【7】宇宙の日[3]
「はい、確かに。お疲れ様でした!」
ブラッドベアの牙を確認し、アメリーは明るく笑う。エレンは報酬を受け取ると、声を潜めて言った。
「アスタリアの森で襲撃を受けたのですが……」
「えっ! お怪我はありませんでしたか?」
「ええ、大丈夫です」
「よかったです。特徴は覚えてらっしゃいますか?」
「剣と斧を持った五人組でした」
アメリーは可愛らしい顔を崩して険しい表情になる。
「五人組ですね。わかりました。自警団を手配します」
「僕たちが捕まえればよかったですね。すみません」
「いえ! ふたりで五人を捕らえるのは容易なことではないでしょうし、おふたりの安全が第一です!」
ふたりではなかったのだが、とエレンは心の中で小さく笑った。しかし協力を仰ぐことはできなかっただろう。捕らえるための用意もなかった。何より、ジークベルトがそうしなかったのだから、判断は間違えていないのだろう。
「依頼の横取りはよくあることなんです。受付書ごと奪ってしまえば、手柄を得ることができますからね。ギルドにバレたら降格になる可能性もあるんですけど……。自警団に報告しておきます。情報ありがとうございます」
「お願いします。それと、ジークベルトがその五人組に決闘を挑まれたのですが、これもよくあることなのですか?」
「そうですね。決闘は必ずしも一対一ではありません。ふたりと五人なら勝ち目があると思ったんでしょうね」
アメリーは呆れたように肩をすくめた。
「ジークベルトなら何人でもひとりで片付けてしまいそうですが……。それに、僕はギルドに冒険者登録をしていません。それでも僕を倒した分も功績に入るのですか?」
「いいえ、ギルドに所属していない人を倒しても意味はありません。ですが、ギルドに登録しているかしていないかなんて相手にはわかりませんからね」
「ジークベルトがAランクであることを知っているということは、それだけ彼の名は知られているのですが?」
「うーん……。ジークベルトさんは傭兵ですし、知っている人は知っている、という程度ではないかと思います。目立つような活動もされていませんしね」
今回の相手がたまたま知っていたというだけか、とエレンは考える。ジークベルトは、エレンがいなければ冒険者として活動をする気はないと言っていた。エレンの護衛任務を受けたところを見る限り、主たる活動は傭兵だったのだろう。傭兵として生きていたのなら、冒険者ギルドで目立つこともない。今回のようなことはそうそうないだろう。
アメリーに明るく見送られ、エレンとジークベルトは冒険者ギルドをあとにする。エレンはすぐに問いかけた。
「ジークベルトは冒険者ではなく傭兵なのに、なぜ冒険者ギルドでAランクになったのですか?」
「ギルド経由で護衛任務を受けていたらランクが上がった」
「ああ、なるほど」
ジークベルトはなんでもないことのように言っているが、おそらくAランクは簡単になれるものではないだろう、とエレンは思った。それだけ彼の実力が高いのだ。
「ランクは何段階あるのですか?」
「EからSだ。Sになるのはそれなりに大変らしいな」
「そうなんですか。依頼にもランクがあるんでしたか」
「ああ。いままで受けた依頼は最高位でCだ」
ランクCというと、サラマンダーの討伐依頼だろうか。ランクとしては高くないように思うが、失敗してはならない、慎重に確実にこなすべきランクだろう。
「ランクによって受けられる依頼は変わるのですか?」
「そうだな。Eランクの冒険者が受けられる依頼のランクはDまでだ。ただ、ランクSの依頼はSランクの冒険者にしか受けられないらしい。危険度が高いとかでな」
「へえ……。あなたはSにならないのですか?」
「興味ねえ」
にべもないジークベルトの答えに、エレンは小さく笑った。冒険者ランクに本当に興味がないということが伝わってくる。おそらく、ならないだけでランクSになれるのだろう。ギルドに登録していないエレンとてそれは同じことだが、自由に依頼を選ぶことができるのはジークベルトのランクのおかげだ。無関係とは言えないだろう。
「それにしても……どこまでついて来ますかね」
エレンが声を潜めて言うと、ジークベルトは肩をすくめた。エレンにはまったくわからないが、いまもついて来ているのかもしれない。
「どこまでついて来るか、試してみませんか?」
「だから挑発するなって言ってんだろ」
「ただの興味本位ですよ」
「なお悪い」ジークベルトは息をつく。「依頼にまでついて来るんだ。どこに行ってもついて来るんじゃないか」
エレンは気配を探るのが得意ではない。ジークベルトがそう言うということは、常に警戒しているのかもしれない。そんな状況がいつまでも続いては、ジークベルトも疲れるだろう。そう思いながら、エレンは仮面の下で笑った。
「宇宙の日……。うってつけではありませんか?」
「楽しんでんじゃねえ」
「ふふ、すみません。まあ、我々に近付く輩に直接に手を下す必要がなくなったというのは利点ですね」
「前向きに考えるなら、そうとも言えるな」
ジークベルトは呆れた表情で言う。それから、妙な気を回すな、と声を低くするので、エレンは肩をすくめた。
「いまもついて来ているんですよね?」
「たぶんな」
「そうですか。そうだ、本屋に寄ってもいいですか?」
「……お前も肝が据わってんな」
「どういたしまして」
六年間ずっと命を狙われていたのだから、肝が据わらないほうがおかしい。ただ監視されているだけなら、撃退する手間もかからずに済む。手を出してくる暗殺者は対応しなければならないが、尾行されているだけであれば問題はない。ともすれば脅威ですらないだろう。
「ですが……そろそろ飽きる頃ではありませんか?」
「まあ、いつまでもただ見ているだけってことはないだろうな。いずれ……ということも有り得るだろ」
それがいつになるかは追跡者しか知らないが、アテマからついて来ているのだとしたらずいぶんと気が長いとエレンは思う。何が面白くて観察しているのだろうか。
「ちょっとだけ試してみませんか?」
「…………」ジークベルトは深い溜め息を落とす。「あいつらを巻き込まないようにできるんだろうな?」
「協力者が必要ですね」
その当てはある。おそらく協力してくれるだろうと思う。それをジークベルトに話すと、彼はまた呆れたように肩をすくめた。損な役割だな、と言いつつ不敵に笑う。
「一回きりだ。それで何もなかったら放っておけ」
「わかりました」
きっと好機は一度きり。相手がどういった反応をするかはわからないが、何かしらの行動は起こすだろう。そのときはどうする、と問うジークベルトに、どうしましょうかね、とエレンは笑った。まったくの考えなしというわけではないが、臨機応変に対応するしかないだろう。そう言うと、ジークベルトは呆れの色を深めてひたいに手をやる。
「お前はどこまでも能天気だな」
「あなたは気苦労が多そうですね」
「誰のせいだと思ってやがる」
「どうでしょう」




