5
小鳥の鳴く声が耳を通り抜けミリヤは目を開いた。
目を開けると。ロープが天井から手を伸ばしたところで垂れ下がっており、先端には羊のぬいぐるみが
そのモフモフのお腹をミリヤに見せつる形でついている。
ミリヤは寝起きの頭が少し冴えた頃。ゆっくり手を伸ばして羊の縫いぐるみを掴めば。垂れ下がっているロープがキシキシと音を立てて、ミリヤの体を起こす手伝いをした。
部屋の外から小さく鈴の音が聞こえ、家の住人にミリヤの起床を伝えた。
このロープも、この羊も、鈴の音も、足の不自由なミリヤに配慮して父とイースが思いつき、そして作り上げた配慮だった。
ミリヤの住う家にはそんな工夫が幾つも見られ、まるでミリヤが主役の場所がそこにはあった。
ミリヤはそれが嫌だった。
起き上がり、両腕の力を使い、ベットの端までくるとすぐ近くに寄せてある車椅子に手を伸ばしフレームをしっかり握り、車椅子に乗り移った。
ミリヤが大勢を整えると同時に自室の扉がノックされた。
「どうぞ」
控えめにな音に自信もひえめな声でそう返すと。扉がガッパっと音を立て開かれ、先には飲み物を持ったイースが満面の笑みでミリヤの部屋に入ってきた。
そうだった、イースがいた事を忘れていた。
「おはよう!ミリヤちゃん!」
「……おはよう、ちょっと声量下げて」
寝起きの耳には大きすぎる声量で挨拶をしたイースに注意すると。イースは特に気にする様子も鳴くデレデレとした微笑みを浮かべながらミリヤの元に近いた。
「おはよう、ミリヤちゃん水持ってきたよ〜寝起きの表情可愛い〜」
クネクネと体をくねらせながらミリヤに接近し。プライバシーゾーンを遥かに超えた顔の近さにミリヤ少し体を下げて距離をとったが、男はまたすぐ距離を詰めてくる。
「近い」
「ミリヤちゃん、朝ご飯何が良い〜?俺が作るよ〜」
「大丈夫」
イースがいる朝には、爽やかさなどと言う物は無く毎朝こう言ったやり取りが行われるのだ。
暑苦し朝から逃れるためにミリヤは部屋を出るためドアに向かった。
「待って!まだ見たり無い!」
「待たない」
後ろで駄々をこねる男を置いて部屋を出ようとしたが、寝ぼけていた体が活動を開始したためか、ドアまで後少しのところでグーと腹の音がなった。
「……」
もう少し小さな音なら良いのに、その音は部屋中に響いた。
「……もう一回聞かせて」
「聞かせない」
耳に熱がこもる感覚がし、ミリヤは慌てて部屋を出た。
「おはようミリヤ」
「おはようお母さん」
一階にあるミリヤの部屋から出れば通路から顔を覗かせた母親がこちらに笑みを浮かべていた。
その背後から美味しいそうな匂いが流れてきて、ミリヤの腹の音が再び鳴った。
「あらあら、朝ご飯できてるから」
母は微笑みを浮かべながら、そういってキッチンのほうに下がっていった。
「朝の讃美歌」
背後から聞こえる声を無視して、ミリヤはキッチンに向かう。ダイニングには父と弟が朝食を食べておりミリヤも席に付いて朝食をいただいた。
「お義母さん、店先の掃除と花の水やりやっておきました」
「あら、ありがとうイースくん」
「お義父さん、店内の掃除やっておきました」
「ああ、ありがとうな……」
「にいちゃん、ジャムとってー」
「はい、牛乳おかわりするか?」
「うん!」
気づけばイースが隣で朝食をとっており、ミリヤの家族と楽しそうに会話をしている。そして合間合間にミリヤを凝視してくるのだ。
「美味しい〜ミリヤちゃん」
「うん」
食べづらい他無い。
そんな賑やかな朝を終え、ミリヤがテーブルを拭いていると、ミリヤの母が皿を拭きながら思い出した様にミリヤに声をかけた。
「そうそう、イースくん帰って来たから。お祝いしようと思っていたのよ。ミリヤ、イースくんと一緒にお使に出てくれない」
「うん、イースも?」
「好きな食材があった方が良いでしょう?この間サービスして貰ったチーズがあるから、チーズフォンデュにしましょう」
楽しみとチーズが大好きな母はそう言うと、ミリヤに財布を手渡した。
「俺も楽しみ〜ミリヤちゃんとデート〜」
「デートでは無い」
軽く訂正すると、ミリヤは外出着に着替えるために一度部屋に戻ると。
「……手伝って良い?」
「ダメ」
ドア向こうから感じる気配を感じながらミリヤはお使いの準備を終えた。
*
「何が良いかな〜」
ミリヤの車椅子を押しイースは市場を眺め歩きながらそう言った。
麦わら帽子を被りミリヤは活気な声が飛びかう街を見る。通常ならその言葉に反応して軒先の商品を指差し「あれはどうか?」と提案の返事を返す物だろうがどうしてか、ミリヤはそんな気分になれない。
そうして家を出てからミリヤが無言でいると必然とイースが言葉を続ける。
「あ!あれはどう?ミリヤちゃん」
「いいと思う」
たんぱくな返答。けれどもイースは笑みを深めて自身が刺した方角にミリヤを連れていった。
