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第二章 運命は浅葱色の鱗粉とともに(3)

(眼鏡……! 長身……! イケメン……! そしてイケボ……! 満点!)


 カイトの魅力に気圧けおされるように、ふらふらと数歩後退するフィルル。

 そのまま身を翻し、時折背後のカイトを見ながら大通りへと向かう。


「あ……。わたくしは……フィルル・フォーフルール。とりあえず、明るいところへ出ませんこと? その暴漢どもは、あとで従者に通報させておきますので」


 フィルルは無意識に大股になりながら、いそいそと馬車へカイトを誘導。

 大通りを横切りながら、会話を続ける。


「あの、ディデュクスさん……」


「カイトで構いません。発音しにくい姓だと、よく言われるもので。ハハッ」


(ああ~、その返しも満点ですわっ! それに、太陽の下で見るあの銀髪の、なんと輝かしいことっ!)


 ほぼほぼ理想像であるカイトと、出会ってすぐ名前で呼びあえることへのときめきで、フィルルの両頬の内側に、強めの甘酸っぱい感触が生じる。

 思わず両頬をきゅうとすぼめてしまったフィルルは、声を上ずらせないよう注意しながら、会話を継続。


「……では、わたくしのこともフィルルで。ところで……渡り蝶と言えば、渡り鳥のように、大海原を越えて旅する蝶のことですわね?」


「はい。主に、アサギマダラを中心に追っています。先ほどここらで、見かけたのですが……。ああ……あれです。あの蝶です」


 カイトが腕を上げ、フィルルの右前方を指さす。

 頭上五〇(センチ)ほどの高さを、大きめの蝶がふわふわと優雅に飛んでいる。

 あさ色……光沢のある青緑の羽に、幾本もの黒い文様が走っている。

 そのアサギマダラが、カイトの指先に誘導されるかのように、降りてくる。

 そして、まるで猫が気に入った人間に匂いを擦りつけるかのように、フィルルの周囲をくるくると飛んだ。


「まあ……。虫なのに、なんと人懐っこい……」


「フフッ……。アサギマダラって、なぜだか人を怖がらないんですよね。それどころか、鮮やかな色遣いの服を見ると、花畑ではないかと観察するように、周囲をゆらゆらと旋回するんです」


「それではこのチョウは、わたくしを花と……見紛っているのですか?」


「ええ、きっとそうです。ですがフィルルさんは、花というよりこのアサギマダラのようですね。華麗で、優雅で……。それでいて、こんな情けない男のそばにも舞い降りてくれる、貴賤のなさ……フフッ」


「あ、あらまぁ……。昆虫学者さんのくせに、人間の女の扱いにも、ずいぶんと慣れていらっしゃるんですね……?」


「あっ……いえ。そういうわけでは……。昆虫のゆうの区別はすぐつくくせに、女性の髪形の変化にも気づかぬほどでして。本の虫ならぬ、()()()です……。ハハ……」


「クスッ……。女としては、そういう鈍い一面がある殿方ほど、信用が置けるというものです。渡り蝶を追う活動は、始めてどれほどになりますの?」


「もう六~七年ですね。東から西へ、西から東への、あっという間の虫の旅でした」


「まあ! 七年が……あっという間!? あ、あの……つかぬことをお聞きしますが、ご結婚……は?」


「ハハハ、本当に出し抜けですね。この身なりにこの職ですから、結婚なんてありえませんよ。まして、女性が嫌う虫の専門家ですから」


「いっ……いえいえっ! わたくし、虫は大好きですっ!」


「これは珍しい! では、推しの虫などは?」


「お……推し? 虫を推し……ですか? え、えっと……」


 雰囲気よく会話を紡いできたフィルルだが、流れで適当に答えた「虫好き」で、言葉に詰まってしまった。

 フィルルは同じ年ごろの多くの少女同様、虫は得手ではない。


(あうぅ……どうしましょう。強いて挙げればチョウですが、それではいまのアサギマダラを知らなかったことと、矛盾してしまいます……。ほかの虫、虫、虫……)


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