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ファル公爵の旅路【更新停止/未完】  作者: 瀬那つくてん(加賀谷イコ)


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【4】素材採取[1]

 エレンが目を覚ましたのは、翌朝のことだった。ずいぶんと眠ってしまった。疲れていたのだろう。ひとつ欠伸をして窓を開ける。爽やかな風が穏やかに頬を撫でた。

 身支度を整え、朝食を終えて受付に行くと、ウーヴェとハンネスがちょうど向こうから歩いて来るところだった。

「おはようございます。ウーヴェくん、ハンネスくん」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 さっそく行きましょう、とウーヴェが先を歩き出す。エレンにとって、護衛らしい任務は初めてだ。ジークベルトひとりで充分だと言われたら否めないが、魔導書も使えることになったし少なからず戦うことはできるだろう。

 宿をあとにし通りに出たところで、ジークベルトが思い付いたように三人を呼び止めて言った。

「ついでに依頼をもうひとつ受けて来る」

 ジークベルトが冒険者ギルドに入って行くので、エレンはウーヴェとハンネスを振り向いた。

「ふたつ依頼を受けることもあるのですか?」

「普通はやりません」と、ハンネス「二兎を追う者です」

「ジークベルトさんの実力だからできることですね」

 エレンには比較対象がいないが、やはりジークベルトの実力は規格外のようだ。実に頼もしい護衛である。


   *  *  *


 ウーヴェとハンネスは、乗合馬車が来る停留所にエレンとジークベルトを案内した。そこには、何人かの冒険者らしい若者たちが集まって馬車を待っている。

「自前の馬車では行かないのですか?」

「盗まれますから」ウーヴェが言う。「見張りが必要になるので、乗合馬車を使ったほうが効率的ですね」

「なるほど」

 エレンは乗合馬車を使うのは初めてだ。そもそも、貴族が乗合馬車を利用することはない。護衛を伴って個人の馬車を使う。それは貴族の威厳を保つことでもある。

 幌付きの馬車が到着すると、エレンたちも他の冒険者と同じように荷台に乗った。全員が乗っても余裕があり、足は伸ばせないが座ることもできる。エレンは正直なところ、もっと狭い馬車を想像していた。

 馬車の荷台は、地面の凹凸による細かい振動が体に伝わってきて心地良い。幌によって外の景色は見えないが、暖かくなりつつある風が心を穏やかにした。

「そういえば」エレンは言った。「ジークベルト。二つ目はなんの依頼を受けて来たのですか?」

「ポケットラットの討伐だ。お前の経験値稼ぎにな」

「ああ、なるほど。確かにそれならできそうですね」

「グリーンウォンバットも出るだろうし、魔術のいい練習になるだろ。俺はしばらく手を出さないからな」

「わかりました」

 案外にスパルタなのだとエレンは笑った。


 馬車に揺られること、およそ三十分。馬車は森の手前で停まる。前方に見えるその森が「エメラルドの森」だ。

 出発時より半分になっていた冒険者が、また半分ほどエメラルドの森で降りる。森にはランクの高い魔物はいないとジークベルトが言っていたことを考えると、おそらく他の冒険者も、素材の採取か経験値稼ぎに来たのだろう。

「今日は何を採取するのですか?」

 問いかけたエレンに、ウーヴェが応える。

「アラベラ・ベルという花です。種が発光するんですよ」

「へえ、面白いですね」

「薄暗い森の中で仄かに光っているので幻想的ですよ」

「それは楽しみです」

 見たこともなければ聞いたこともない植物だ。だが、そういった知らないものはまだ山ほどあるのだろう。

 木の葉の隙間から陽の光が射し込む。美しく穏やかな森だった。エメラルドグリーンの木々が静かに揺れ、ゆったりとした時間が流れている。魔物の気配は感じられない。森林浴にはうってつけの場所かもしれない。

「あった。あれです」

 ウーヴェが指差した先に、かすかな光が見える。歩み寄って見てみると、乳白色の花が木に生っていた。花弁のあいだから仄かな光が溢れている。それが森の中に点在しており、ちらほらと明かりが見えるのが幻想的だ。

「これがアラベラ・ベルです」と、ウーヴェ。「主に種子を薬剤に使います。回復薬なんかの材料になるんです」

「面白い花ですね。甘い香りがします」

「花弁は香水に使われることもあるそうです。ほのかな香りなので、女性に人気があるそうですよ」

「なるほど。主張が強すぎず程好い香りですね」

 さっそくウーヴェとハンネスはアラベラ・ベルの収穫を始めた。花弁と種子を分けて別々のかごに放っていく。その周辺に、エレンとジークベルトが目を光らせた。時折にポケットラットが草むらから顔を出すと、おい、とジークベルトがエレンを呼ぶ。エレンはハンネスに言われた通りの方法で魔術を使うが、まだ安定しない。しかし、既定の十体を倒す頃にはだいぶ上達していた。

