10. 言い寄られる最強ペットと嫉妬に狂う女神代理(後編)
やがて、踊りも終演となり、踊り子たちがどこかへ消えていく。
「踊り子たちの踊りはどうですか?」
「キレのある良い踊りだった。思わず見とれてしまうほどだ」
「それはよかった」
老いたゾウの獣人が嬉しそうにしている。企画者として、俺が喜んでいるから嬉しがっているようにも見えた。
「女神の使いさま」
ふと、先ほどの踊り子の1人がいつの間にか俺の目の前にまで来ていた。
6人の中でも一、二を争うだろう魅力的な印象を放つ……有り体に言えば、とても良い身体つきをした女性獣人である。
「ん?」
「宴が中締めとなりました。次の準備がありますので、一旦、お休みになっていただきたく」
中締めか。
じゃあ、帰ろうかな。
「あ、いや、そろそろ帰らないと」
俺がそう言って立ち上がると、踊り子がべったりとくっついてくる。ちょっと気まずいので離れたいが、獣人とはいえ女性の身体を触るのは躊躇われるので、強く引き剥がすまでには至らなかった。
なんだこれ、香水の匂いか? すごく甘い匂いがする。
……踊り子がさっきよりもかわいく見えるな。
「うふふ……まあまあ、中締めとは子どもたちを帰らせることですから、まだ夜は始まったばかりですよ」
俺が強引に引き剥がさないと確信したのだろう。
踊り子が俺にべったりとくっついたまま、先ほど踊り子たちが消えて行った方へと俺を連れて行く。
べったりと引っ付きながら歩いているので、バランスを取るのに若干気を遣いつつ、踊り子のなすがままに連れて行かれてしまう。
「いや、ちょ……っと……なんだこの匂い……あれ? ふらつく?」
甘い匂いがきつくなる。
甘ったるい匂いが俺の三半規管さえも支配したかのように足取りがおぼつかなくなってくる。
なんだこれ?
「うふふ……さあ、こちらへ」
「お、おい、これは……」
妖艶な踊り子に連れて来られたのは、踊り子の控室と言うには言い訳が苦しくなるような……大きなベッドのある寝室だった。
先ほどの踊り子6人が全員揃っている。
どれも間違いなく美人だ。
「女神の使いさまもオスですから、こういうのはお好きかと思い」
まさかとは思ったが、とんだもてなしを用意されていたようだ。
あぁ、そう言えば、この世界は18禁っぽい世界観もあるんだっけか。
じゃあ、この匂いは媚薬とか催淫効果のあるお香とかってことか。
もしかして、先ほどの水も? 俺が酒を飲まない場合に媚薬入りの水を用意していたってことになる。
中々、抜け目のない作戦のようだ。
「……そうか……媚薬と催淫香か……カラクリさえ分かれば」
俺が真っ先に思い浮かんだのはマイだった。
しかも、申し訳ないけど、怖いマイだ。
今でも【神視する玉座】で神視もとい監視されているのではないかと思っている。
あぁ、今日も朝まで搾り取られるのだろうか……。
「え? そんな! もう効果がない!? すぐに理性が働くなんて!」
相当強めに盛られていたのだろうか。
そりゃ元気になるよな! いろんな意味でな! って、言ってる場合じゃないけどな!
