12. 監禁する狂愛と救い出す敬愛(前編)
ネックレスを引き千切って、俺が憤怒、焦燥、悔恨、疲弊、悲哀と散々なほど悪感情に食い散らかされた日から3日が過ぎようとしていた。
あの日からマイはおかしくなった。
いや、マイが俺に対する本性を現したという方が正しいのかもしれない。ヤンデレっぽいなと前々から思っていたが、あの日からその雰囲気を隠すことがなくなったとも言える。
桃色の髪ってアニメじゃ結構ヤバいキャラ多いからなあ、とか後付けの理由を自分の中で納得させるように積み上げていく。
「マイ……」
それでも、マイのことは嫌いじゃない、むしろ、まだ好きだ。マイのヤンデレっぽさが鈍感な俺でも愛してもらえていると理解できるからだ。ここまで表現されて分からないほどに鈍感なつもりはない。
だが、「過ぎたるはなお及ばざるが如し」で愛が重すぎるし、おかしくなったことで嫌いな面も見えてきた。
初日、あの日当日。
俺はベッドの上で大の字にされて寝かされている。どこからか取り出した手枷と足枷をされたままにベッドに寝かしつけられているとか我ながら情けないのだが、倒錯的でちょっと興奮してしまった。
それと、俺のことをペット扱いにもしたいのか、動物寄りの銀狼型の獣人の姿にさせられた。
「ねえ、カイセイ?」
「……なんだ?」
「カイセイは私のこと一筋だって言ったよね?」
ベッドの上でまるで地面に張りつけられたガリバーのように横たわった俺の横で、マイが愛しそうに俺の隣に寄り添って俺の身体を優しく擦りながら自分の身体をぴたりと密着させてくる。
マイの潤んだ瞳を見て柔らかな肌に触れているとマイとの情事を楽しみにしてしまい、俺の身体は悲しき男の性によっていつものように熱を上げていった。
「……当たり前だ」
いつもどおりの声を出しているつもりだったが、どうにも大きな声が張れなくなって掠れていた。何かの制限を受けているのだろうが、今でもよく分かっていない。
そんなことを考えている矢先、次にマイの放った言葉は俺の肝を冷やすものだった。
「じゃあ、私以外では、これ、大きくしないよね?」
私……以外……?
これって……今、マイが指で指し示しているのは……。
「どういう意味だよ」
「言葉のままよ。来なさい、赤いの」
俺が言葉の意味を理解するよりも先にマイがエベナを呼んだ。
ただし、マイの呼び方が酷い。
ゴーレムだが、エベナにはちゃんと名前がある。名前を蔑ろにした呼び方はひどくないだろうか。
「はい!」
不平不満を1つもこぼさずに俺たちの目の前に現れるエベナ。
いつもの赤い軽装鎧を外して、さらに肌着のような薄い布を着ているだけの珍しい姿で立っているからだろうか、いつもよりも女性的な身体つきをしている印象がある。
戦斧を豪快に振り回して中性的な顔立ちをしているから男性的な荒々しさを感じることもあるが、目の前にいるエベナはどう見ても女性にしか見えなかった。
……まさかな。
「マイ。さすがに『赤いの』って言い方はないだろ。エベナって名前があるんだ。エベナもちゃんと言った方がいいぞ」
少し俯いているエベナを見て、俺はマイにそう伝えるが、それに首を横へとふるふると振っているのはほかでもないエベナだった。
「カイ様、私たちは命令に忠実なゴーレム。私たちの名前は呼びやすくするためだけのあくまでも記号でしかない。だから、判別ができるならそれでも構わない」
その線引きに意味があるのか?
人とか物とか関係なく、名前があるなら、そう呼ぶのが普通じゃないのか?
エベナって呼ばれた時に嬉しそうにするエベナの笑顔は本物だろ?
エベナは本当に「赤いの」と呼ばれて何とも思わないのか? 違うだろ?
