【5】冒険者生活[2]
ややあって、レオンが後方の四人に止まるよう指示した。
レオンが草陰に身を隠すのに続くと、木々の向こうにサラマンダーの姿を発見する。全身を硬いうろこで覆った体の大きな赤色のトカゲだ。どうやら狩りのあとだったようで、ポケットラットに貪り付いている。
頷き合ったレオンとクラストが、同時に飛び出して行く。食事に気を取られていたサラマンダーは出遅れ、鋭い斬撃に成す術もなかった。うろこを採取するため、体に多くの傷をつけるわけにはいかない。頭を狙うレオンに、サラマンダーは真っ赤な炎を噴いて応戦する。
「ニーナ!」
「任せて!」
レオンの呼び掛けにニーナが手を振りかざしたとき、サラマンダーが大きく息を吸い込んだ。来るであろう炎に三人は身構えるが、サラマンダーは炎を噴かず、耳をつんざく雄叫びを上げた。三人の動きが止まる。
「まずい! 仲間が来るかもしれない!」
「退避を!」
クラストの言葉にレオンが他の三人を振り向いたときには、すでに手遅れであった。十数体のサラマンダーが、彼らを取り囲んでいる。群れが近くにあったのだ。
「こんな大きな群れが⁉」レオンが声を上げる。「どうしてこんなところに! こんな報告はなかったはずだ!」
「どうすんのこれ~⁉」
声を上げるニーナの肩に手をやったあと、エレンはジークベルトを振り向いた。彼は呆れたように小さく息をつく。
「あとは任せてください」
ジークベルトが地を蹴ると同時に、エレンは魔導書を開いた。一斉に飛び掛かるサラマンダーの頭に、氷の矢を打ち込んでいく。ジークベルトは目にも留まらぬ素早さでサラマンダーを翻弄し、確実に的確に首を落とした。
時間にして、ほんの数分のこと。三人が状況を飲み込む頃には、十数体のサラマンダーは殲滅されていた。
「……すごい……」
ニーナが譫言のように呟く。
サラマンダーの躯を一通り見回す。すべての個体が身じろぎひとつしないことを確認してから魔導書を閉じ、エレンはジークベルトを振り向いた。
「さすがです。僕が手を出すまでもなかったですね」
「余程じゃなけれりゃ、お前の出番はねえよ」
ジークベルトが剣を鞘に納める音で、三人は我に返る。
「すごい!」ニーナが声を上げる。「何⁉ いまの⁉」
「見事ですね……」と、クラスト。「体をほとんど傷付けずに、これだけの数を一気に倒せるなんて……」
「エレンさん、いまのほんとに魔術なの⁉」
「魔術ですよ。ここで見たことは秘密にしてくださいね」
「えー、どうしてですか? こんなにすごいのに!」
「怒る人がいますので」
笑って言うエレンに、ニーナは首を傾げた。
「ジークベルトさん、エレンさん、ありがとうございます」
レオンはそう礼を言うが、どこか浮かない表情をしている。それから、意を決したように声を絞り出した。
「自分たちの未熟さを痛感しました。おふたりに頼らずとも依頼をこなせると思っていたのは驕りでしたね」
「そんなことありませんよ」エレンは言った。「僕たちは余計な手出しをしたに過ぎません。多少なりとも怪我をすれば、みなさんでもあの数を倒せたはずです」
「落ち込んでる暇はねえだろ」と、ジークベルト。「さっさとうろこを採取して来い。反省会はそのあとやるんだな」
三人はハッと顔を見合わせたあと、それぞれ袋を取り出した。少し力は必要だが、うろこは手でも剥がせる。
「せっかくですから、僕たちも採取しましょうか」
「そうだな。あいつらに売り付けてやるか」
エレンはサラマンダーのうろこを剥がすのは初めてだった。うろこの先に指を入れ力を込めると、ぱきっと軽い衝撃で外れる。なんとも小気味の言い感覚だった。
「袋に入れて持ち歩いていると、割れてしまいそうですね」
「アイテムボックスに入れればいいだろ」
素っ気なく言うジークベルトに、エレンは首を傾げる。
「なんですか、それは?」
「アイテムボックスも知らねえのか」
ジークベルトは呆れつつ、右手を空に向けて開く。一瞬だけ魔法紋が現れ、暗く空間が開かれた。入れた物をそのままの状態で保ち持ち運びができる空間魔法だ。
「それはどう使うのですか?」
「この中に物を入れるだけだ。もう一度開けば取り出せる」
「へえ……。それは魔法ですか?」
「そうだ」
アイテムボックスは、空間に干渉し道具箱のように物を出し入れすることのできる魔法だ。なま物での使用は推奨されないが、収納したときの状態を維持することができる。大きな物の持ち運びに用いられることが多い。
「魔法が使えたのですね」
「空間魔法は魔力が少なくても使えるからな」
「エレンさんは空間魔法を使えないの?」
ニーナがきょとんと目を丸くする。エレンが本当にほとんど魔力のない人間だったなら、もしかしたら空間魔法が使えたかもしれない。しかしいまのエレンには、ほんの少しであっても魔力を必要とするものは扱えない。
