【2】最初の依頼[1]
翌朝、六時より少し早く冒険者ギルドに向かった。朝日を受ける街は清々しく、冒険者の門出としてはとても良い日に思う。これからの旅路が明るく照らされているようだ。
冒険者ギルドに入ったエレンとジークベルトに、昨日に受付をしてくれた女性が歩み寄って来た。
「おはようございます。迎えの方がいらしていますよ」
そう言って女性が手のひらで差したのは、背の高い茶髪の青年と、青年の肩くらいの身長の金髪の青年だった。エレンが想像していたよりずっと若い商人だった。
エレンとジークベルトが歩み寄ると、茶髪の青年が少しだけ顔を引きつらせる。おそらく仮面が気になるのだろう。
「おはようございます」エレンは努めて優しく言う。「依頼を受けて護衛させていただくことになりました。私はエレンと申します。彼はジークベルトです」
「あ、はい……」と、茶髪の青年。「僕は商隊の隊長のウーヴェです。こっちは副隊長のハンネスです」
ハンネスと呼ばれた青年は、少し目のつり上がった神経質そうな顔で軽く会釈をする。彼とは対照的に、ウーヴェは気の弱そうな雰囲気を感じた。
ウーヴェとハンネスに連れられて、冒険者ギルドの裏手に回る。そこに用意された大きめの幌馬車に、三人の青年たちが荷物を積み込んでいるところだった。
「みんな。こちら、今日から護衛についていただくエレンさんとジークベルトさん。隣町までご一緒します」
ウーヴェが三人の紹介をする。鮮やかな金髪の青年フォルカーはムードメーカーのような存在に思えた。明るい笑顔が眩しい。セミロングの茶髪の青年はベイエル。眼鏡が知的な雰囲気を醸し出している。三人目の青年は魔法使いのような服装をしたローイ。五人とも、若くても十代後半か、もしくは二十代前半くらいだろうか。
「荷物があれば積んでください」と、ウーヴェ。「五人で荷台に乗ることになるので、少し狭いかもしれませんが……」
「大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます」
さすが商隊といったところだろうか。荷物が多い。何が入っているのかはわからないが、まだ時間がかかりそうだ。
その様子を眺めながら、エレンはジークベルトに言った。
「私も冒険者になれるでしょうか」
「冒険者を名乗るには、冒険者ギルドに登録する必要がある。ギルドに登録するには、本名をフルネームで申告する義務がある。お前には無理だろうな」
「そうですか……。残念です」
荷積みが終わると、ウーヴェとハンネスが御者台に座る。三人とエレン、ジークベルトは荷台に乗り込んだ。荷台には多くの荷物があるが、五人で座っても少し余裕があった。
関所でウーヴェとハンネスが身分証を出し、通行の許可を得る。街を出る瞬間、エレンは少しだけ緊張した。犯罪者を見抜く魔法に引っ掛からないかと思っていたが、そもそもエレン自身に罪はない。掛からなくて当然だ。
「おふたりは目的の場所があるんですよね」
フォルカーが言った。商隊の護衛につく者は、目的の場所に着くまでのあいだ請け負うことがあるのだ。
「そうですね。王都を目指しています」
「じゃあ、それまで固定で護衛をしてくれませんか?」
フォルカーの青色の瞳が輝いた。
「俺たちも最終的な目的地は王都なんです。つい先日、固定で護衛をしてくれていた人たちと別れたばっかりで」
「目的の場所があるなら」ハンネスが言う。「商隊を転々としたほうが早いですよ。僕たちは各町で出店しますから」
エレンは首を傾げ、ジークベルトを見遣った。
「行商は各町に滞在して出店する。その分の日数、足を止めることになるんだ。それを考えると、各町で新しい護衛任務を受けて商隊を転々とするほうが早いってことだ」
「なるほど……。急がなければならないでしょうか」
「のんびりはできないだろうが、まあ、お前の好きにしろ」
エレンはジークベルトに微笑みかけて、仮面をしているから表情は見えないのだった、とようやく気付いた。
「わかりました」エレンはフォルカーに言う。「王都まで護衛としてご一緒いたします。よろしくお願いします」
「ありがとうございます! いやー、各町で新しい護衛を雇うより、固定のほうが気が楽なんです」
「ですが」エレンは言った。「私たちは今日が初対面です。信用できるかどうかわからないのに、固定にすると決めてしまってもよろしいのですか?」
