8. 変わりゆく環境と選別されるものたち(前編)
昆虫荒野。
数m級の大型で肉食の昆虫族が住む危険度の高い場所でもあり、昆虫族がひしめき合う昆虫たちの楽園とも言えるし、その一方で昆虫しかほぼ住んでいないために殺伐とした昆虫どうしの喰い合いが発生している昆虫たちの地獄とも言える。
「GISYAAAAA!」
俺の目の前には、数mどころか10m級の大型で恐ろしい芋虫のような姿をしたワームがいる。
その名もワイルドワーム。荒野のワーム、そのままな名前だ。
見た目は、元の世界でよく見ていたB級映画とかに出てくるような、砂漠に出現するサンドワームそのものっぽい。
地面の色に似せた茶系の色をした長い管のような身体、その身体のところどころから生えている動くための小さな足か棘か分からない突起、身体の先端にある筒状の口、その筒状の口内にびっしりと生えている歯。
どこからどう見ても、女子ウケの悪い奇妙な虫だ。
「ヘヴィスラッシュ!」
「SYAAAAA!」
俺は右手を分厚い大剣のようなものへと変化させて、向かってくるワイルドワームに目掛けて力いっぱい振り下ろす。
俺の【超変身】は既存の生物になる方が好都合なのか、俺が完全に空想した何かだったり、金属の刃物のようなものだったりするとちょっと変身の精度が落ちるようだ。
もちろん、今みたいに金属の刃物みたいなものも出せるが、切れ味はそれほど良くない。ちょっとヒトや魔人族の持つ武器を研究しておこうと思った。
さて、縦に真っ二つに分かれたワイルドワームは、声にならない声を出しながら、ビタビタと俺の前で踊っているかのようにのたうち回っている。
気持ち悪い。
本当に気持ち悪い。
直視したくない。
遠い目をしたくなる。
あー、遠くの空は青く澄んでいて綺麗だなあ。
ふと現実に戻ってワイルドワームを見てみるとゴカイやイソメにも見えるから、釣りの餌にしたらドでかい魚でも釣れるかな、みたいなことを俺は考えている。
そうでもしないと、本当に気持ち悪くて、あんまり相手にしたくなくて、正直帰りたくなるからだ。
まあ、数十匹と倒してきたから、だんだんとその見た目にも慣れて……うん、やっぱ無理、気持ち悪いわ。なんか、この気持ち悪さを文章にするだけで、読書感想文で喩えるなら2000字ほど書ける自信がある。書かないけど。
たまに降ってくる体液がより気持ち悪さを増してくれる。
なんで血が緑なの。エイリアンか? 昆虫はエイリアン説のそれか? まあ、鉄以外の成分で酸素を運んでいるのだろうけど。緑って銅だっけか?
ん? そもそも酸素だよな? 何の気なしに前の世界の知識で考えているけど。
現実逃避したくて変なことまで考えが及んでいるあたり、若干滅入っている気がする。
あー、マイに癒されたい。イチャイチャしたい。マイの甘ったるくなる声が聞きたい。
マイはなんだかんだで俺を一番に考えてくれているみたいで気に掛けてくれている。
まあ、マイと一緒にいる時点で、今度は出かけるまでほとんどの時間を搾り取られることになるのだが……。
帰った直後の風呂とご飯だけは最初にすると譲らなかった。
ワイルドワームの体液を浴びた身体で、ベッドに直行したくない! ご飯を食べる気にもならない! 絶対だ!
