【4】素材採取[2]
乗合馬車を降りると、依頼達成の報告のため四人は冒険者ギルドに向かった。ギルド内は今朝ほどの賑わいはないが、多くの冒険者が集まっている。おそらく、ここは朝のほうが人が多いのだろう。朝のうちに依頼を受け、その日はその依頼を達成しに行くのだ。ウーヴェとハンネスは採取の護衛任務の達成をフロレンツに伝え、露店に戻るためギルドをあとにした。エレンとジークベルトは、ポケットラットの爪とグリーンウォンバットの牙を提出する。
「はい、確かに」
ふたつの依頼の報酬を受け取ると、ジークベルトはさっさとギルドを出て行こうとする。この場が苦手なのかもしれない。しかし、それをフロレンツが呼び止めた。
「ジークベルトくん。きみに合同の依頼が来てるんだ」
そう聞いた途端、ジークベルトはあからさまに面倒そうに顔をしかめた。フロレンツは苦笑いを浮かべる。
「そんな顔しないで。そう難しい依頼じゃない」
新しく聞いた仕組みに、エレンは首を傾げた。
「合同というのは、一緒に同じ依頼を受けてほしいということですよね。よくあることなのですか?」
「そうだね。不安を感じるなら合同を申し込むほうがいい。そのほうが安心して依頼を受けられるからね」
「それが指名で来ることもあるのですね」
「できればランクの高い冒険者に頼みたいという依頼もあるからね。まあでも、今回の依頼はそう難しいものじゃない。ジークベルトくんならすぐに終わるよ」
「依頼はなんなのですか?」
「サラマンダーの討伐さ。サラマンダーはそれほどランクの高い魔物じゃない。苦労する依頼じゃないと思うよ」
「こいつも連れて行くぞ」
ジークベルトがエレンを指差して言う。フロレンツは少し目を丸くし、それから申し訳なさそうな表情で言った。
「エレンくんの分の報酬は出ないけど、それでもいいなら」
「別に構わないだろ」
エレンを振り向いて言うジークベルトに、エレンは頷く。
「構いません。僕は後衛になると思いますし、あまり戦う必要もないでしょうから。報酬は必要緒ないでしょう」
「それじゃあ、向こうに伝えておくよ。出発は明日の朝八時だ。ここに来てくれれば合流できるようにしておくよ」
「わかりました。では、また明日」
フロレンツと別れ、冒険者ギルドをあとにする。通りに出ると、ジークベルトが思い出したように言った。
「サラマンダーの討伐なら、魔導書を変えたほうがいい」
「炎の書では駄目ですか?」
「サラマンダーは火属性だ。炎の魔術は効かない」
「なるほど……。では、ウーヴェくんに相談しましょうか」
露店の立ち並ぶ通りへ向かう道すがら、音楽隊が軽快に演奏をしながら行進するのを見掛けた。行き交う民を笑顔にする愉快なパフォーマンスだった。
ウーヴェの露店に行くと、ウーヴェとハンネスはいつも通り店の奥で魔道具の製作をしている。フォルカーが上機嫌に客と世間話に華を咲かせていた。
ウーヴェにサラマンダー討伐のことを話すと、サラマンダーには「氷の書」が効果的だと彼は言う。水の魔術でもいいのだが、効かない個体がいることもあるらしい。個体差なく効果を発揮するのが、氷の魔術なのだとか。
「いいですか」ハンネスが厳しい声で言った。「一度に出していい矢はひとつまで、ふりでもいいので手で狙いを定める。このふたつだけは守ってください」
「わかりました」
「碍魔の仮面だと知られることはそうないと思いますが、これを守っていただけないと注目を集めます」
「回復の魔術のほうが目立たなくていいんじゃねえのか」
呆れたように言うジークベルトに、ウーヴェが言う。
「回復の魔術は、魔術でありながら少しだけ魔力が必要なんです。碍魔系を身に着けていると使えません」
「いいですか。絶対に目立たないようにしてくださいね」
「承知いたしました」
