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第二章 運命は浅葱色の鱗粉とともに(4)

 ──思考を巡らせるあまり、木剣ぼっけんを握る両手をぎゅっと力ませるフィルル。

 その感触がきっかけでふと、とある昆虫の姿形を脳裏に思い描いた。


「ん……カマキリ! わたくし双剣の使い手ですから、両手に鎌を持つカマキリが好き……かも……しれませんわ……ね! オホッ……オホホホッ!」


「へえ……カマキリ! 女性ですからやはり、推しはハナカマキリですか? それとも小さなコカマキリ? ハラビロカマキリの幼体も、丸っこくてかわいいですよね。それともやっぱり……王道のオオカマキリ!? 美しさで言えばケンランカマキリですが、あれは生態がゴキブリに近いですし……」


「は……? あ、いえ、その……。カマキリは……カマキリです……。アハハ……」


「なるほど。種全体推しですか。懐が広い女性ひとだ」


「それほどでも……オホホホ。ところでカイトさん、ケガをされているのでしょう? 馬車で病院へお送りしますわ。かかりつけの良い医者がいますの」


「いえ、けっこうです。こんな立派な馬車を、僕で汚すわけにはいきません。それに、大した傷でもありませんから。虫探し中にもっとひどいケガ何度もしてますし、この細身でも、意外と頑丈なんですよ。彼らの暴力くらい、平気です。ハハッ」


 いまの言葉を受け、フィルルはあらためてカイトを見る。

 ズボンの膝とシャツの肘に泥、そして各所に暴漢たちの靴の足跡があるものの、ケガの様子は見て取れない。


(なるほど……。本の虫のようでいて、男としての強さ、胆力はしっかりある……。あとは……()()()()さえ、クリアーできれば……!)


 フィルルは普段から閉じているように見える糸目を、さらにギュッと閉じて力み、意を決してカイトへと問いかける。


「あ、あの……カイトさん? 再度のつかぬことで、恐縮ですが……。わたくしの目の印象……どう思いますか?」


「目……ですか?」


「ええ……。このズィルマでは、目は細いほど美しいと、されているのですが……。東西を長く旅しているカイトさんからは、いかに見えるかと思いまして……」


 ──ごくり。


 フィルルは生唾を飲みこみながら顔を上げ、カイトと瞳を合わせる。

 上下の唇が接しているあたりがムズ痒くなり、頬は焦げるような熱を帯びる。

 いまにも顔を反らしたい羞恥心を押さえつけながら、カイトの返事を待つ。

 カイトはフィルルの顔がうっすら映りこんでいる眼鏡越しに、瞳を笑わせた。


「……美しいですよ、僕の目にも。その優しげな瞳による笑顔、世の女性の笑顔の、何倍もすてきです」


(きゃあぁああぁああぁ! 最大の懸念……解消っ!)


「なにしろ僕は、見ての通りの変人ですから……。笑顔がすてきな女性と、こんなに長くしゃべったのは初めてで……ずっと緊張し通しでした。これ以上一緒だと、変なことを口走ってしまいそうなので、ここらで失礼します」


「えっ……あ……あの……。また……お会いできますか?」


「……数日は、ここらの安宿に身を置きますので、ご縁があれば。もっとも、森へ入っている時間が長いのですが……ハハッ」


「そうですか……。ではもし、偶然また会えましたら……。お食事につきあってくださいませんか? 旅の話、虫の話……。拝聴したいですわ」


 フィルルは「主に旅の話のほうを……」と、心中でつけ加える。

 身を翻しかけていたカイトは、上半身をフィルルへ傾けて返答。


「ええ。そのときはぜひ。ああ……先ほど、結婚云々の話がありましたが……」


「……はい?」


「もし僕のような男でも、結婚できるチャンスがあるのなら……。フィルルさんのように、いつも笑みを湛えた女性がいいなと、思ってしまいました。ハハ……やっぱり変なこと、口走っちゃいましたね。それでは、これにて」


 今度こそ踵を返し、長い脚と細い背中を見せながら立ち去るカイト。

 その後ろ姿を真っ赤な顔で見つめるフィルルの頭上では、アサギマダラが弧を描いて旋回していた──。

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