「俺は……私はあらゆる異常に対して対処できるようになっている。あと、俺はこのような催しを欲してはいない……私には女神さまがいらっしゃるのだ……女神さまのものでもある私を誑かしたと、女神さまが知ることになればどうなるか……」
若干、俺の本音も入り混じっている。どうなるか分からない。
「うぐっ……」
「謝るなら今の内だ。今ならなかったことにしておこう」
分が悪いと見た踊り子たちは無駄なあがきもせずに、地べたに頭を擦りつけるように詫びのポーズを取った。
そこまでしなくていいんだけどな……。
「……大変失礼なことを……少しでも私たち獣人のことを知っていただきたいと思うばかりに、女神の使いさまに無礼なことをしてしまいました」
まあ、誠意はしっかりと受け取った。
この踊り子たちも、きっと老いたゾウの獣人の差し金であって、指示された側だろう。老いたゾウの獣人もまた、自分の種族を想っての行き過ぎた行動なのだろう。
そう信じることにした。
彼らをここで戒めることは俺やマイの最終目的から離れる可能性もあるからだ。
「分かればいい。何もしていないから、私は許そう。だが、もう帰らせてもらうぞ。族長たちにも二度とこのようなことがないよう、しっかりと伝えておくように」
釘は刺しておこう。
何かある度にマイに朝まで搾り取られるのはきつい。
「……承知いたしました」
俺は踊り子のその言葉を聞いてから、踵を返して外へ出る。
何人かの声が聞こえてきたが、俺は一切合切無視をして、6枚の翼を広げて夕日が沈みかけている大空へと羽ばたいた。
俺の速度ならぶっ飛ばせば、日が沈みきる前に辿り着く。
まだいつもの仕事帰りとそう変わらない時間だ。
一応、遅くなった時用の作り置きがあるから、それを食べていてくれると嬉しいなと考えながら家の扉を開けた。
「ただいまあ。遅くなってごめんなあ」
最初の印象は、なんだか暗い、だった。
まだ日が沈んでいないし、玄関とはいえ、誰も明かりもつけずにいるのか?
出かけているわけじゃないよな?
俺はリビングの方へと急ぐ。
ガチャリ。
俺は無言のまま、恐る恐るリビングの扉を開けるとやはり暗かった。
それどころか、空気が重い気さえする。
なんだ……どうした?
「…………」
よく見ると、マイの後ろ姿が見えた。
俺の挨拶が聞こえていなかったのだろう、もしくは、リビングでウトウトと眠っているのだろうと近寄っていく。
ここで、俺の行動に、俺の本能が危険信号を示していた。
野生の勘とも言うべきか、脅威が近付いていると警告している。
「マイ、起きているか? うっ……」
俺がマイに声を掛けた直後、ツンとしたアルコールの臭いが鼻につく。
それ以上に、見えるわけもないドス黒いオーラのようなものがマイの周りに澱みのように纏わりついているようにも錯覚する。
「ああん?」
マイがガラの悪そうな返しをして俺の方に顔を向けた。
いつも明るくて優しくて柔らかなマイの瞳が、今は俺を射貫かんばかりに底なしの闇のように……暗くて……冷たい……。
「うわ、酒臭っ!」
顔がものすごく赤くなっていて、ものすごく酒臭い。
酒に酔っているのもそうだが、さらにマズいのは確実に怒っていることだ。
というか、今までにないくらいに怒っている。
まさかさっきの踊り子とのやり取りを見られたのか?
いや、俺、無罪だろ?
「カイ様……」
「カイ様……」
「カイ様……」
リシア、エベナ、ラピスが奥の方からしゃがみ込んだ状態で俺に声を掛けてくれる。その手には酒を持っていた。
3人は酒を飲まない。
つまり、マイに言われたらすぐに出せるよう待機しているということになる。
「女神さまは昼ごろからアルコールを召し上がっております……」
リシアはさらに補足情報を俺に聞かせてくれた。
……え? 昼から?
え!? 昼から!?
「なっ……昼から!? だから、こんなに!?」
ふとリビングのローテーブルには、今まで見たことないくらいに酒瓶がごろごろと転がっている状態だった。
数を数えるのも怖いくらいの酒瓶、いくらなんでも飲み過ぎだ。女神と会ったあの真っ白な空間でものすごいと思っていたが、今の状況はそれを遥かに凌いでいる。
悪い方向で。ものすごく悪い方向で。
「カイセイ……また浮気したね……?」
「は? 浮気? また?」
いつものちょっと冗談っぽく言っているのとは違っていた。
本気で疑われている。
背筋が凍るほどに突き刺さる冷たい視線。
血の気が引くほどに浴びせられている恐怖。
でも、昼から?
昼からってことは……。
「見たからね……?」
酔っていたマイの目は非難めいた感情をいっぱいにして、そう俺に告げたのだった。




