11. すれ違う両想いと最悪の一言(後編)
タイナカって……高校のときの同級生だぞ? マイは高校が違うし、俺のいた高校にマイと仲良かった友だちもいなかったから、本来、マイが知るはずなんてないんだ……。
「……それって、高校のタイナカ? って、なんで――」
「あの女、私には全然カイセイのことを気にしていないみたいに言っていたくせに、私のいないところでカイセイにベタベタとくっついて!」
いや、タイナカはそういう距離感がおかしかっただけで、別に俺以外にもそんな感じだったぞ? あだ名が「勘違いさせクイーン」だったし。
ってか、私には? え、マイ、タイナカと話したの? なんで?
「え、いや、それはマイの勘違いじゃないか……って、だから、なんで別の高校に行ったマイがタイナカのことを――」
俺は一瞬口を塞がれたように動かせなくなる。
マイが俺を強制的に黙らせているのか?
「まあ、たしかにタイナカさんはあんまりカイセイを好き好きって感じしなかったから、それは私の勘違いかもね。でも、次は言い逃れさせないよ?」
「言い逃れって……いい加減にしてくれよ。俺は別に何も悪いことなんて」
「タカラハシさん、だったよね?」
まただ……いや、さっき以上だ。
このとき、全身が身震いし、恐怖が疑問を凌駕した。
ありえない……ぜったいにありえない!
マイがその名前を口に出すことは絶対にありえない!
だって、タカラハシって大学の時の同級生で、同じサークルの女子だぞ?
「……待て待て待て、それって、大学のタカラハシのことだよな!? なんで、だから、マイが知っているんだよ!?」
100歩譲って、さっきのタイナカのことは知っている可能性はある。俺からマイに言ってないにしても、親や友だちにはタイナカの話題をしたことがあるからだ。俺とマイの親どうしは仲が良いから、その話題がマイに筒抜けになる可能性はゼロじゃない。
普通、ほぼないと思うけどな。
だが、タカラハシのことをマイが知っているのはヤバい。
だって、親にも地元の友だちにも言ってないぞ!?
「サークルの飲み会の2次会でタカラハシさんの家に行ったんだよね? さすがに複数人だったから何もなかったみたいだけど? でも、この時ほどカイセイが鈍感で良かったと思ったことはなかったな。だって、タカラハシさん、2人きりになるつもりでカイセイを誘ったのに、カイセイがほかの同級生を呼んじゃうんだもんね? 女の子の部屋でって言うのに、ほかの女の子や男の子まで誘うのって鈍感すぎるかな……さすがに笑っちゃった」
マイはまるで見てきたかのように、事実と何一つ違わず、俺に俺の思い出を語りかけてくる。
「……なんでそんなことまで?」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。
ここまで来ると、マイが俺のことを好きという気持ちをずっと無視してきたってことに気付くのと同時に、マイの執念深さに恐怖しか覚えられなかった。
だが、俺も男だ。
ここで逃げることはしない。
まあ、【束縛する愛の左手】でそもそも逃げられないんだが……。
「全部知っているよ? カイセイのことなら」
「全部って……」
いや、無理、恐怖しかない。
全部って……本当に全部? そう思わせるくらいに先ほどまでのマイの話が俺の全身に染み込んでいる。
「これからもそう……カイセイのこと、全部知りたい」
そうだ……怖がっている場合じゃない。
今までは置いておいて、今はパートナーなんだ。
お互いに対等な立場で話し合わないといけない。
「……なあ、前から言おうと思っていたんだけど、四六時中、俺を【神視する玉座】で見るのはやめてくれないか? 俺にだってプライバシーはあるだろ?」
マイはひどく驚いた表情をした後に首を横にふるふると振っている。
「ダメ……カイセイが浮気するからだよ?」
浮気、浮気、浮気って……。
俺にはマイだけだ。
そりゃ、リシアたちをかわいいと思うことはあるが、恋愛感情ではないし、一緒に人生を歩んでいきたいと思っているのはマイしかいない。
だけど、マイが俺を信じてくれないなら……俺のその想いさえも届かないことになる。
「……なあ、信頼関係が築けないなら、俺はマイと一緒にこれからも暮らすなんて無理だよ?」
俺は率直な気持ちを伝えた。
「……無理なの?」
マイは俺のその一言に目を見開いて、全身を震わせながら俺を見つめている。どういう感情でそうしているかは分からない。ただ、けっしてポジティブな感情は持っていないだろう。
だけど、ここで俺は折れるわけにはいかない。
お互いに多少傷付く言い合いになったとしても、今後パートナーとして、お互いを尊重し合う関係づくりをしていかないといけない。
「そうだよ。だから、お互いに話し合って、信頼し合って――」
「【束縛する愛の左手】!」
そんな俺の気持ちをあざ笑うかのように、マイの【束縛する愛の左手】が発動する。これが発動している限り、俺とマイの関係性は、パートナーどうしではなく、女神とそのペットだ。
「あぐっ! だから、強制はやめてくれって!」
俺がソファに座ったまま動けないでいると、マイが俺の方へ近づいてくる。
マイの頬は酒による赤み以外に恥ずかしそうな赤らめ方もしているように、悩まし気な表情で、俺を誘うような目で、俺の太ももに手をそっと当てて、俺の耳に吐息がかかるくらいに顔を近付けていた。
「無理なんて、哀しいことを言わないで? カイセイ、ベッドに行きましょ? 愛し合えば大丈夫。無理なことなんてないよ。そう、私と一緒が無理なんて……無理なんて……絶対に認めないから!」
狂っている……。いや、俺が狂わせてしまったのか?
