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ファル公爵の旅路【更新停止/未完】  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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【7】宇宙の日[2]

 空いた食堂で手早く朝食を取り町へ出ると、動き始めた町は穏やかな時間が流れている。人も魔物も忙しなく、しかし朗らかに行き交う。人魔の共存関係は、他の町でも取り入れるべきかもしれない、とエレンは思った。

 ディータの店にはまだ客の姿はない。開店したばかりで、ウーヴェたちは商品の整理をしている。店内に入ったふたりに気付いて、おっ、とディータが笑みを深めた。

「おはようさん。よく眠れたかい?」

「おはようございます。ええ、お陰様で」

「エレンさん、ジークベルトさん、おはようございます」

 ウーヴェが振り向くと、他の四人も声を揃えて挨拶する。

「今日は何かご用はありますか?」

「そうですね……。今日は特にないと思います」

「わかりました」

「あ。明日のことなんですが、明日は『宇宙の日』で『星の種』が採れる日なんです。護衛をお願いできますか?」

「宇宙の日、ですか?」

「はい。流れ星が地上に落ちて、それが素材として使える物になるんです。とても綺麗な夜ですよ」

「それは楽しみですね。わかりました。お供しますね」

「ありがとうございます」ウーヴェは明るく笑う。「少し遅い時間になるので、今日はよくお休みになってください」

「わかりました」

 最初の客が入って来るので、エレンとジークベルトは店をあとにした。きっとこれから賑わってくることだろう。

「今日は何をしていましょうか」

 人出が増え始めた通りを歩きながら、エレンは言った。

「討伐系の依頼でも受けてえな」

「僕にもこなせる依頼はあるでしょうか」

「サラマンダーとあれだけ戦えりゃ充分だろ」

 旅に出てからいままで、主に受けてきたのは素材採取の依頼だ。魔獣討伐の依頼は、エレンがアテマで初めて受けた依頼とサラマンダーの討伐くらいだろうか。商隊の護衛をしていく上で、自分に合った戦い方を身に付ける必要がある。討伐依頼は多く経験したほうがいいだろう。


「おはようございます!」

 冒険者ギルドでは、アメリーが明るい笑みで冒険者たちを出迎えている。この挨拶だけでやる気が出る者もいるかもしれない。このギルドの看板娘といったところだろうか。

「エレンさん、ジークベルトさん、おはようございます!」

「おはようございます、アメリーさん」

「今日はどんな依頼を受けられるんですか?」

「魔獣討伐の依頼がないかと思ったのですが……」

「でしたら、ブラッドベアの討伐はいかがですか?」

「ブラッドベア、ですか」

「アスタリアの森での、間引き目的の討伐ですね。ブラッドベアは繁殖力は高くないのですが、成長速度が驚異的なんです。小まめに狩っておかないと危険な魔物ですね」

「なるほど……。ではその依頼を受けましょう」

「かしこまりました!」

 聞いたことも見たこともない魔物だが、ジークベルトが止めないところを見ると危険性の高い依頼ではないようだ。

 素早い手つきで受付を完了させると、いってらっしゃいませ、とアメリーは笑顔でふたりを見送る。その輝く表情と明るい声に周囲の男性が見惚れていることを、おそらくアメリー自身は気付いていないだろう。

 冒険者ギルドを出ると、エレンは依頼書を見て言った。

「ブラッドベアというのはどういった魔物ですか?」

「でかい熊だな。頭は良くないが、攻撃性が強い」

「へえ……。倒すのは大変ですか?」

「いいや。そう苦戦する相手じゃない」

「そうですか。討伐の証明は何を採ればいいですか?」

「牙だな。牙は死んでないと採れないから誤魔化せねえぞ。死んだと確認してから採れよ。手を噛み千切られるからな」

「わかりました」


 町を出て三十分ほど歩いた場所に「アスタリアの森」はある。青々とした木々が生い茂り、澄んだ空気が心地良く美しい森だ。木漏れ日が暖かく、風が爽やかに吹き抜ける。

「気持ちが良いですね」

「気を抜くなよ」

「はい。ここにも魔物がいるんですもんね」

 のほほんと言うエレンに、ジークベルトは肩をすくめた。

 ポケットラットやグリーンウォンバットが穏やかに歩いている。こちらに気付いても、近寄って来ることはない。

「人に慣れているのですね」

「ここへ来る人間は、こいつらを狩らないからな」

「天敵はいないのですか?」

「ここにはいないな。ブラッドベアはこいつらを食わない」

 狩られることのない小型の魔物は、本来の穏やかさを保っていられるのだろう。人里に来ることもなく、間引きのために討伐されることもない。立場の弱い小型の魔物にとっては、ここが安寧の地なのかもしれない。

「駆け出しの冒険者の経験値稼ぎはないのですか?」

「ここには大型の魔物もいるからな。経験値稼ぎに来るには少し危険だ。大抵、草原で済ませるだろうな」

「なるほど。場所によって安全度が変わるのですね」

 駆け出しの冒険者にとって、経験値稼ぎでの安全性を確保することも大事だろう。怪我をしては元も子もないのだ。

「いつどこで誰が見てるかわからない」ジークベルトが声を低くして言う。「魔術は使うな」

「ですが……」

「俺がブラッドベアに苦戦すると思うのか」

「ううん……ええ、わかりました」

 ブラッドベアは見たことがないが、おそらくジークベルトは難なく勝つことができるだろうとエレンは思う。ジークベルトの自信は、もしかしたら彼が負ける相手はいないのかもしれないと思わせるほどだ。

「ですが、僕はブラッドベアを見たことがありません」

「そのうち出て来るだろ」

 ジークベルトが言うや否や、大きな咆哮が聞こえてきた。木々のあいだから黒い塊が飛び出して来る。ジークベルトがエレンを抱え飛び退くと、獰猛な巨体が木を薙ぎ倒した。それは真っ赤な目の熊。ブラッドベアだ。