「ふふ、そこは商人の目がありますから。信用できる人かどうかは、一目でも見れば大抵わかっちゃうんですよ」
「へえ、それはすごい。私たちはお眼鏡に適ったということなのですね。ありがたいことです」
「こちらこそですよ。信用できる護衛を雇うことができて、俺たちは運が良かったです。そうそう巡り合わないですよ」
「やはり信用できない護衛もいるのですか?」
「酷いときは荷物を盗んで逃げたりしますよ。そうやって失敗しているうちに目が養われたっていうのもありますね」
「なるほど」
商隊は恰好の標的になりやすいのかもしれない、とエレンは思った。貴重な商品も多くあるだろう。だが窃盗という罪を犯せば関所の魔法に掛かって町を出ることができなくなる。商隊の申告で逮捕されることもあるだろう。商隊から荷物を奪うことは、エレンには愚かな行為のように感じられた。だが、彼の知らない何かがあるのかもしれない。
心地の良い揺れを感じつつ、馬車は一路、草原を進む。御者台のほうを覗き込むと、外の景色が見えた。街から出るのは何年ぶりかわからない。前髪を揺らす風は温かく穏やかで、先ほどまでの緊張を解きほぐしてくれるようだった。
「この商隊ではどんなものを取り扱っているのですか?」
エレンの問いかけに、御者台のウーヴェが応える。
「主に魔道具ですね。出店に寄った町で素材を採りに行って、それを使って新しい魔道具を作ることもあります」
「私たちがお手伝いすることはありますか?」
「必要な素材を集めに行っていただけると助かります。それがないときは自由に過ごしていただいて構いません」
「承知いたしました」
エレンは護衛任務についてまだ深く理解をしているとは言えない。どんなときに護衛が必要になるのだろうか。積み荷を狙う野盗がいるのかもしれない。屋敷にこもっていたエレンにとってそういった事件は無縁のものだったが、商隊にとっては一番の危険なのだろう。
店の手伝いは必要ない、とウーヴェは話す。町には警備隊もあるし、余程でなければ護衛は不要らしい。護衛の必要なところで出店はしない、とフォルカーが笑った。
* * *
日が暮れてくると、ウーヴェは馬車を停めた。
「今日はここで野営します。見張りは必要ですが、野盗の目撃が少ない場所で、他のところよりは安全だと思います」
「そういったことも熟知しているのですね」
「野営することが多いですので、頭の中には入ってます」
「素晴らしいです」
エレンの賞賛に、ウーヴェは遠慮がちに笑った。
五人は手慣れた様子で野営の準備を始める。
「野営は初めてです」エレンは言った。「楽しそうですね」
「お前には無縁だっただろうからな」
てきばきと準備が進められていく。町から町へ渡り歩く行商にとって、野営は当然のことなのだろう。
「手際がいいですね」
「ありがとうございます」と、ウーヴェ。「冒険者より行商のほうが野営に慣れてるってよく言われるんです」
「私もいつか野営でお役に立てるでしょうか」
「向いていないと思いますよ」
ハンネスが冷ややかに言うので、エレンは思わず笑った。
料理はハンネスの役目だった。しかしエレンは同席することができず、本をもう少し読みたいからと誘いを謝辞した。ジークベルトはそんなエレンをひとりにすることはできず、五人が寝静まるまで時間を潰して過ごした。
寝息が聞こえるようになってから、ふたりは食事を始めた。ハンネスの腕は大したものだった。商人にしておくにはもったいないとエレンは思ったほどだ。
「見張りは俺がやる」
食事を終えると、ジークベルトが言った。
「私もできますよ。交替でやりましょう」
「お貴族様にできることじゃねえだろ。お前の見張りじゃこいつらも安心できないんじゃねえのか。いいからお前も寝ろ。俺は明日、馬車の中で寝るからいい」
「……わかりました。慣れてきたら私もやりますからね」
「わかった、わかった」
静かに夜は更ける。ウーヴェたちは慣れているためすぐに眠りに就いたようだったが、エレンはなんとなく寝付けずにいた。しかし、虫の声が心地良い。仮面越しではあるが空を見上げると満点の星が瞬いている。見惚れる景色だ。この世界は美しいのだと、それを知ることができただけでも、屋敷を出た甲斐があるというものだろう。