「あー、まだまだいるっぽいな……気配がする」
動かなくなったワイルドワームは一旦放置した。
俺は探知能力の高い生物の機能を駆使して、地面の中にいるワイルドワームの動きを捉える。
ところで、そんな凶悪な昆虫が森や草原などの資源豊富な場所に行くことはないのか、とふと思ったが、荒野に住むような昆虫族は魔力への耐性が低いらしく、空気中に含まれる魔力が多い環境では動きが鈍くなり、場合によっては動けなくなるようだ。
つまり、荒野に住む昆虫にとって豊富な魔力は毒に等しい。
この世界において、植物は魔力の循環や供給に影響している要素の1つらしく、魔力循環システムの機能に組み込まれているようだ。そうなると魔力というものは水に近い感じで運用されているのではないかと考えたくなる。
話を戻すと、荒野は空気中の魔力が少なく、一方で森林や草原は魔力が豊富な場所ということだから、荒野の昆虫たちが本能的に別のエリアに近づけないようだ。
ここが今回行っている開拓の成功の要でもある。荒野開拓で緑地化をすることで、危険な荒野の昆虫たちが草食獣人たちの住処に来ないことにも繋がるからだ。
「GISHUUUUU!」
出た。ワイルドワーム。
さっきのと同じくらいだ。
さて、獣人たちに開拓宣言した翌日から今日で5日ほど経過していて、俺は荒野の開拓を粛々とこなしていた。といっても、まだ昆虫族の駆除がメインで緑地化の材料を獣人たちに用意してもらっている段階だ。
あのときにいたのは戦闘系の獣人たちで、簡単に言えば、彼らの軍隊、軍人の集まりである。開拓となった場合、軍人だけでなく、物資補給のための商人や運び屋、また野営地を作るための人たちも荒野の近くに来る。
俺はまず手分けして、緑地化に必要なものをかき集めることにした。
「メガトンハンマーフォール!」
俺は右腕をハンマー状に変形させる。といっても、金属のハンマーではなく、実はこの世界で見た大型のリクガメ、ジャイアントトータスの甲羅を組み合わせてハンマー状にしたものだ。
リクガメ特有のゴツゴツとした甲羅がどことなく強そうなハンマーに見えたから俺は【超変身】でメガトンハンマーと名付けた。
そのメガトンハンマーを思いきり、ワイルドワームに振り下ろす。
まあ、俺の武器捌きは全然未熟なので、振り下ろし、振り上げ、横薙ぎくらいのバリエーションしかない。
それでも、かっこいいと自分では思っている。
何にでもなれて、あらゆる武器を駆使するキャラに、俺は憧れていた。
今、俺はそうなっている。マイに巻き込まれた形で異世界転生したが、俺にとってこの上なく嬉しいことだった。
好きな女の子ともまた一緒にいられるしな。その好きな女の子にすごく好かれているし、まあ、大人な楽しみもできているし、異世界転生が楽しすぎるな。
「GIAAAAAA!」
俺がワイルドワームの頭部を叩き潰したタイミングで、ふとマイから呼びかけられているような気がした。
噂をすれば影が差す、というわけじゃないだろうが、俺は魔法で小さなスクリーンを出してマイとの通信を始める。
「ん? マイか? どうした?」
「もしもし、カイセイ? あれ、カイセイって技なんて持ってるの?」
マイにバッチリ見られていた。
そりゃそうだよな。
俺と片時も離れたくないと言ってのけたマイが、女神の力でこの世界のどこでも見ることのできる力【神視する玉座】を発動して、常時俺のことを見ているなんて容易に想像がついた。
好きな女の子に好かれているのはいいんだが、なんか四六時中見られているのは若干居心地が悪い気もする。
というか、職権乱用じゃないか、それ。
俺のプライバシーも保護してほしいな。いつか言わないと。
「いや……ノリで……」
とりあえず、俺はマイの質問に答えた。
ちょっと、いや、だいぶ恥ずかしい。
今の俺って、客観的に見ると、チャンバラごっこで好きなキャラの技名を叫ぶ小学生みたいなもんじゃないか?
「……カッコイイね!」
「無理にフォローしなくていいんだぞ?」
マイがちょっとの間を作るから、俺は恥ずかしさが増してしまった。
きっとガキっぽいとか思っているんだろうなあ。
「じゃあ、率直に……技名を一生懸命考えてて、カイセイってカワイイところあるね!」
うん、完全に小学生を見る目になっているよな、それ。
はしゃぎすぎたな、俺。
「それはそれで嫌かな」
「じゃあ、どうすればいいの!?」
ほ、っ、と、い、て!
そ、っ、と、し、て、お、い、て!
という言葉が強めの語気で口から出そうになったので、冷静に優しく悲しげに伝えるように気持ちを切り替えた。
「あー、できれば、そっとしておいてほしいかな……見なかったフリしてそっとするのが一番だから……」
「ええっ!? ごめんね! そんなに嫌だったの!? あの……ごめんね!?」
「大丈夫。ほかの話をしようか」
マイがあの手この手というか、どんな小さなことでも話題にして、どうにか俺と話をしたいのだろうけど、ちょっとこの話題は俺にとって早めに切り上げたい内容だな。
「カイ様―っ! カイ様―っ! カイ様がご所望の品はここに置いておけばいいですかー!?」
そう思っていると、ちょうど遠くから声が聞こえてきた。




