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ファル公爵の旅路【更新停止/未完】  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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【5】冒険者生活[5]

 三日後、商隊はアテマをあとにした。ウーヴェの露店は繁盛したようで、多くの商品が売れたようだった。しかしウーヴェとハンネスが次々と製作し補充をするため、馬車に積まれた荷物は、アテマへ来たときと変わらなかった。

「エレンさん、アテマはいかがでしたか?」

 御者台のウーヴェが問いかける。

「とても楽しかったです。面白いものが多くありました」

「よかったです。次の町もきっと楽しいですよ」

「それは楽しみです」

 エレンの仮面にもずいぶん慣れたようで、ウーヴェはのほほんとした笑みを彼に向ける。仮面のせいで表情が見えず、どういった感情なのか読み取ることが難しかったのだろう。それも、商人の勘があることで解決したらしい。

 この五人の中で、フォルカーが最も他人への信用を持ちやすいようだとエレンは思う。行商をしているうちに人を見る目が養われると言っていた。出会ったばかりの日に固定契約を持ち掛けたところを見ると、人間の善し悪しを見抜く力があるのだろう。商人とは案外、鋭いものなのだ。

 ハンネスにはいまだに信用されていないのかもしれない。警戒されているというわけではなく、エレンの抜けている部分が気に入らないのだろう。依頼を受けるときに注意するよう釘を差されたときには、少し過保護さのようなものが感じられた。しっかり者の性というものだろうか。


 馬車の荷台から、遠ざかる町を眺めアテマでの日々を思い返す。公爵領を離れ初めて訪れた町。この先、多くの町を経由し様々な経験をすることだろう。それでもきっと、アテマでの出会いを忘れることはないのだろうと思う。とても鮮やかな日々だった。再び戻って来ることができるなら、ここで出会った人々にまた会いたい。心からそう思った。


   *  *  *


 野営の夜。食事の準備をする五人の輪から離れ、エレンとジークベルトは各々で時間を潰した。エレンは町で買った本を読み、ジークベルトは剣の手入れをしている。魔物の襲来があれば即座に反応できるはずだ。前回の野営では危険なことはなかった。ウーヴェの選択は確かなのだろう。

 今回の野営地に選ばれた森は穏やかで、大型の魔物などの気配は感じられない。小型の魔物は出て来るかもしれないが、彼らは人間に近寄って来ない。特に害はないだろう。

「エレンさん、ジークベルトさん」フォルカーが呼ぶ。「夕食の支度ができましたよ。こっちにどうぞ」

「僕はあとでいただきます」エレンは言った。「もう少し読みたいんです。みなさんでお先にどうぞ」

「俺もあとでいい」

「そうですか?」

 仮面を外せないため、エレンは食事の席をともにすることができない。ジークベルトはそんなエレンをひとりにするわけにはいかない。彼らが五人と行動を始めた最初の夜と同じように、ふたりは誘いを謝辞することにした。

 それから特に護衛の出番はなく、夜は静かに更けていく。町の賑やかさも好きだが、悠々たる時間も悪くない。焚火の炎が揺れているのを眺めていると、ゆったりとした眠気に誘われる。このまま寝てしまうのも、気持ちの良いことかもしれない。見上げれば綺麗な星空を望めそうだ。

 本が最終局面まで差し掛かった頃、ウーヴェがエレンとジークベルトのもとへ来た。他の四人は寝支度をしている。

「僕たちはもう休みます。鍋を火にかけてますので……」

「ありがとうございます。気を回させてしまって」

「いえ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 ウーヴェが四人のもとへ戻って行くのを見届け、エレンはまた本に視線を落とした。彼らを疑うわけではないが、寝たふりをして仮面を外すところを見られては困る。しっかり眠ったところを確認しなければならない。

 ややあって、寝息が聞こえてくるようになる。エレンが本を閉じると、ジークベルトが顔を上げた。

「この近辺に他の人間の気配はありますか?」

「ないな」

 仮面をしていて不便なことは自分には特にないが、気を遣わせてしまうのは困ったことだ。特にウーヴェはいろいろと心を配らせすぎる性格のように思う。そんな素直な人に気を回させてしまうのは、申し訳ないことだった。

