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ファル公爵の旅路【更新停止/未完】  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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【5】冒険者生活[3]

「あんなに怒られるとは……」

 エレンは肩を落としつつ仮面を外す。宿に戻ってからいままで、ハンネスの厳しい説教を受けていた。まるで尋問のようだった。どういう戦い方をしたのかと問われ、誤魔化しようがなかったので正直に話した。ハンネスの言うことも(もっと)もだと思うが、あんなに怒らなくてもいいのではないだろうか。小一時間は説教を受けたのではないかと思う。

「今回は不可抗力ですよね?」

「あいつらが素直なやつらでよかったな」

 ジークベルトがそう言って肩をすくめるので、エレンは首を傾げた。自分の問いの答えになっていない。

「魔力がまったくないのに、あれだけの魔術を使えるのは不自然だ。碍魔の仮面だと疑われてもおかしくない」

 魔術は魔力を必要としないが、魔力の土台があれば威力を増大することができる。碍魔の仮面を着けていても、魔力は土台として機能するらしい。勘の良い者なら、エレンが身に着けているのが碍魔の仮面だと気付くだろう。中には碍魔の仮面を身に着けていることを訝しがる者もいるかもしれない。そういった者の中には、碍魔の仮面を着けている理由を探ろうとする者もいるだろう。もしそうなれば、エレンの正体が知られてしまう可能性がある。ハンネスが危惧しているのは、そういうことなのだ。

「今回は仕方ないにしても、慎重にやれ」

「はい……」

 しょんぼりと小さくなるエレンに、ジークベルトは呆れをはらんだ表情で肩をすくめる。エレンは顔を上げた。

「難しいですよ。今回のようなことがあったとき、僕はどうすればいいのですか? 傍観するわけにはいかないですよ。仲間の危機に何もしないのは人でなしです」

 ジークベルトとハンネスの言うことは尤もだ。碍魔の仮面を着けている限り、目立たないに越したことはない。しかし、今回のように仲間が危険に晒されることは往々にしてある。そのとき、何もしないわけにはいかないだろう。

「なんのために俺がいると思ってんだ」

 自信を湛えた表情でジークベルトが言う。その端正な顔立ちによく似合う不敵な笑みだ。エレンは首を傾げる。

「あれくらい、俺ひとりで片付けられた」

「……余計なことをしてしまいましたね」

「そこまでは言わねえが、俺を甘く見るなよ」

 ジークベルトの言う通り、慎重に行動を選ばなければならなかった。ジークベルトひとりで十数体を倒すことは難なくできただろう。手出しをする必要はなかったのだ。

「だが、俺もお前の力を見くびっていたな」

「そうですか?」

「あれだけ魔術を使えるとはな。仮面を取ったらどれだけ魔法が使えるか、見てみたい気もするがな」

「試してみますか?」

「また叱られるぞ」

 ふふ、とエレンが笑うと、ジークベルトは肩をすくめた。

 実際のところ、屋敷にいるときは一切の魔法を使っていなかった。どれだけの魔法が使えるか、エレンは自分でも把握していないのだ。試してみたい気もするが、どこで誰に見られるかわからない。誰かに見られでもしたら、ハンネスから大目玉を食らうことは確かだろう。

「そういえば」エレンは言った。「さっき思ったのですが、経験値稼ぎで依頼を受けに行くこともあるのですか?」

「そうだな。ランクの高い冒険者に、後衛としてくっついて行くこともある。大抵は駆け出しの冒険者だな」

 冒険者を生業としていくとき、様々な経験をしておくに越したことはないだろう。ランクの高い冒険者についていれば、危険も少なく経験値を積むことができるのだ。エレンがそうだと思われてもおかしくはないだろう。

 ドアがノックされるので、エレンは仮面を着けた。ジークベルトが応対に立ち上がる。訪問者は宿の女主人だった。

「おふたりを呼んでほしいという方が受付に来てますよ」

 エレンとジークベルトは顔を見合わせた。特に約束をした覚えはない。しかし無視をするわけにもいかないだろう。いざというときのために、ジークベルトは剣を手に取った。宿で襲われることはないだろうが、万が一のためである。