「エベナ……」
俺がエベナの心中を察するよりも前に、展開はドンドンと俺を無視して進んでいく。
「赤いの……さっき言ったようにカイセイのそれを優しく、手だけを使って刺激しなさい」
「はい!」
エベナはマイの命令に従って、大の字に眠っている俺の足の間にするっと身体を滑り込ませた。
俺から見える景色は自分の股の間から顔をひょっこりと出しているエベナだ。
そのエベナのいつも戦斧を握る力強い手がゆっくりと俺の身体へと伸びていく。
ふざけている。
こんなの誰も望んじゃいない。
「おい! マイ! なんて命令するんだ! エベナ、言うことを聞かなくてもいい! いや、命令だ! エベナ、マイの言うことを聞くな!」
掠れ声をした俺の命令が飛ぶも、エベナの動きは止まる気配がない。
俺の命令が効かない?
「それはできない……今、カイ様は女神さまに反逆している状態。故に、私たちへの命令権は女神さまにしかない」
嘘だろ? これが……これが反逆だって言うのかよ。
おかしいのはマイじゃないのか? マイがおかしくてもマイが正しいと、俺が間違っていると言うのか?
そんなふざけた話はないだろ!?
「俺は反逆なんかしていない! マイ、やめさせるんだ!」
俺の怒号に近い声が響く、はずだったが、俺の声はどんどんと掠れて小さくなっていく。ふと、首輪が少しきつい気がする。これが俺の声を絞っているのか。
マイは妖艶な笑みを浮かべて、俺とエベナの間に顔を覗かせた。
それはまるで俺にエベナを見ないで自分を見てほしいと訴えかけているようだ。
「ダメ、カイセイの浮気癖が治るまでの我慢だから……ね? そう、訓練だよ?」
やっぱり、おかしい。
話が破綻している。
だったら、なおさら、マイ以外に俺を触らせるのはおかしいだろ。
「うっ……くっ……浮気癖って……そんなものはないし、そもそも、これじゃあ浮気しているみたいなもんだろうが!」
布越しに感じるエベナからの刺激に耐え、俺は視界いっぱいに広がるマイの顔をマジマジと見つめて、掠れる声をせいいっぱいに大きくしてマイに説明しようとした。
マイが不気味に笑う。
「大丈夫。ゴーレムなんて、造り物だもの。私の命令、言うことを聞くなら、私の敵じゃないし、カイセイのことを好きになんて思わせないよ」
操り人形や着せ替え人形とでも言いたいのか。
「ううっ……そういうことじゃないだろうが! あっ……くっ……おい、マイ、頼むよ。俺はマイとしか、こういうことはしたくないんだ」
快感に情けない声が出る。変だぞ……いつもより感じやすい? まさか、感度も上げられている? これで耐えろって、ただの拷問だろうが。
「本当?」
「本当だ!」
「じゃあ、大きくしないよね?」
ダメだ……話が通じない。
こうなったら、マイの奥にいるエベナに訴えかけるしか……。
「そういうことじゃ……くっ……エベナ……やめてくれ……」
「命令には背けません」
だが、エベナが止める様子もなく、しばらくして、マイが後ろを振り返って、深い溜め息を吐き始めた。
「はあ……ほら、やっぱり、カイセイったら、我慢できずにこんなに大きくしちゃって……これじゃあ、お外に……獣人のお手伝いなんかに出せないよ……。どきなさい、赤いの。あとは私とカイセイの愛し合う時間だから」
一度、マイが俺の視界から外れた時、エベナの赤らめた顔が印象的だった。
悔しそうにも恥ずかしそうにも見え、そして、嬉しそうにも物欲しそうにも見えたのは俺の都合が良すぎる解釈だと信じたい。
「承知しました……。すみません、カイ様……」
「すまない……エベナは悪くない……」
俺はエベナに謝るしかできなかった。
その後、マイとは寝ずの朝を迎えた。