「お出ましだ」

 エレンを背にかばい、ジークベルトは剣を取り出す。ブラッドベアは彼より二回りほど大きいが、ジークベルトに気後れする様子はない。戦ったことが何度もあるのだろう。

 ブラッドベアが鋭い爪を振り下ろすと、ジークベルトは素早く背後に回り首元に切っ先を叩き込む。首から鮮血を噴き出したブラッドベアは、地鳴りを起こしながら倒れた。

「お見事」エレンは手を叩く。「一撃とはさすがです」

「図体がでかいだけで強くはねえからな」

 ジークベルトはブラッドベアの口を開け、小刀で牙を削り取る。獣の中では大きめの牙だろう。ほれ、とジークベルトが投げて寄越すので、エレンはそれを袋に入れた。

「何体くらい討伐すればいいのですか?」

「そうだな……。俺はいつも十体は倒す」

「そんなにですか。僕は手を出してはいけないんですよね」

「ああ。見てただろ。俺ひとりで充分だ」

「そのようですね」

「俺が倒していくから牙を採取しろ」

「承知しました」


 ジークベルトは、姿を現したブラッドベアを次々と倒していく。死んでいるか確認しろよ、と言うジークベルトの言葉に従い、エレンは慎重に牙を採取した。

「これで十体か」

 最後のブラッドベアを蹴り倒し、ジークベルトが言った。エレンは牙を採取しながら、ええ、と頷く。

「ちょうど十体です」

「こんなもんか。長居する必要はねえ。さっさと帰るぞ」

「はい」

 牙に袋を入れたエレンが立ち上がると、不意にジークベルトがその肩を引いた。咄嗟にその理由に気付いたエレンは、彼の背中に隠れ辺りを見回す。何か冷たく張り詰めた空気が肌を刺してくる。自分たちに迫っているものが敵意であることは、鈍感なエレンにもすぐにわかった。

「追手でしょうか」

「……いや、違うな」

 低い声でジークベルトが言う。草むらからおもむろに姿を現したのは、五人の屈強な男たちだった。剣や斧を手にし、重厚な鎧で身を固めている。しかしジークベルトは怯む様子もなく、面倒そうに息をつく。それから、エレンの手から牙の入った袋を取り、男たちの足元に放った。

「好きなだけ持って行け」

 なるほど、とエレンは心の中で呟く。男たちの目的は手柄の横取り。ブラッドベアを討つ手間を奪いに来たのだ。

 男たちは拍子抜けしたようだった。エレンとジークベルトと戦うつもりでいたのだろう。勝算があったようだ。

「まだ奥にいるはずだ。行くぞ」

「はい」

 きびすを返すエレンとジークベルトに呆然とする男たちだが、待て、とひとりが声を上げた。

「逃げるつもりか」

 エレンは首を傾げる。

「戦う理由はありませんよね。報酬には充分なはずです」

 男は一瞬だけ言葉に詰まるが、卑しい笑みを浮かべる。

「お前、Aランクだったな。ここで俺と決闘しろ」

 ジークベルトを指差して言う男に、彼はまた鬱陶しそうに溜め息を落とした。めんどくせえな、と小さく零す。

「決闘というのはなんですか?」

「そのままの意味だ。ランクが上の者に決闘を申し込んで勝てば自分のランクが上がるってことだ」

「へえ……。受けるのですか?」

「受けるわけねえだろ。めんどくせえ」

 肩をすくめ、ジークベルトは男たちに背を向ける。小さく笑って続こうとしたエレンだったが、声を荒らげる男に肩を掴まれて足を止めた。しかし次の瞬間、エレンの肩を引いたジークベルトの蹴りが男のこめかみに叩き込まれる。突き飛ばされた男は木にしたたか体を打ち付け、地面にぐったりと倒れ込んだ。仲間の男たちが顔を歪める。

「Aランクのくせに、売られた喧嘩も買わねえのか?」

「安い売り物ですね」

 男の顔がカッと赤く険しくなるので、まずい、とエレンは口元に手を当てた。咄嗟に口を突いて出た言葉だったが、選択を間違えたらしい。男の激高を買ってしまった。

 男たちがそれぞれの武器を手に構える。ジークベルトがエレンを背にかばったとき、ひとりの男のこめかみに何かが激突した。男が力なく地面に倒れると、他の四人は驚きで足を止める。横から飛んで来た石が男を打ち負かしたのだ。呆然とする四人が同じようにこめかみへの衝撃で地面に倒れ込む。全員、気を失ったようだ。

「監視者でしょうか」

「自分以外にやられるのが不服なのかもしれねえな」

 監視をするだけでなく、いずれ戦いを挑んで来るつもりなのかもしれない。それでは確かに、ここで野盗などに負けることは面白くないだろう。結果的に助けられたことにはなるが、倒されるためとなると複雑な気分だ。

「それより」ジークベルトが厳しい声で言う。「あまり相手を挑発するな。それで危険になるのは自分だぞ」

「すみません。挑発したつもりはなかったのですが……」

「無自覚ならなお悪い」

「申し訳ありません」

「反省しろ」

 笑ってんじゃねえぞ、とジークベルトがエレンの頭を小突く。すみません、と言いつつエレンは肩をすくめた。仮面の下で笑っていることにもすぐに気付かれてしまうのだから、ジークベルトは感覚が鋭い。

 息をついたジークベルトは、地面から袋を取る。襲撃者が撃退されたため、ブラッドベアを追加で狩る必要がなくなった。手間を省くことができたのは気が楽だ。

「帰るぞ」

「はい」



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