【7】宇宙の日[5]
町に夜の帳が下りた午後九時。星空には雲ひとつなく、小さな光が満天に瞬いている。風は暖かく、虫の音が心地良い。気持ちの良い夜だった。
「エレンさん、ジークベルトさん」
軽く手を振るウーヴェのもとへ行くと、他の四人もそれぞれかごを手にいしている。準備は万端のようだ。
「採取するのは星の種でしたか」
「はい。拾うだけなので簡単ですよ」
ウーヴェは、流れ星が落ちてそれが素材として使えると言っていた。流れ星が落ちてきたら地面が抉れてしまいそうだが、とエレンは考える。エレンが思い浮かべている流れ星と宇宙の日に落ちてくる流れ星は違うのかもしれない。
ややあって、ウーヴェが空を指差した。夜空を緩やかに流れた一閃の星が、地面に落ちてパッと弾ける。星は次々と地上に降り注いだ。ウーヴェは星の落ちた場所にエレンを手招きする。草むらの中を覗き込むと、虹色に輝く小さな石が転がっていた。宝石のようにも見える。
「これが星の種です」
「綺麗ですね。そのままでも商品にできそうですが」
「中にはそういう愛好家もいますね。一個一個で形が違うので、標本にしてコレクションするそうです」
月に透かして見ると、多彩な色が複雑に反射する。大きさはこぶし大の物から小粒の物まで様々だ。
「これを加工して魔道具にするのですか?」
「はい。星の種はマナの含有量が多いんです。少し硬いので加工しづらいのが難点ですが……。でも、星の種を原材料にした魔道具は、保有する魔力量が少なくても使うことができるので重宝するんです」
他の四人も黙々と星の種を採取している。空は流星群が見られ、あちらこちらで着地の光が瞬いていた。
「宇宙の日は珍しい事象なのですか?」
「珍しいというほどではありませんが、頻繁なことではありませんね。毎回、同じ場所で起きるとは限りませんし」
ウーヴェも採取を始めると、エレンとジークベルトは少し離れた場所でその様子を眺めた。五人が採取に集中しているのを見計らい、エレンはジークベルトに目配せをする。それから、少しずつ五人から距離を取って行った。
「今回は少し多めに採って行きましょうか」
ハンネスが四人に声を掛ける。頷いた四人は、エレンとジークベルトの動きに気付く様子はない。じりじりと五人から離れ、林に入ったところで足を速める。ジークベルトが周囲を警戒するのを感じながら、辺りに視線を巡らせた。
いままで接触して来なかったものがこれほど単純な誘いに乗るかは甚だ疑問だが、エレンには確信のようなものがあった。勘と言うのが正しいかもしれない。
そのとき、風が空を斬った。激しくぶつかり合う金属音が耳を突き差し、それによる衝撃が空気を震わせる。ジークベルトの長剣に叩き込まれた鋭い刃が火花を散らした。
ジークベルトが腕に力を込めると、影が身を翻して彼らから距離を取る。その人物は、嘲るように笑った。
「あからさますぎんだろ。でも面白いから乗ってやるよ」
月明かりのもとに姿を現したのは、鮮やかな金髪の青年だった。自信の湛えられた夜色の瞳は、興奮しているのか輝いている。まだ微かに幼さの残る顔立ちで、しかし鋭い眼光は熟練の雰囲気を感じさせた。
「ずっとついて来ていたのですか?」
「こんな面白いやつ、放っておけないだろ」
「物好きですね。彼に敵うと思いましたか?」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
そう言うや否や、青年が地を蹴る。一瞬でエレンに詰め寄る切っ先は、ジークベルトの剣戟で方向を変えた。ジークベルトの三日月蹴りを跳躍で躱すと、着地と同時に再びエレンに向かって来る。その一撃がエレンに届くことはなく、悉くジークベルトに阻まれた。しかし彼の表情には、飽くまで楽しんでいるような不敵な笑みが湛えられている。
「公爵邸の情報を流したのはあなたですか?」
エレンが問いかけると、青年は肩をすくめた。
「流されたら何か不都合でも?」
「いえ、私には特に」
青年がムッと顔をしかめる。この状況を楽しんでいるとしたら、エレンの返答はつまらないものだろう。
それでも彼は攻撃の手を緩めない。だが、疎いエレンにもわかることがあった。ジークベルトと青年の戦力の差だ。青年は素早い動きを繰り返しているが、ジークベルトはエレンの前からほとんど動いていない。その攻撃は一遍通りで、ジークベルトの長剣の範囲内に繰り出されている。しかし青年はそれすらも楽しんでいるように見えた。
