10. 言い寄られる最強ペットと嫉妬に狂う女神代理(前編)
獣人族の子どもたちと一緒に、マイへのプレゼントを作った夜。
「新たな領土、温まる交流、女神の使いさまに、乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯!」
「……乾杯」
俺は今日のノルマを無事に終わらせて、日も出ているうちに早く帰ってマイにプレゼントを渡そうと思っていたところで帰り際に引き留められてしまう。あれよあれよと、なし崩しに手を引かれて連れて行かれると、そのまま、広場に急ごしらえでできあがった宴会場へと、獣人族たちの労いと歓待の宴へと否応なしに招かれた。
そして、今の乾杯で宴が始まったのだ。
まあ、荒野の緑地化計画も半分を超えて折り返しというタイミングでもあるから、一区切りとしては納得できる段階でもある。
それに、俺の意向を全く無視した催し物ではあったものの、いろいろとがんばってくれている獣人たちの労いの意味もあったし、何より「肉食獣人と草食獣人が一緒になって宴会を開くことなど初めてのこと」と言われてしまっては、主賓に祭り上げられてしまった以上、参加せざるを得ない。
「ワハハ」
「ガハハ」
「アハハ」
まあ、飲み始めてしまえば、俺なんかは飲みの理由にしかならないだろうから、しばらくしたらささっと帰れるだろう。
それに獣人たちは見ていると癒される。肉食獣人の方に、猫の獣人や犬の獣人もいるので、俺はマイに喜ばれる接し方を研究する意味でも彼らの行動や仕草を勉強しておきたかった。
「水が美味いな」
俺はまず労働で渇いた喉を潤す意味でも水をもらっていて、乾杯の言葉通り、水を一気に飲み干した。キリっとした冷たい水は俺の労働で火照った身体を中から急速に冷やしてくれる。
美味い。
水一杯に感謝できるようになった自分は人間的に成長した気もする。
まあ、もう人間はやめているのだけど……。
「ささ、水だけでなく、どうぞ、どうぞ」
乾杯の音頭を取っていた老いたゾウの獣人、おそらく族長クラスの獣人はその長い鼻で器用に酒瓶の取っ手を掴んで俺に酒を注ごうとしていた。この前、争いで陣頭指揮を執っていたゾウの獣人とは親子なのだろうか、と意識が少しだけ別の方へと向く。
「あ、いや、申し訳ない。私は女神さまから酒を禁じられているので」
さっと注がれそうになる酒を手で制止する。
俺は酒を飲むつもりはない。
ただし、禁じられているわけではない。むしろ、マイにしきりに勧められるのだが、嘘も方便とやら、一滴も飲む気にならないのでそういうことで頑なに断る。
俺は前の世界で酔いやすく酒に弱かった。今の世界ではどうか分からないが、自分が酒を飲んで楽しかったことがなかったから飲む気になれない。
マイが酔っているのは見ていて楽しいが、酔い過ぎると絡み酒になるので夜に少しだけ飲むようにお願いしている。
ちなみに、俺は【超変身】で体内に状態異常を除去する器官を生成できるようで、意識的に対応する器官を創り出すことで状態異常を打ち消せるようだ。つまり、状態異常を打ち消せるということは、アルコールによる酩酊状態も解除できるのだろうけど、酔いたくて酒を飲むのだろうから解除するくらいなら最初から飲まない方がいい。
「……そうでしたか。では、水で」
「ありがとう」
ノリ悪いとか思われていそうだけど、マイ相手でも頑なに断っているのだから、ここで飲むわけにもいかない。
俺は老いたゾウの獣人に水を注がれて、俺は先ほどとは違って、ゆっくりと水の味を確かめるように飲む。
ん? 甘い?