だけど、ふざけているのかと思うくらいにおかしい。
まるで愛し合えば、俺がなあなあで収まると思っているような感じさえ受ける。
俺はそんなに簡単だと思われているのかと思うと先ほどの怒りが何倍にもなって沸騰するように噴きあがった。
「こんな状況でできるわけないだろ! 俺と話をしてくれよ!」
「……やっぱりそうなんだ」
「何がだよ……」
今はダメだ。
俺も冷静になれないし、マイもなんかおかしい。
一旦、お互いに頭を冷やすように離れないといけない。
そう思ったが、マイはどうやら俺だけがおかしいと思っているようだ。
「小さい頃に私のこと、好きって言ってくれたのに! 私のことを大切にするって言ってくれたのに! 大きくなったら告白してくれるって言ってくれたのに! 結婚できるようになったらすぐに結婚して家族になるって言ってくれたのに! なのに、なのに、なのに、なのに、なのにいいいいいっ! ほかの女の子と仲良くして、私のことをほったらかしにして! 本当ならカイセイが告白してくれて、付き合っているはずなのに! 小学5年生のときにからかわれたからって、ちょっとずつ疎遠になって……中学のときに慰めたら告白してくれると思ったのにしてくれなくて……高校が同じにできなかったから連絡先を好感したのに全然連絡くれなくて……メールでもいいから告白してくれるって思っていたのに! 全然くれなくて! 大学なんか勝手に関東の方に行くって決めていて、一言の相談もなくて、私も必死になって関東の大学に行ったのに、全然連絡くれないし!」
マイの気持ちが涙とともに吐露される。
大粒の涙が俺の身体にぽたぽたと落ちて、俺の身体と怒りを冷やしていく。
「そこまで想ってくれていたんなら、高校や大学でも連絡くれればよかったのに……」
「あああああっ! もう! そうじゃないの! カイセイは私の王子様なの! 王子様から来てくれないと嫌なの! それから、就職先もカイセイのお母さんから聞けて、仕事場も住所も近くにしたのに!」
その執念に完敗した。
それと、これまでにあったいろいろな不思議なことや違和感がすべて、マイの話を基にして繋がってきた。
すべてはマイのしたことの影響だったんだ。
「あぁ、それで……なんか俺の中で違和感だった過去が繋がってきたな……」
「だから、もう浮気は許さない……【束縛する愛の左手】……カイセイ、そのネックレスを外しなさい」
俺はマイの命令によって、自分の胸元で誇らしく輝いていたネックレスを手に取っていた。
先ほどから【束縛する愛の左手】を連続行使されているが、まだ俺への拘束力が強い。
まだ俺はマイの言うことに逆らえない。
「ぐっ……お、おい……どうするつもりだ! まさか……やめてくれ!」
「【束縛する愛の左手】……カイセイ、それを壊しなさい!」
無慈悲な命令。
もらった時の子どもたちの笑顔が脳裏に浮かぶ。
「ぐっ……ううっ……があああああっ! ぐうううううっ!」
俺はこれまでになく逆らう。
首が締めあげられ、窒息するかのように息苦しい。
辛い。ちょっとでも気を抜いたらそのまま死にそうだ。
それでもせいいっぱいに自分の手が動かないように、ただそれだけを考えて必死に抵抗する。
「っ! 私とどっちが大切なのよ! 【束縛する愛の左手】! カイセイ、それを壊せ! 壊せ! 壊せえええええっ!」
「あああああっ! やめろおおおおおっ!」
2度の命令、重ね掛けられた命令には俺の意志など為す術もなかった。
次の瞬間、俺はネックレスの紐を引き千切って、俺の手から引き千切られたネックレスの紐が垂れ下がり、牙や角の加工品がバラバラと落ちていった。