 宿の受付に降りて行くと、エレンさん、と明るい声が掛けられる。ふたりを待っていたのは、レオン、ニーナ、クラストの三人だった。ニーナが大きく手を振る。

「どうされたのですか、みなさん」

「依頼が終わったら、みんなでご飯でも行きましょうって言ったじゃないですか! 行きましょ!」

 そういえばニーナに誘われたのだった、とエレンは心の中で呟いた。しかし、エレンは人前で仮面を外すことができない。食事の席をともにすることができないのだ。

「こいつは同席できない。俺も断る」

 ジークベルトが素っ気なく言うので、ニーナは目を丸くする。彼の言う通りなのだが、もう少し優しい言い方をできなかっただろうか、とエレンは苦笑いを浮かべた。

「どうしてですか⁉」

「実は、この仮面は呪われているのです」エレンは思い付いて言った。「なので、簡単には外せないんです」

「そうなんですか……」ニーナは眉尻を下げる。「私が呪いを解く魔法を持ってたらよかったのに……」

「せっかく来ていただいたのに、すみません」

 ニーナは残念そうだが、また明るい笑顔になる。

「じゃあ、また会えたときにその仮面が外せたら、今度こそ一緒にご飯に行こ! 私も魔法を覚えてきます!」

 そう言って強く手を握るので、エレンは小さく頷いた。

「はい、いつか」

 ニーナは満面の笑みを浮かべ、また、と手を振る。レオンとクラストも辞儀をして、三人は去って行った。

「そのいつかは来ないってことか?」

 ジークベルトが不敵に言うので、エレンは肩をすくめた。

「わかりませんよ」

 この町に再び訪れる機会があるかどうかは、いまはわからない。もし戻って来ることがあれば、また三人に会いたいとエレンは思った。せっかく得た縁を切るのはもったいないことだ。しかし、旅は始まったばかり。帰り道のことなど、まだ考えていない。ジークベルトの言う通りその「いつか」は来ないかもしれない。二度と会えないかもしれない。

 そのときは、自分のことを忘れてくれればいい。自分たちはただの旅人だ。誰かの記憶の中に留まり続ける必要はない。だが、もし憶えていてくれたなら、それは幸運なことだろう。エレンはそんなことを考えた。



   *  *  *



 翌日、珍しく天候が崩れた。朝から雨がしとしとと降り注いでいる。それでもウーヴェたちは露店の準備を始めた。余程の悪天候でない限り、露店は開くのだと言う。確かに雨具が必要になるほどの雨ではない。それでも、冒険者たちに依頼の選択の幅を狭めさせる天候ではあるだろう。

「今日は討伐の依頼は行けないでしょうか」

 冒険者ギルドで掲示板を見上げながらエレンは言った。

「まあ、無理して受けるもんでもないだろ。天候のせいで怪我を負って、失敗でもしたらこっちの責任だ」

「そうですよね……」

 エレンとジークベルトは生活のために依頼を受けているわけではない。路銀を稼いでおくに越したことはないだろうが、エレンはこれでも貴族だ。手持ちは決して寂しくない。しかし、町はすでに一通り回ってしまったし、宿で一日を過ごすのも少しもったいない気がする。

 ううん、と唸りながら、エレンは掲示板を端から端まで見回す。ややあって、ひとつの依頼書に目を留めた。

「これはいかがですか?」

 依頼書を覗き込んだジークベルトが顔をしかめる。

「行くならお前ひとりで行けよ」

 その依頼は「ダンスレッスンの相手募集」というものであった。募集が始まってから数日が経過しているらしいというところを見ると、冒険者向けの依頼ではないのかもしれない。冒険者が受ける依頼は、討伐や採取が主要だ。冒険者のほとんどが平民だろうと考えると、ダンスレッスンの相手をするのは難しく手が出しづらいのだろう。貴族であるエレンなら、容易に受けることのできる依頼だ。