「お気付きになられましたか。ちょっと糖蜜を入れております。先ほどまで荒野開拓で酷使されて疲れた身体には甘いモノが良いかと」
俺のそんな怪訝そうな表情に気付いたのか、老いたゾウの獣人はつぶらな瞳でニコッとしわくちゃに微笑みながら俺の疑問に答える。
この水……たしかに、なんか元気が出るな。疲れた時の糖分補給はやはり正しいのだろう。これならもっと飲んでもいいかもな。
「そうか、ありがとう」
再び甘い水が注がれて、俺は一気に飲み干した。
甘いし、美味い。
全身に活力が漲るようだ。
「女神の使いさまのおかげでこうやって肉食獣人とも楽しく飲めますな」
「まさか草食獣人とこうやって酒を酌み交わすことになろうとはな」
「それはよかった」
楽しい雰囲気は嫌いじゃない。
自分が酒さえ飲まないのならば、こういう飲み会の席も嫌いじゃない。
会社の飲み会では無理やり飲ませてくる先輩がいたから決して宴席で近付くことをしなかったくらいで、飲み会自体には参加していた。
こうみんなが笑っている時間は嫌いじゃない。
「まだ日があるうちに、子どもたちの合唱を見てもらえますか」
「それは楽しみだ」
俺がそう返事をすると、待っていましたとばかりにシカやゾウ、ウサギ、ネコ、イヌなどのまだまだ幼そうな獣人が10人以上も現れた。
後ろには前の世界でも見たことのあるような楽器を大人たちが準備している。
楽器は大人で、合唱は子どもか。
俺はパチパチパチと拍手で出迎える。
「ぼくたち」
「わたしたち」
「いっしょうけんめー」
「が、がんばります!」
かわいいなあ。
まるでお遊戯会の演目のようなノリはどの世界、どの種族でも変わらないのだろうか。お互いに目配せをしながら、準備ができたかを確認し合うのもお遊戯感があっていいものだな。
「それでは」
「はじめます!」
数人のセリフを言う役が終わったと安堵しながら列に戻ると、次に歌が始まった。
「昔からある歌でして、肉食、草食の関係なく、歌い継がれている歌なのです」
「へえ」
聞こえてくるのは聞き覚えのあるメロディ。
あぁ、これは……。
たしかに子どもに歌ってほしい歌だ。
俺も子どもの時に口ずさんだこともあるし、幼稚園だったか小学校だったかの合唱で歌ったこともある。
世界中のみんなが仲良しで助け合う世の中であってほしい、ただ一つの世界なのだから。
まさか、異世界に来てまで、この歌に出会うとは……。
その歌は短く、あっと言う間だったが、心に深く残るものだった。
泣きそう。
「補足しますと、その昔、獣人の中だけではなく、鳥人、魚人、ヒト、魔族など種族に関係なく、仲良く過ごしていた時代があったようです。その頃にいろいろな種族の子どもたちの間で歌われていた歌が元だとか」
これだよ。
違いなんて関係ない。
一人ひとりがかけがえのない命なんだ。
「一生懸命でいいお歌だった」
俺が感動していると、子どもたちと楽器を持った大人たちは消えていき、次に出たのはひらひらとした布地を纏う6人の女性たちだ。いずれも見た目が踊り子のような衣装で、耳や特徴的な部分を隠しているからか、ぱっと見ではどの動物の獣人かは分からない。
ただし、裏を返すといずれもヒト寄りのタイプ「フォルマフマナス」のようで、どうも俺がヒト型だから「フォルマフマナス」で揃えてきたような雰囲気さえもある。
「女神の使いさま」
「どうした?」
他意はないが、別に動物寄りのタイプ「ベスティアファシエス」でも構わない。
他意はない。
俺、ケモナーじゃないし。
あと、俺、マイ一筋だから。
「次は私たちの舞を見てもらえますか」
いや、俺は子どもの合唱だけで十分だったんだが……。
「ぜひとも」
とはいえ、断るのも気が引けてしまい、やむなく首を縦に振って頷いた。
すると、別の演奏部隊も現れて、少し艶美なメロディが辺りを包んでいく。
ふわり、ふわり。
ひらり、ひらり。
はらり、はらり。
曲に合わせて、踊り子たちの舞が流れるように進んでいく。
長すぎる布が、時に激しく時に緩やかに、時に優しく時に荒々しく、時に悲しく時に楽しく、さまざまな雰囲気と様子を魅せており、これはこれで宴会の催しとしては十分すぎるくらいに見ごたえのあるものだった。