「魔法と無縁の生活をしておりますので」
「空間魔法は使えると便利ですよ? 教えましょうか?」
「お気持ちだけ頂戴します。ありがとうございます」
努めて柔らかい声で言うエレンに、ニーナは微笑みを返す。いつか彼女に教わってみるのもいいかもしれない。
充分な量のうろこを採取すると、五人は来た道を引き返した。そのあいだにもポケットラットやグリーンウォンバットが現れると、レオンとクラストが確実に倒していく。帰り道は、エレンとジークベルトの出番はなかった。
エレンとジークベルトの戦いぶりに自信を失ってしまったように見えたレオンだったが、乗合馬車が町へ引き返して行くあいだ、自分たちの戦力についての話し合いをニーナとクラストと熱心にしていた。レオンの真剣さはふたりにも伝わり、時折にエレンとジークベルトに助言を求めながら、三人の熱い議論は町へ着くまで続いた。
冒険者ギルドへの報告で、レオンはジークベルトへの報酬の増額を申し出た。ジークベルトはそれを断り、自分たちは飽くまで付いて行っただけだとフロレンツに報告する。フロレンツがレオンの言うことを疑うことはないだろうが、彼はジークベルトの意見を採用した。ジークベルトが報酬にも功績にもこだわらない傭兵だと知っているためでもある。レオンは申し訳なさそうにしつつ、報告を終えた。
「ジークベルトさん、エレンさん。本当にありがとうございました。とても良い経験になりました」
深々と頭を下げるレオンに、ニーナとクラストも続く。
「お力になれたなら良かったです。頑張ってくださいね」
「私、エレンさんの魔術に負けないくらい魔法を使えるようになります! いつか勝負してくださいね!」
「ええ。期待しています」
自信を喪失させてしまったかと思ったが、三人は晴れやかな顔でふたりをあとにした。これから伸びる年頃だろう。その芽を摘み取るようなことにならず、エレンは安堵した。
「彼らはどうだった?」
フロレンツが書類を片付けつつ問いかけてきた。
「良い子たちでしたよ。とても頑張っていました」
「あの子らは駆け出しでね。個々人の能力は低くないから、ギルドとしても期待しているんだ。変に曲がらずに、このまま素直に育ってくれるといいんだがね」
「あの子たちなら、きっと大丈夫ですよ」
とても素直な子たちだ。エレンとジークベルトの戦いぶりを見て、自分たちの未熟さをしっかりと見つめることができる。それから、どうしたら強くなれるかも考えることができるのは、とても向上心のあることだ。自分の力不足を認めることを難しく捉える者もいる。それを素直に考えられるのは、冒険者として将来有望と言えるだろう。
「これからもっと良い冒険者になると思いますよ」
「エレンくんがそう言うなら、間違いないのかもね」
おそらく、フロレンツも期待しているのだろう。応援したくなる三人だ。才能を伸ばし、遺憾なく成長してほしい。
依頼を達成したあとに町を歩いて行くのは、清々しい気分だった。とても充足感のあることだ。こうした小さな晴朗さが、満ち足りた日々へとつながっていくのだろう。
ウーヴェの露店に行くと、今日はウーヴェが接客をしていた。ハンネスは相変わらず製作をしているが、おそらく彼が接客をすることはないのだろう。愛想よくしなければならないということはないが、あまり接客には向いていないように思う。他の四人ができるなら、無理をしてまで接客をする必要はない。向き不向きの話だ。
「おかえりなさい、エレンさん、ジークベルトさん」
接客を終えたウーヴェが、ふたりに微笑みかける。他の四人も、おかえりなさい、と声を合わせた。
「サラマンダーのうろこを採って来ましたよ」
「えっ、ほんとですか⁉ ありがとうございます!」
フォルカーが声を上げるので、エレンは少し怯む。それに気付いたフォルカーは、すみません、と頭を掻いた。
「サラマンダーのうろこは丈夫だし、加工しやすいんで重宝するんです。でも自分たちじゃ採りに行けなくて……」
「お役に立てたなら何よりです」
ジークベルトがアイテムボックスから取り出したサラマンダーのうろこが入った袋に、こんなに、とフォルカーが目を丸くする。どれだけ採ればいいかわからなかったため、気のおもむくままに採って来てしまった。ふたりが採取したのは、ふたつの袋いっぱいにある。
「大丈夫でしたか?」
ハンネスの問いかけに、ええ、とエレンは素直に頷いた。特に心配をかけるようなことはしていないはずだ。
「万事滞りなく」
目を細めたハンネスがジークベルトを見遣る。ジークベルトが肩をすくめると、ハンネスはさらに目を細めた。
「エレンさん、あとでゆっくり話をしましょうか」
「え?」
首を傾げるエレンに応えず、ハンネスは魔道具の製作に戻る。窺うようにジークベルトを見遣っても、彼も何も言わなかった。いったいなんの話だろうか。