「素顔を見せたら、ウーヴェくんたちは私がファル公爵だということに気付くでしょうか」

 エレンはジークベルトにスープの皿を差し出しながら言った。どうだろうな、とジークベルトは肩をすくめる。

「屋敷にこもって顔を見せてなかったんなら、そもそも顔を知らないじゃねえのか」

「確かに。いつかウーヴェくんたちと素顔で話せたらいいのですが……。いつになるかわかりませんけどね」

 素顔で表情を見せたほうが話しやすいということもあるだろう。ウーヴェたちは商人の勘でエレンの感情を読み取っているようだが、そうでなければ何を考えているかわからず恐れる可能性もある。心情の読めない者が敬遠されるのは、人間社会ではよくあることだろう。

「仮面だろうが素顔だろうが変わらねえだろ」

「素顔で笑っているほうが話しやすくありませんか?」

「別に。お前の笑った顔は胡散臭いからな」

「おや、どういう意味ですか?」

「お貴族様の張り付けた笑顔って感じだ」

「そうですか……。意識したことはなかったのですが……」

「それが貴族ってもんだろうしな」

 貴族というものは、いかに本音を隠すかというところに心血を注ぐ。商人と同様に、腹の探り合いが基本である。黒い政略が渦巻いているのが貴族界だ。貴族は、どの家と縁故関係を結ぶかということを一番に考える。何が家にとって得となるか損となるか、貴族の頭にあることは(もっぱ)らそれだ。社交界で確固たる地位を持つ公爵家は、取り分けそういった面倒事に巻き込まれやすい。エレンの婚約者を決めるときも、何人の女性と見合いをさせられたかわからない。誰もが公爵家に取り入ろうとした。その地位を得ることができれば、社交界での立場は揺るぎないものとなるからだ。貴族にとって最も重要なのは、没落と縁遠い確たる血縁を作ることである。エレンはそのための道具としてしか見られていない。それが貴族というものだ。

「今頃」エレンは言った。「叔父貴は大変な苦労をしているのではないでしょうか。私が屋敷にいないことを知られないために奔走しているでしょう。申し訳ないことです」

「覚悟の上だったんじゃねえのか。お前を見送ったときの叔父貴は、晴れ晴れとした表情をしてただろ」

「そうですね……。私がこうして生きていられるのも、叔父貴のお陰ですからね。感謝してもしきれません」

「お前はいつも感謝してるな」

「あなたにも感謝していますよ」

 微笑むエレンに、ふん、とジークベルトは鼻で笑った。

「相変わらず胡散臭い顔だな」

「おや、本心ですよ」

「どうだかな」

 ジークベルトはそう言って肩をすくめる。どうにも信用がないようだ、とエレンは苦笑いを浮かべた。これでも他の貴族と比べれば表情豊かなほうだと思うのだが。

「商人と貴族の話し合いは(らち)が明かなさそうだな」

「互いに腹の探り合いをして、ということですか?」

「ああ。いつまでも本音を言わないんじゃねえか」

「ウーヴェくんに関してはそうは思いませんが」

「まあ、あいつは素直な性格みたいだしな」

「一番に考えがわからないのはハンネスくんですね」

「あいつはあいつでわかりやすいぞ」

「そうですか? いつもしかめっ面じゃないですか」

「特にお前に対してな」

 いつか仮面を外して話すことができたときに互いに本心でいられたらいいのだが、とエレンは思う。建前だけで話すのは寂しいことだ。彼らとはきっと長い付き合いになる。だからこそ何も偽らず向き合えるようになりたいと思った。

 町の宿とは違い、野営では寝るときも仮面を着けていなければならない。寝苦しいかもしれないが、致し方ないだろう。万が一にも素顔を見られるわけにはいかないのだ。

 仰向けに寝転がると、夜空には満点の星が輝いていた。野営でなければ、これほどゆったりした気分で星空を眺めることもなかっただろう。屋敷にいた頃は、天体観測をしようなどとは思ったこともない。こうして何もしない時間を過ごすというのも、悪くないことなのだと思った。



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