「護衛が対象から離れていいのですか?」

 悪戯っぽくエレンが言うと、ジークベルトはまた眉間にしわを寄せる。それから、重い溜め息を落とした。

「俺は見てるだけだからな」

「構いません」

 ジークベルトにも、おそらくダンスの心得はないだろう。

 たまにはこういった変わり種の依頼を受けるのも、きっと楽しいことだろう。討伐や採取の依頼だけでは、毎日が単調になるというものだ。珍しい依頼を探してみるのも面白いかもしれない。掘り出し物という感覚に近い。

 依頼書を持って行くと、フロレンツは驚いたように言う。

「エレンくんはダンスを踊れるのかい?」

「人並みには踊れるかと思います」

「それは助かる。この依頼は受けてくれる人がいなくて困っていたんだ。ダンスを踊れる冒険者は珍しいからね」

 依頼の受付書とともに、フロレンツは依頼主の家の住所を渡した。町の南側の外れにある、少し大きめの屋敷らしい。小さな貴族の家で、年頃の娘がひとりいるのだとか。

「貴族なら、講師を雇っていてもおかしくなさそうですが」

 屋敷に向かいながら、エレンは言った。彼もダンスは家が雇った講師とともに子どもの頃から学んできた。

「冒険者ギルドに依頼を出すくらいだからな」と、ジークベルト。「相当な変わり者なんじゃねえのか」

「変わり者じゃないと貴族はできないと言いますからね」

「それは初耳だ。だが納得だな」

 エレンを横目で見遣りながらジークベルトが言うので、どういう意味ですか、とエレンは苦笑いを浮かべた。

 雨の町は、いつもの賑やかさが鳴りを潜めている。行き交う民はいつもと変わらない生活をしているように見えるが、どこか落ち着いている。普段と違うのは、店先で雨を避けながら話し込んでいる者が多いというところだろうか。

「お貴族様は傘がないと雨の中を歩かないと思ってた」

 ジークベルトが揶揄(からか)うように言う。

「そういう人も多いでしょうね」

「社交界の淑女は曇りでも日傘を差してるしな」

「太陽はレディたちの天敵ですよ。日に焼けた肌の健康的なレディは社交界では見たことがありませんね」

 貴族界の淑女にとって、白い肌はステータスの一種である。粛々とししなやかさを求められる淑女は、外見の美しさを保たなければならない。高い努力を重ねる必要があるそれは、淑女たちの悩みの種でもあるのだ。太陽のもとで元気に走り回って良いのは、生まれてからお茶会デビューするまでの数年といったところだろうか。

「貴族はその身分から、正しい行動を求められます。民の上に立ち、民を導かなければなりません。そんな貴族が、だらしない外見ではいけませんからね」

「面倒なもんだな、貴族ってやつは」

「責任を伴う身分ですからね。僕も本当は領地に留まって民の上に立たなければならないのです。僕の行動は無責任で身勝手なものですね。貴族失格です」

「まあ、命を狙われてなければ、お前も貴族として正しいとかいう行動をしてたんじゃねえのか」

「どうでしょう。僕はあまり貴族向きの人間ではありません。僕みたいな人間が上に立つべきではないでしょう」

「まあ、それは否めねえな」

 公爵位を継いだのは、社交界への影響を最小限に抑えるための策だ。それまでは貴族としての教育を受けてきた。しかし、命を狙われていることが発覚してから、何をしても危険がつきまとうようになる。エレンの命を保護するためには、社交界との繋がりを断つしかなかったのだ。

「ダンスはお貴族様のお得意ってことか。俺には縁遠い話だ。子どもの頃からそんなことをやらされるなんてな」

「僕も素人なので、力になれるかはわかりませんが」

「少なくとも、俺よりはまともだろ」

「それはそうかもしれませんね」



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