7. 荒野開拓宣言と女神代理の涙(前編)
俺は再三、自分が女神の使いであることを名乗り、その後に魔法でスクリーンを出してマイの姿を投影する。このとき、ここにいる全員に見せるため、複数かつより大画面のスクリーンも同時に出現させた。
それがすごかったのか、全員がそれぞれの近くにあるスクリーンへと引き寄せられて座り始める。
「私は女神。この世界に住むさまざまな種族の繁栄を願い顕現せし神なり!」
何度も同じセリフを言っていたからか、マイのセリフ回しは自然になってきていて、なんなら威厳さえも出ているような感じだ。
正直、後光セットなんて用意しなくてもよかったと思う。ちなみに、スモークまで焚こうとしていたからそれだけは必死に止めた。
スクリーンに神々しいマイを投影したからか、代表であるライオンっぽい肉食獣人とゾウっぽい草食獣人はもちろん、全員がいきなり平伏し始めた。
「ははーっ!」
「ははーっ!」
俺とマイは来てから日が浅いものの、女神という存在そのものは悠久の昔から刷り込まれているのだろうか。そうなると、いろいろとこの世界のことも知らないといけない気がしてくる。
「うんうん……んふふ……」
マイもこちらの様子を見て、すごく嬉しそうに満面の笑みでうんうんと頷いている。
まあ、たしかに10万を超える人たちが自分を見て恭しい態度を取っていたら、俺なんか力もないのに偉そうにふんぞり返ってしまうかもしれない。
俺は謙虚に生きなければいけないな。
「では、女神さま! 早速、裁定をしてほしい!」
「では、女神さま! 今ここで、裁定をしていただきたい!」
「さ、裁定!?」
ここで予想外のことが起きた。
この場でこの争いの仕切りをマイが任せられたのだ。もちろん、マイは突然のことに目を白黒させて、ちらちらと俺の方を見ている。
それでもおどおどしていないだけ、がんばっていて偉い。晩御飯をさらにもうちょっと豪華にしてあげようと思うし、簡単なお願い事なら聞いてあげようかな。
……搾り取る以外で。
「たとえ、女神さまであっても、今見たばかりのそなたらの状況が分からぬ。故に詳細に説明してもらいたい」
俺は助け舟とばかりに獣人たちからの説明を要求する。助け舟も何も争いを勝手に止めたのは俺なのだが、マイであっても俺と同じ目的を持っているからきっと同じことをしただろう。
ここはお互いに助け合う方がいい。
最初にゾウの獣人の方がその長い鼻を掲げるように上げて、発言の許可を請う動作をした。俺がそのまま促すと、ゾウの獣人は一礼した後に口を開く。
「はい! 我ら同じ獣人族という括りではあるものの、肉食獣人と草食獣人は食するものも異なれば文化も異なりまして、結果、先祖代々争い合う運命にあります」
「我らは動物族とも異なっており、獣人族という括りですが、肉食と草食は似ているようで異なります」
うん、ライオンの方は許可してないし、補足だとしてもあんまり情報が増えてないんだけど、まあ、目くじら立てても仕方ないか。
それよりも俺は気になることがある。
「争い合う? たしか、肉食獣人はヒトの言語を発さない動物たちを主食としていたはずで、草食獣人やほかの種族を襲わないようにしていたはずでは?」
魔弾のリシアやマイから聞いていた話だと、ヒト、魔人、獣人、鳥人、魚人のいわゆるヒト型種族は互いに食べることを禁忌にしていたはずだった。
その俺の問いにゾウの獣人が答え始める。
「はい。仰るとおり、獣人どうしは捕食関係にないため、そのような心配はありません。故に問題は別のところにあります」
「別のところ?」
「領土の問題です」
ライオンの獣人がそう答えた。
領土の問題。なるほど。敵対勢力として直接いがみ合っているのではなく、場所がないから結果的に奪い合いの争いを起こしているのか。
「我ら草食獣人は食料となる草木、植物を大量に確保するため、肥沃で広大な土地が必要なのです!」
「しかし、獣人が住める土地には限りがあります! 草食獣人のために土地を明け渡すことになれば、肉食獣人の居場所がなくなります!」
実際、俺の知る限り、肉食獣人が草食動物を狩るために草食獣人の領土へ一時的な侵入を許されているものの、彼らの領土は草食獣人の領土に比べればだいぶ狭く、たしかにこれ以上は肉食獣人の人口からしても居住地域としてかなり狭いのではないかと思う。
「我らや草食動物には広大な土地が必要なのだぞ! 草食動物も増えなければ、肉食獣人は生きていけないのだぞ!」
「食糧だけで言えばそうなるが、生きるための住む環境も決して譲れるものではない! 肉食獣人とて、安全な住環境もなければならない!」
この言い分だと……あれ? もしかして、攻撃を仕掛けているのは草食獣人ってことか。肉食と草食というイメージで肉食獣人の方が何か仕掛けたと思い込んでいたが、先入観が誤認誘導させている典型だったな。
今後はもっと気を付けないと。
こうなると、肉食獣人の肩を持ちたくもなるが、たしかに草食獣人の食糧問題まで絡むと彼らも彼らで広大な土地が必要になることは聞いているだけでも想像に難くないな。
そもそも人口も10倍以上で、肉食獣人の総人口が15万人くらいに対して、草食獣人の総人口が200万人弱だった気がする。
正直、「種族の繫栄」の観点で考えると、草食獣人は基準値を満たしているため、これ以上増やしても達成度合いは変わらない。その一方で、肉食獣人は今の1.5倍近くの20万人を超える必要がある。
「うーむ……連鎖するものだから、あれを増やすにはそれも増やすしかないか」
目の前で、肉食獣人だけ増やすなんて言葉を言えないので、あれ、これ、で表現するしかなかった。
ところで、草食獣人が必要とする食糧を考えて土地を計算すると、もしかして一番コストパフォーマンス……いや、エリアパフォーマンスが悪い? エリアパフォーマンスという言葉があるかは知らないけど。
……一気に裁定が面倒な話になってきたな。
「えーっと、一緒の土地に普通に住めばいいんじゃないかな? サバンナみたいに?」
マイも答えは持っていないようだ。
こうなると、単純に土地を広げるという解しか俺には思い浮かばないな。
しかし、サバンナって言葉を使ったか。
「マ……女神さま、サバンナはこっちの世界じゃ分からないかもしれません」
「あ、そうか……」
大枠の言語自体は似ているのか、はたまた、言語が予めインプットされているのか、前の世界と似たような感じでリシアたちとも話ができるが、ときどき単語の意味が分からないこともあった。
「さすがに草食獣人と常に一緒では、食欲に勝てません!」
「さすがに肉食獣人と常に一緒では、オチオチ寝ていられません!」
おい、そこは食欲に負けるなよ、肉食獣人!
話がややこしくなるだけだろ!
草食獣人も分かりきっているようで、はっきりと「一緒では安心して眠れない」って言いきっている。
さて、そうなると、やはり、土地を広げるしかない、のか……? 生物や歴史、地面や環境の専門家じゃないから、最善解が分からないし、そもそも、元の世界でその専門だったとしても、この世界で適用できるか分からないしなあ。
とりあえず、やってみるしかないんだろうな。
「分かりました……では、その奥に広がる荒野を開拓しなさい! 開拓すれば、この女神が獣人の土地だと認めましょう!」
このとき、俺とマイの答えが一致した。