「エレンさん、ジークベルトさん」と、ウーヴェ。「他の素材を採りにもう少し奥に行きたいんですが、いいですか?」

「構いませんよ」

 少しだけ深い場所へ入ると、森の中はシンと静まり返っていた。夜になれば虫の音が聴こえるかもしれない。木の葉のあいだに揺らめく星々を眺めるのも、きっと良い時間になるだろう。小型の魔物の脅威はあるだろうが。

「次は何を採るのですか?」

 エレンの問いかけに、ええと、とウーヴェはメモを見る。

「できれば、ブルーアゲハとカビタケがあるといいんですが……。花とキノコですね」

「この辺りにあるはずなんですが」と、ハンネス。「ちょっと探してみましょう。まだ時間はありますよね」

「そうだね。まだあと……三十分くらいは大丈夫かな。エレンさんとジークベルトさんは大丈夫ですか?

「ええ、平気です。どうぞ安心して採取してください」

「ありがとうございます」

 ウーヴェは遠慮がちに笑う。あまり気を遣わなくてもいいのに、とエレンは思った。用事が済むまで護衛として付き添うのは当然のことだ。気にしすぎだろう。

 ウーヴェとハンネスが素材を探しているあいだ、グリーンウォンバットが姿を現した。討伐対象ではなかったが、放っておけば突進してくる危険性がある。ついでに倒せとジークベルトは言った。エレンが魔術で討伐し、ジークベルトが牙を回収する。そうしているうちに魔物は現れなくなり、エレンはウーヴェとハンネスの様子を眺めた。

「エレンさん、これがブルーアゲハです」

 彼が興味を惹かれていることに気付いたのか、ウーヴェがそう言って青色の花をエレンに差し出す。花粉が陽の光を受けて、キラキラと輝いているように見えた。

「綺麗ですね。アゲハというのは蝶のことですよね」

「はい。遠目で見ると蝶のように見えるというところから、ブルーアゲハという名前が付けられたそうです」

「へえ……」

「こっちがカビタケです」

 エレンは、おそらくカビのような見た目のキノコなのだろうと思っていた。しかし、ウーヴェが指差したそれは、茶色いかさの、少し小さめだが普通のキノコに見える。

「これを食べると、体にカビが生えるそうです」

「カビが……。それが材料になるのですか?」

「薬と毒は表裏一体です。薬が毒になることもありますし、毒が薬になることもあります。……と言っても、回復薬を作るのには専用の免許が必要なんですけど」

「いろんな知識をお持ちなのですね」

「魔道具の店をやっていると、知識は自然と付きます、僕よりハンネスのほうがいろんなことを知ってますよ」

「おふたりともすごいんですね」

 エレンの賞賛にも顔を上げず、ハンネスはブルーアゲハの採取をしている。他人の評価は気にしていないようだ。

「ポケットラットやグリーンウォンバットは、素材としては使わないのですか? 爪や牙を採るだけですが」

「使わないな」と、ジークベルト。「素材にも食材にもならない。魔物の餌にするくらいじゃないか?」

「魔物を飼う人がいるのですか?」

「他の魔物を引き寄せるための餌だ」

「ああ、そういうことですか」

 のほほんと笑うエレンに、ジークベルトはどこか呆れたように目を細める。ウーヴェは苦笑いを浮かべていた。

「これくらいで充分です」ハンネスが立ち上がる。「遅くなる前に引き返しましょう。馬車の時間もありますから」

「はい。お疲れ様でした」

 辺りの魔物はエレンが一掃したようで、帰り道は至って平穏だった。小鳥の声を楽しむ余裕すらある。

「お前」ジークベルトが声を潜めて言う。「やけに世間知らずだが、屋敷でいつも何をしていたんだ?」

「マナの研究をしていました」

 それは世界を構築するすべてのものに含まれると言われている成分だ。大地にも水にも、人間の体内にも存在している。そしてすべての魔力の根源となる成分でもある。

「マナの解析ができないかと思って研究していたのです」

「そんなことができるのか?」

「どうでしょう。可能かどうかの研究でもありましたので」

「……急にお前が賢く思えてくるな」

「阿呆だと思っていたのですか?」

「そこまでは言わないが」

 それに準ずるものだったのか、とエレンは心の中で呟いた。ジークベルトの自分に対する評価は低いだろうとは思っていたが、思っていた以上に低かったらしい。



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