11. すれ違う両想いと最悪の一言(前編)
普段、「愛の巣」の名を冠する俺たちの拠点アイノスだが、今はとてもそんな雰囲気はない。
マイの俺を見る目は重く、冷たく、なんだか哀しい感じだ。
「見たって?」
酒を昼から飲んでいるってことで昼から荒れていると考えたら、踊り子のことじゃないのかと思い安心した。そっちの方が火に油を注ぐだろうし、確実に誤解を解くのが面倒だ。
でも、昼って……子どもや行商人だよな?
「あーあ、しらばっくれるんだ?」
ソファに座りながら背もたれの上に頭を乗せて俺の方を見るマイは、俺のことを見上げているが、見下しているような雰囲気を放っている。
ゾワゾワゾワ……。
背筋が再び寒くなり、背筋が伸びる。
今、マイは俺のことをパートナーとして見ているのか? それとも……ペットか?
「いや、誤解なら解きたいからさ」
「……獣人のメスガキ」
マイの口から出てきた罵倒にも近いその言葉に、俺は燃え始める怒りで心が熱くなる。
俺にプレゼントを作ってくれて、しかも、一緒にマイへのプレゼントを作ってくれた恩人だ。
その言い草はあり得ない。
「おい、メスガキって、いくらなんでも言葉が悪すぎるぞ……何を怒っているんだ?」
「そんなことどうでもいいよ。プレゼントなんかもらってデレデレしちゃって」
マイの言葉がとげとげしい。
言葉の1つ1つが俺を突き刺すように放たれている。
近付きたい気もするが、近付いてはいけない気もする。
すごく居心地の悪い空間。
ちらっと3人のゴーレムを見やると、まるで嵐が過ぎ去るのをひたすら耐えて待つ子羊たちのようで、俯き加減でじっとして一言も発する気もなく待機している。
とにかく、マイの誤解を解こう。
「デレデレなんかしてないって、勘違いで怒るのは勘弁してくれ」
こんなこと言いたいわけじゃない。だけど、下手に出るのも違う。
俺はパートナーでもあるのだから。
「仲良くネックレスなんか作って」
そうだ。
俺はハッと気が付いて、しまい込んでいたネックレスを見せてマイに近付く。
「これのことか? このネックレスは俺からマイへのプレゼントだよ。はい、俺たちが来て1か月くらいだろ? 記念にさ、何か残したいと思って。ほら、マイに似合う綺麗な色のネックレス」
俺からのプレゼント。
その言葉に、マイの表情が緩む。
「……そっか。それはありがとう」
嬉しそうにさっそく首にネックレスをつけてくれる。
真っ白に近い角や牙の加工品がマイの首元、胸元を華美すぎない程度に綺麗に見せてくれる。
うん、やっぱり、すごく似合っている。
「似合っているよ。それで、ネックレスづくりを手伝ってもらっただけでさ、誤解なんだよ」
「へぇ……触手プレイまでしておきながら? もう身体は大人なんだっけ?」
むせそうになった。
怒りの原因はそれか?
いや、でも、あれは事故だし、そもそも、プレイって言わないでほしい。
あの子たちは獣人基準だと既に成人のようだが、俺から見れば、まだまだ子どものような姿だから、倫理的にそういう表現が良くない。
「ぶふっ……それは誤解だって。あれはワイルドワームを倒しながら、同時に獣人の子どもを助けるのにいろいろできた方がいいと思って、結果的に、あれはそうなったけどさ。別に俺はそういうつもりでしたわけじゃないから」
「いろいろねえ」
マイは信じてくれていない。
そう言えば、昔からそうだった。
マイは自分の見たものを自分の見たとおりで信じてしまう。
今回の誤解を解くのはすごく苦労しそうだ。
「……ほんとに誤解だって。俺はマイ一筋だって」
マイがピクリと反応する。
その後、マイは左手をすっと上げる。
「一筋? 【束縛する愛の左手】、カイセイ、ソファに座って」
マイの能力の1つ【束縛する愛の左手】は、対俺専用のスキルだ。
マイが言うには、マイの左手首から不可視の紐が飛び出して、俺のしている首輪に直結される。直結された状態だと、俺はマイの言うことをほぼ必ず聞かなければならない。ほぼ必ずというのは、少なくとも「いくつかの強制執行の不可能な命令が存在すること」と「ある時間内に連続行使をすると命令の強制力や拘束力が下がっていくこと」が確認できているからだ。
しかし今は、仮に【束縛する愛の左手】がなくとも言うことを聞かざるを得ないだろう。
