ! 一匹たりともアイノスの方へ近付けさせるな!」
ゴーレムたちの指揮系統がしっかりしている分、3人を飛び越えた俺の命令を聞かない可能性もあると不安視もしていたが、ゴーレムたちが片膝をついて跪き、俺の方を向いたためにすぐさまそれが杞憂だと理解できた。
その後、ゴーレムたちは俺の命令によって、魔法陣近くの所定位置に立ち始め、入り口の方を警戒し始める。新たに魔法陣から出現したゴーレムたちも似たような行動を取るので、意志なきゴーレムとは呼ばれているが、俺と彼女たち、また、彼女たちの中でも意思疎通自体はできるようだ。
俺はそこまで確認して、足早にアイノスへと向かう。
バンッ!
いつもなら鳴らさないような音を立ててアイノスの玄関を開けると、廊下には何人かの意志なきゴーレムたちが何かを探しているかのように動き回っている。
まずは魔物がいないことに安堵した。
「ない」
「ない」
「ない」
ただ、あるゴーレムは玄関の収納を開けてマイの靴をポイポイと外に出しながら何かを探していて、別のゴーレムは玄関からリビングまで敷いているカーペットをめくりながら何かを探しているし、さらに別のゴーレムは普段見ることもない照明の傘の上を見ている。
大掃除でも始めたか? なわけないよな。まさかな。
俺はゴーレムたちを横目に通り過ぎ、リビングへと向かう。
そこはよりおかしかった。
「ない」
「ない」
「ない」
ローテーブルの下を見るゴーレム、ソファのクッションを外しているゴーレム、大きな棚の後ろを見るゴーレム、食器棚の皿の間を見るゴーレム、トイレの方をくまなく探すゴーレム、キッチンの戸棚をすべて開けて見ているゴーレム、中には床をコンコンと叩いて空洞を確認するゴーレムまでいた。
まさか……まさかとは思うが……マイを探しているわけじゃないよな?
あまりの不思議さに笑いが込み上げてきそうになったとき、俺のその込み上げてきていたものは一瞬にして失った。
「こ、これは……」
リビングに、俺がマイにプレゼントしたネックレスが千切れて転がっているからだ。
マイは? マイは? マイは? マイは? マイは?
……マイはどこにいる?
俺がおぼつかない足取りでようやくマイのネックレスのところまで歩いて、ゆっくりとしゃがみ込んでそれを手に取る。
マイはどこだ? マイはどこにいる? 昔みたいにかくれんぼか? マイは隠れるの上手だったよな。いや、でも、隠れていないで出てきてくれよ。
話したいんだろ? バツが悪くて出てこられないのか? バツが悪いのは俺も同じだからさ、そんなものは2人で笑い飛ばそうぜ。
それとも、まだ実は怒っているのか? それなら、俺だってちょっとはまだ怒っているんだからな? でも、話しあえばきっと分かり合えるから。
マイはどこだよ。
嘘だよな……嘘だよな!?
俺は思わず最悪を予想して涙がこぼれた。
「カイ様! 女神さまがどこにもいません!」
俺の存在に気付いたリシアが俺の下へすぐさま駆けつけて状況報告する。
その状況報告が俺に現実を突きつけてきた。
マイが……いない……。
俺はネックレスを胸に抱いて、うな垂れてしまう。
「ぐううううっ! マイがいない…………マイは……魔物に食われて死んだのか?」
大声を挙げて泣きそうになるのを我慢し、俺はリシアにそう訊ねる。自分でもどうして最初にその言葉で訊ねたのか分からない。
きっと真っ先にその可能性を否定されたかったのだろう。その可能性さえなくせば希望が見えるから。
「いえ! 女神さまは死んでおりません! 現にまだ我々が存在しています! それと女神さまはカイ様の言いつけを頑なに守ろうとしていましたから、攫われた可能性が一番高いです!」
俺はリシアの言葉に少しばかり安堵した。