近づけば磯の香りが鼻に届く。その店先には籠一杯の海鮮類が並べられていた。
「海鮮だったら海老かな〜」
イースは並べられた食材から今回の主役であるチーズにより合う商品を選別していく。
「これどう?」
「良いね」
言葉通りに新鮮な色合いの甲羅を持つ海老と白身魚を指すと。ミリヤはすぐに賛成の返事をした。
人数分の魚を買った二人、ミリヤは車椅子を押して貰っている手前イースが手に持つ買い物籠を受け取ろうとするがイースはそれを否と断った。
「結構重さあるから」
にこりと微笑みを浮かべそう言ったイースにだから私が持つべきなんだろうと思いながら伸ばした腕をそっと膝の上に置いた。
イースが帰ってくるたびにミリヤはこうして買い物に出かけることになる。
それは、一人での外室が苦になってしまった今、ミリヤに複雑な心境を生み出していた。
「イース!」
食材を買い終わり帰路に帰る二人の背後から低い男性の声がかかった。
名前を呼ばれたイースは振り返り、その人物に目を向ける。
「久しぶりだな!」
駆け足で来たであろうその人物はイースと知り合いの様で親しげに声をかける。ミリヤも声のした人物がどの様な人なのか気になったが。車椅子の向きが帰路の方角を向いたままなので。顔を後ろに向け確認するしか無いが、イースが目隠しになっていて。その人物は見えない。
見えたのは、話かけて来た人物の連れであろう人達。
剣や杖を携える人達は一目でイースと同じ冒険者職についているのだろう事がわかる。
「……久しぶり、ナイだっけ?」
「そうだよ!なんだ忘れてたいたのか?相変わらずだな!」
話かけて来た男はイースの曖昧な反応にも気にせず陽気に返答を返した。
「半年ぶりだな、この街で会えるだなんて!」
「何言ってんの、イースさんがこの街に良く立ち寄るって聞いたから来たんでしょう」
「おい!」と連れていた仲間から、暴露された男は静止の声をあげて焦った声を出したが、すぐに明るい声を出してイースに話を続けた。
「はぁーすぐにバラしちゃうんだよなー、そんな感じで俺たちイースに会いにここに来たんだ!」
「何か要件があるの?」
複数人とほぼ一人での対話だからか、会話に温度差を感じたミリヤ。
長話になるなら一人で戻ろうかと。もう一度背後を振り帰った時、イースと話している冒険者の数人がこちらを見ている事に気づき慌てて顔を背けてしまった。
一瞬だが、交わった視線に恐縮してしまい。ミリヤはイースに話しかける機会を無くしてしまった。
「そうだイース!そろそろ紹介するよ!前会った時はいなかったメンバー、魔法使いのエリーナ」
「初めまして。お噂はお聞きしております」
「うん……」
「この子こんな可愛らしさ見た目だけど、攻撃魔法が得意なんだ!ほら、前君が助言してくれた様に遠距離に特化した冒険者がいると良いって!」
「そう?良かったねいい子が仲間になって」
「あぁ!おかげでパァーティ全体のランクも上がったし……おっと話が逸れるな」
男は急に話を切り冷静な声色になっりイースは僅かに首を傾げた。
「おふぉん、えー立ち話もなんだしそろそろどこか入らないか、色々話たい事があるんだ」
わざとらしい咳をして切り出した言葉は何やら思惑が伝わる物だった。
「申し訳無いけど、買い物帰りなんだ、食材が痛んでしまうから、また機会が会ったら」
イースは穏やかな口調だがキッパリと誘いを断り、ミリヤの乗る車椅子の押し手に力を込めた。
「ああ!待って!」
「もう、誘うの下手だな……」
仲間からの呆れた声が響き本当に思惑が会った事わかった。
ミリヤの車椅子の車輪が二回ほど回転して進んだ時、再び背後から声がかかった。
「あの!イースさん!」
「……何?」
その声は若い女性の物で魔法使いと紹介を受けた後に聞こえた声と同じ人物の物だとミリヤは気づいた。
「……単刀直入に言います。…………どうか、私達のパーティに入ってくれませんか!」
高ランクの実力者であるイースをメンバーにと誘う者は少なく無い。だが実際ミリヤがその場面に居合わせたのは初めての事で、自分には関係の無い事なのに何故だが妙な居心地の悪さを感じた。
「せっかくのお誘いだけど、俺は今のままがいいんだ、今後誘われても一人で活動するのをやめる気は無いよ」
パーティメンバー加入の誘い、その返答は早くイースは今後も無いと付け加え言った。
しばしの沈黙の後ミリヤが乗る車椅子が動き出す音が聞こえてイースは冒険者一団から離れて行った。
残念そうに向けられる視線も、羨望と期待の眼差しも、そのどれもがイースに振りかかりミリヤには関係のない物。
「ミリヤちゃん、待たせてごめんね」
だからかイースは謝罪を言い。ミリヤの機嫌を伺う。
「大丈夫」
無関係なミリヤはそう答えるしか無かった。
大変長らくお待たせしました。