エレンは仮面の下で苦笑いを浮かべた。それほど自分はへまをしそうだろうか。碍魔の仮面を着けている以上、目立たないことに越したことはないのだろうが。
「でも」と、ウーヴェ。「仮面で目立ちそうだけど……」
「それは最初のうちだけで済みます」ハンネスは肩をすくめる。「その後、戦いで目立たなければいいんです」
「心配していただいてありがとうございます」
エレンがそう言うと、ハンネスは少し顔をしかめた。心配してくれているというわけではないのかもしれない。
* * *
宿の部屋に戻ると、仮面を外すことができようやく一息つく。圧迫感や息苦しさがあるわけではないが、やはり直に吸う空気のほうが清々しさがある。
「ウーヴェくんとハンネスくんは」エレンは言った。「私の正体にはもう気付いているのでしょうか」
「気付いてはいないだろうが、要人だとは思ってるだろうな。俺がお前の護衛だってのはわかってるだろ」
彼らに正体を知られるということに不都合はないが、もしそれにより彼らの居心地が悪くなったり害があったりするなら話は別だ。彼らに害を成す存在は排除しなければならないし、もし居心地が悪くなるなら彼らの前から自分たちが姿を消す必要がある。要人だと思いつつもそれを気にしていないのなら、それ以上にありがたいことはない。
「そういえば、ずっと聞いてみたかったのですが」
「なんだ」
「なぜあなたは、私の護衛を請け負ってくれたのですか?」
ジークベルトは冒険者ギルドでのランクも高いように思うし、有能な衛兵であるので仕事はいくらでもあるだろう。その中でなぜ自分の護衛を選んだのか、聞いてみたかった。
「金だな」ジークベルトはあっけらかんと言う。「護衛任務にしては報酬が良かった。それだけだ」
「なるほど……。ですが、ただの護衛任務ではなくなって割に合わなくなったのではありませんか?」
ジークベルトとの契約は叔父に任せきりである。どういった契約であるのか、詳しいことは知らない。
「あの屋敷で毎日ずっと部屋にこもっているよりマシだ」
「まあ、それは確かにそうですね。ですが、辞めたくなったらいつでも辞めていただいて構いませんからね」
「俺がそんな根性なしに見えるのか?」ジークベルトは呆れたように肩をすくめる。「死ぬまで付き合ってやるよ」
「ですが、傭兵として気ままにやっていたのでは……」
「いまだって好き勝手にやってるさ」
ジークベルトがそんな気を遣うような人ではないということはわかっているが、自分の護衛として縛り付けてしまっているのは確かだろう。本当に自由だと言えるだろうか。
思考が顔に出ていたのか、ジークベルトが不敵に笑う。
「護衛対象が死んだら自分も死ぬなんて面白いじゃねえか」
エレンの心臓には、彼の死をトリガーにした自爆の魔法が掛けられている。それによってエレンの死体を消し、エレンの死を証言できる者を消すための魔法だ。
「私はあなたを巻き込んで死ぬつもりはありませんが……」
「護衛対象を死なせたら、どちらにせよ生かされちゃおかねえよ。責任を取らされるだろうぜ」
「では、私は死ぬわけにはいきませんね」
そう言って笑うエレンに、ジークベルトは鼻を鳴らした。
「俺を死なせたくなかったらな」
「お互い様ですね」
いつ失われてもおかしくない命だと思っていた。屋敷を出ても、それは変わらなかった。死ぬことへの恐怖がまったくなかったと言えば嘘になるが、それに対する関心すら失いつつあった。あの屋敷から死ぬまで出られず、死ぬまでの静かな時間をただただ過ごす。そんな日々がエレンの心を殺していったのも確かだ。旅は、エレンに心を取り戻させつつある。この世界は美しい。その中で生きていくことができるのは、幸運なことかもしれない。
「長生きするのも悪くないかもしれませんね」
「気の早いやつだな」