「うぐっ……強制なんかされなくたって座るから」
俺はマイと喧嘩したいわけじゃない。
俺はマイの誤解を解きたいんだ。
「ハルカちゃん」
しかし、俺は気持ちと裏腹に、マイの口から突然出てきた名前に目をぱちくりとさせてマイを見つめるしかなかった。
「え? ハルカちゃん? 誰?」
「誰? 小学校の頃、カイセイと一緒のクラスだったハルカちゃんを覚えてないって白を切るの?」
白を切るって……。
さっきから、俺のことをなんかぞんざいに扱ってないか。一度そう思ってしまうと、俺はマイにムッとする気持ちが強まってくる。そんな言い方しなくてもいいだろ。
記憶の奥底を呼び起こして、何とか思い出した。
「あ、あぁ、サキトウね。名前で呼んだことなかったから思い出すのに時間かかった。懐かしい名前だけど、急にどうした?」
サキトウ ハルカ。俺やマイが5,6年のときに俺と一緒のクラスだった女子の名前だ。パっと華やかな感じはないけど、すごく落ち着いていた髪の毛が長めの大人しめの子だったな。
そうそう座席替えで連続して隣になったな。あの時は思わず「すげえな」って言って一緒にはしゃいだ気がする。なんだかんだで一度思い出してしまえば、いろいろと懐かしい思い出が湧き上がってくる。
「5,6年で私が別のクラスだったからって、ハルカちゃんが隣の席だったからって……仲良くお喋りなんかしちゃって……それに、何? バレンタインチョコもらっていたよね?」
お喋りくらいいいだろ……って、チョコの話、なんで知っているんだ? まあ、女子のネットワークか? って、別にサキトウは俺にだけ配ってなかったぞ? そりゃ全員とは言わないけれど。
「いや、まあ、そりゃ、そういうこともあったけど、ただバレンタインチョコって言っても、あれ、何人かに配っていたし、ただの義理チョコだろ?」
マイの視線が冷たく刺さって痛みや辛ささえ感じた。どうやら、【束縛する愛の左手】の間は支配者の攻撃的な感情が被支配者への攻撃となってしまうようだ。
「はあ……カイセイ、全然分かってないね。あの女、席替えの時、カイセイの隣になれるように友だちとかに交換してもらったりしていたんだよ……それに、チョコだって、カイセイだけに渡すと…………からかわれるからカモフラージュしただけだよ。あの女は優しそうで大人しそうな顔をして、じつは強かな女だったんだよ? 卒業式に告白するなんて言いだしていたくらいだし」
「女呼びはやめろよ……って、え? 告白? そんなのされていないけど」
っていうか、そう言えば、バレンタインの後くらいからサキトウが急に素っ気なくなって、そのまま話すこともなくなったんだよな。
まさか? マイが?
ふとマイを見ると、マイがニヤリと微笑んでから再び曇り顔に戻る。
「それに、アキノちゃん」
「アキノちゃん? ……あ、中学のときのスズマキ?」
今度はもう少し早く思い出す。中2のときに同じクラスになったスズマキ アキノ。
「あの女は手強かったなあ。割と人気もあったし、友だちも私くらいにたくさんいたし、カイセイのこと、本当に好きそうだったから」
「だから、女呼びは……って、は? 俺のこと好きだった? 何かの間違いじゃないか? だって、マイだって知っているはずだけど、スズマキはなんか急に冷たくなったから……」
たしかにこの子も一時期仲良くしていたんだけど、ある時に俺のことを嫌がるように近付かなくなったんだよな。急だったから、彼氏ができて俺と仲良くするのはやめたのかと。俺も思春期だったからチャンスあるかなって思ったのに急に疎遠になってガックリしたんだよなあ……。
その時もマイは優しく慰めてくれていたけど、なんか弱った勢いでマイに告白するのはマイの優しさに甘えてつけ込んでいる感じがしてやめたんだよなあ……。
「そりゃあね」
「……そりゃあね? それって」
ゾクゾクゾク……。
蛇に睨まれた蛙、という表現が正しいか分からないが、マイの舌なめずりしながら俺を見つめる目が冷たいだけじゃなくて艶美にも映る。
俺はそれ以上何も言えなくなる。
「つぎは、タイナカさん、かな」
マイの口から聞くことはなかっただろう名前が飛び出してきて、俺は自分の耳さえ疑った。




