8. 変わりゆく環境と選別されるものたち(後編)
遠くからゾウの獣人やサイの獣人たちが台車を引いて、多くの物資を俺の下へ届けてくれていた。
「あぁ、ありがとう! 遠くから運んでもらって申し訳ないな」
「いえいえ、あんな昆虫を倒そうとするよりも危険が少ないですし、森林でスライムとか苔やキノコとかを狩るくらいならなんてことないですから! いっぱい倒してくださいね!」
今回、草食獣人の領土拡大がメインのため、草食獣人たちがいろいろと都合をつけてくれているが、もちろん、肉食獣人たちも得意なことで手伝ってくれている。
どちらの獣人たちにも、貢献度に応じて領土を拡大させると約束したからだ。
肉食獣人たちにはお得意の狩り、特にスライム狩りをメインにしてもらっていて、スライムの死がいが順調に集まっているところを見ると、肉食獣人たちも領土拡大に興味があるようだ。
俺やマイからすれば、肉食獣人たちの人口を増やさなければいけないので、自分のメリットのためとはいえこうやって協力的な姿勢を見せてくれることがありがたい。
「あ、あぁ……」
まだまだ倒さなきゃか。
ふと、ワイルドワームに対して、気持ち悪い以外の変な考えが俺に纏わりつき始める。
「よろしくお願いしますねー!」
意気揚々と次の物資を運ぶために去っていく獣人たちに手を振る。
「うーん……」
「どうしたの?」
俺の唸り声にマイはすかさず反応した。
「あ、いや、な……昆虫の駆除もそうだが、荒野の土の質を変えるために生態系を壊している気が今さらしてきてな」
俺は相談なのか愚痴なのか、ただの感情の吐露なのか、よく分からないままにマイに聞かれるがままに呟いてしまう。こんなことを言ったところでどうにもならないし、マイも聞いたから何か答えないといけなくなるんじゃないだろうか。
あぁ……言わなきゃよかった。
「それはそうかもだけど……変えなきゃいけないってことはそういうこともあるんじゃないかな。私はカイセイの選んだ方法に賛成するよ」
「……いつも俺の味方でいてくれてありがとう」
解決になったわけじゃない。
だけど、マイが昔からいつも味方してくれていることが、それを率直に伝えてくれることが、どんなに俺の心を軽くしてくれたか。
「ううん。カイセイも私の味方でいてくれてありがとうね」
やっぱり、マイのことが好きだな。
「気持ちを切り替えて、さっさと試してみるか!」
俺は荒野の土壌改善のために土に保水力の高いものを混ぜてみることにした。
荒野や砂漠の一番の問題は保水力なんじゃないかと思った。水が残れば草木も生えるだろう。
もちろん、風の影響も強そうだが、まずは水かなと。
苔や菌糸類は森林の保水力に貢献しているということをどこかで聞いた覚えがあって、それに加えて、採算度外視なら保水ジェルが砂漠で有効という話も聞いた覚えがあったのでスライムも用意してもらった。
とりあえず、聞いたことのあるものは全部試す!
まあ、キノコは繁殖し過ぎると木を侵食する気もするが、その時はその時だ。
俺はモグラのような手に変えた後に、思いきり土を掻きだして柔らかくしておく。そこへスライムやキノコや苔をこれでもかと混ぜ込んで再び大地に還す。
「さて、私の出番だね。女神の権限により、一時的に女神の使いであるカイに女神の力である【豊穣を約束する両足】を顕現させることを許可する!」
「【豊穣を約束する両足】!」
女神のスキル【豊穣を約束する両足】。豊穣と言えば、女神というイメージがあるが、まさしく、そのイメージを体現するスキルだ。
女神の歩いたところから生命の芽が息吹く。
「うん、感じる……上手く女神のスキルが発動しているみたいね。これで歩けば、周りに草木が生えるはずよ」
俺はその力を借りて、土壌改善をしてみた土地をゆっくりと歩いてみた。
すると、俺の足跡からポコポコと芽が出て、草は横に伸び、木は縦へと伸びていく。
「おぉ……すごいな……どういう理屈か分からないが、草木どころか、水までこんこんと湧いてきたぞ」
俺は振り返って見て、目の前の光景に驚きを隠せなかった。
もはや自分の歩いた場所が分からないくらいに草木が生えて、草一本生えているかどうかの荒野だったとは思えない。さらには、どこからか湧き水が流れ出す音も聞こえてくる。
女神の力は強力過ぎるな。
まだまだ他にもスキルがあると言うのだから、ある意味恐ろしい限りだ。
「元々地下水はあったみたい。それで生えてきた木の一部が地下にまで長く根っこを張っているみたいね。それと近くに森林や湖もあるし、女神の力で水を呼び寄せているのかも。水路さえ確保すれば、多分これからも大丈夫なのかな?」
「まあ、お互いに知識がない中やってるからな。ひとまずやってみるか」
とりあえず、俺は歩き回ってみる。
まだ土壌改善していない部分でも草木は生えるようだが、ちょっと生育が遅いかな、という感じだ。もっと深い部分まで改善したら、緑地どころかここも森林化しそうだな。
「ところで、違和感ない?」
マイが少し心配そうに聞いてくる。
「ん? 【豊穣を約束する両足】か? スキルのせいか分からないけど、歩くたびにくすぐったい感じはあるけど。多分、踏むたびになんかの草木の種から芽が出て急成長しているから、足裏がもぞもぞとするのかも」
「あ、そうじゃなくて……疲れたり、痛みがあったりしない?」
「それは特にないかな」
俺がそう答えると、マイはホッと小さな溜め息を漏らした。
「よかった……。私の身体なら問題ないんだろうだけど、スキルの一時的な権限移譲はあくまで「カイセイにだけできる」であって、推奨されているわけじゃなさそうだったから……」
「俺なら大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。それに、わざわざマイに来てもらうこともないさ。俺が帰ったら『おかえり』って言ってほしいしな」
マイは嬉しそうに満面の笑みを浮かべてくれた。
ちょっと恥ずかしかったけど、言ってよかったな。
「うん! カイセイの帰りを待ってるよ!」
「愛しているよ、マイ」
俺はさらに恥ずかしがって普段は言えないことを言った。さっき恥ずかしい思いはしたし、マイならこの言葉を喜んでくれるだろうと確信したから言えた。
「…………」
しかし、反応がなかった。
「あれ? マイ?」
「カイ様! リシアです! 女神さまが急に倒れられて! 何があったのですか!?」
リシアの声が聞こえてくる。通信を繋げっ放しだとマイ以外とも話せるのかと初めて知った。
「いや、多分、俺の相手をして疲れたんだろう。寝かしてやってくれないか?」
「はい、承知しました!」
マイが喜びのあまり気絶したのだと俺は信じることにした。
さて、荒野の開拓の続きだ。
先ほどふと頭に過ぎった考えが再来する。
「選別されるものたち……か……昆虫族はヒト型がいないからだろうか。この『種族の繁栄』という目的の中に、動物や昆虫、植物は直接的には含まれていない……もちろん、結果として増えることもあるだろうけど……神さま視点で恣意的に世界を変えることが、本当に繁栄に繋がるのだろうか……あるいは……何もしない方が自然の摂理とやらに即しているのではないだろうか……」
この世界の行く末を決めるのは、いや……決めていいのは誰なのだろうか。
「SHUUUUU!」
「考えても仕方ない。これがどのような結果を引き起こそうと、俺たちは俺たちのできることをやって、俺たちのために生きていくしかないんだ……」
そうして、俺は頭の片隅に自分たちのエゴを感じつつ、荒野の緑地化を進めていくのだった。




