第二章 運命は浅葱色の鱗粉とともに(7)
──翌朝。
クラリスを連れて馬車で外出するフィルル。
馬車は昨日の見合いの相手、ドグ・ラッシュの邸宅前で停まる。
馬車のドアが開き、普段のドレス姿のフィルルと、メイド服ではなく正装のドレスに身を包んだクラリスが、馬車から降りる。
「それではクラリス、よろしく頼みますわ」
「ええぇ……。本当にわたし一人で、謝罪に行くんですかぁ?」
「謝罪が目的ではありません。わたくしが頼んだ情報を、しっかり得てくるのです。ドグはまったく好かぬ男でしたが、ラッシュ家は全国に販路を持つ豪商。わたくしが欲する情報は、とりあえずはそこにしかないのです」
「お見合いをむちゃくちゃにした謝罪を、当人抜きの使用人だけで……。その上、商売上の情報を聞き出してこいだなんて……。無茶ぶりですよぉ、お嬢様ぁ!」
「大丈夫。きょうのあなたはメイドではなく、正式なわたくしの代理人。そしてその弦の糸目は、この地では美女の証。軽く色仕掛けをすればあの男のこと、すぐに食いついてくるでしょう。うまいこと食われれば、むしろ玉の輿……クスッ♥」
「クスッ♥ じゃないですよぉ! いくら相手がイケメン金持ちでも、結婚の相手は自分で選びたいですぅ!」
「いいから行きなさいな。わたくしはわたくしで、大事な用があるのです」
「ズィルマ中うろついて、あの虫男と《《偶然》》会うつもりですね! わかってますよ!」
「偶然を必然に変える女、それがわたくし……クスッ。わたくしはこちらのルートで移動しますから、情報を得次第、馬車で追いかけてきなさい。いいですわね」
フィルルはズィルマの中心部を記した地図を、クラリスへと手渡す。
森林部に沿った、馬車が通れる幅の道に、フィルルの移動経路が赤いインクで引かれている。
受け取ったクラリスは、溜め息をつきながらそれを四つ折りにし、懐に忍ばせた。
「……ちゃんと情報引き出せたら、約束通りこのドレス、わたしにくださいね!」
「このフィルル・フォーフルール、約束を違えたことはありません。では……」
身を翻し、森林沿いの道へと靴先を向けるフィルル。
その腰の両脇では、鋼鉄の剣を収めた鈍色の鞘が、午前の日光を受けて輝いていた──。