「公爵家の情報はどこから得たのですか?」
「言ったら可哀想だろ」
「……いたのですね、公爵邸に」
使用人は信用しているつもりだった。だがエレンの情報が高く売れるとしたら、その信頼を裏切ることに躊躇いはなかっただろう。公爵家の使用人を辞めた者はなおさらだ。毒を盛ったことも含め、エレンが甘かったということだ。
「それで、私をどうしますか?」
「王宮に突き出しても面白いかもな」
にやりと笑う青年に、エレンは肩をすくめる。
「どうぞ、お好きに。王宮の手の者が捕らえに来てくれれば、こちらから王都に向かう手間が省けます」
「は?」
「王が私に興味を持てば、の話ですがね」
彼がそれを信じているかどうかはともかく、エレンが前公爵の罪を引き継いでいると考える者がいることを知っているのだろう。エレンが目の前で捕らえられれば見ものだ。状況を楽しんでいる彼にとって、これ以上に面白いものはないだろう。だが、エレンはそれに応えるつもりはない。
そんなことより良いことを思い付いたエレンは手を叩く。
「あなた、私に雇われてみませんか?」
その言葉に、青年だけてなくジークベルトも訝しげにエレンを見遣った。この反応は想定内だ。
「私の同行人を守るために人手が必要です」
「俺を信用するってことか?」
「隠れてあとをついて来るより、同行したほうが面白くありませんか? 目の前で私が連行されたり命の危機に晒されたりする可能性がありますから。退屈はしないでしょう」
エレンには、青年が興味を惹かれていることがわかった。彼らが危機に晒されることを期待しつつ自分以外に倒されることが不服なら、同行するほうが楽しむことができるだろう。いずれエレンたちを討つつもりなら、近くにいればその機会を窺いやすい。彼にとっても利があるはずだ。
「ふうん……。で、俺に何を望んでるって?」
「私が五人の商人に同行しているのはご存知ですよね。私の心臓には、私の死をトリガーにした魔法が掛けられています。私が死ぬとき、彼らがその魔法に巻き込まれないようにしてほしいのです。あなたならできるでしょう?」
挑発するように言うエレンに、青年は不敵に笑う。
「面白そうじゃん。言っとくけど、あんたの命を守るつもりはないぜ。あんたを裏切ることもあるかもしれねえぞ?」
「お好きになさってください。あなたを縛るつもりはありません。約束だけ守っていただけるなら報酬を用意します」
「いいぜ。乗ってやるよ。退屈させんなよ?」
「ご期待に沿えるよう尽力します。あなたのお名前は?」
「レイクだ。ああ。あんたたちのことなら知ってるぜ」
「そうですか」
エレンが窺うように見遣ると、ジークベルトは呆れを湛えた表情で肩をすくめる。こうなってはエレンに何を言っても無駄だと悟ったのだろう。エレンをよくわかっている。
「んじゃまあ、そういうことで」
そう言って青年――レイクは一瞬にして姿を消した。
ジークベルトは重く溜め息を落とす。
「寝首を掻かれても知らねえぞ」
「そんなことがあれば、あなたが対処できるでしょう?」
飽くまで朗らかに言うエレンに、ジークベルトはまた呆れたような表情になって彼の頭を小突いた。
ふたりが林を抜けて行くと、ウーヴェが駆け寄って来た。
「エレンさん、ジークベルトさん! ご無事でよかったです! 気付いたらいなくなっていたので……!」
「すみません。つい夢中になってしまいました」
思ったより時間がかかってしまった。遅かれ早かれ居ないことに気付かれると思っていたが、どうやら心配をかけてしまったらしい。エレンはのほほんと謝罪した。
「こんな離れたところまで飛んで来るんですね」
「そのようですね」
「もう充分に採れました。町へ帰りましょう」
「はい」
レイクの相手のためにウーヴェたちから離れてしまったことは、護衛として失格かもしれない。だが、遠くのほうに他の採取者の姿がちらほらと見受けられるが干渉してこないところを見ると、星の種は充分に降ってくるため、取り合いなどにはならないのだろう。
町への帰路へつくウーヴェたちについて行くと、列から離れたハンネスがエレンのとなりに並んだ。
「それで、成果は?」
「上々です。ご協力ありがとうございました」
ハンネスは目を細め、肩をすくめる。どんな結果になってもこういう顔をしたのではないかとエレンは思った。




