第一章 この縁談……破断させていただきますっ!(2)
「──そう言えばフィルルさんは、陸軍を志願されているんですよね? 陸軍の華の広報部隊……。女性兵だけで構成された、陸軍戦姫團を」
「え、ええ……。幼きころからの、わたくしの憧れなもので……。来年、入團試験を受けますの」
「わたしも戦姫團の広報活動……演奏会や舞台は、何度か拝見しましたが、いや実に華やかなものですね。麗しき女性兵たちによる、優美にして勇壮なステージ。いわば、国営の歌劇団ですね。あれは」
「ええ、まことに。わたくし、戦姫團の頂点……團長の座を志して、いままで研鑽を積んできました。剣も、知も、歌も……そして、容姿も!」
──陸軍戦姫團。
ドグが言った「国営の歌劇団」という表現が的確な、麗しき女性兵《乙女》による陸軍の広報部隊。
この国の多くの女子が憧れる存在で、フィルルも例外ではない。
四年に一度の入團試験は、来年の開催。
加えて受験資格が十五歳から十八歳までという、一生に一度しか挑めない狭き門。
そしてその門を一度くぐると、年齢上限の二十四歳まで退役不可。
フィルルは受験までの一年間に、「戦姫團を退役となる七年後まで待ってくれる上玉の眼鏡男子」という婚約者を得ねばならぬ定め────。
(……入團試験前に、婚約者を見つけること。父上がわたくしに提示した、入團試験を受ける条件……。「娘を軍にはやれぬ」という父上が、これならばと提示してくださった譲歩案……。なんとしてでも、叶えなければ……)
そんな我欲にまみれたフィルルの内情を無視しつつ、お見合い相手のドグもまた、我欲まみれの言葉を重ねる──。
「だけど困りましたねぇ……。わたしは妻となる女性には、常にそばにいてほしいのです。戦姫團の除籍の年齢は、確か二十四歳……。七年後ですよね? その間独り身で過ごすのは、ちょっときついですねぇ」
「えっ……? ですが此度のお見合いは、結婚ではなく婚約……と、事前にお伝えしていますが?」
「それはそうなんですが……。やはり七年という歳月は、長いですよ。いかにフィルルさんが魅力的な女性だとは言え、七年も離れ離れでは、お互いの気持ちに揺らぎも生じるのではないでしょうか?」
(出た……! また……! 前提無視の身勝手男! 見合いの相手はいっつもこう! わたくしが求めているのは、七年後の結婚相手……すなわち婚約者だと! お互いに待つ七年間で、双方己を磨き合いましょう……と、口すっぱく伝えてありますのに!)
「聞けば戦姫團の入團試験は、恐ろしく競争倍率が高く、しかも難しいというではありませんか。それに華やかな広報部隊とは言え軍隊。中ではどのように厳しい訓練がなされているか、わかりませんよ?」
(このパターンもいつもの! わたくしが入團試験に落ちると決めつけてくるっ! 夢に懸けたわたくしの努力の日々を……理解する前から全否定っ!)
「当家の血縁と財産が貴女のフォーフルール家と合わされば、フィルルさんを戦姫團以上のアイドルとして輝かせることができます。もちろん、厳しい訓練などなしでね。あなたが望むならば、さっそくあしたから……いえいえ、今夜からでも!」
(ああもう……。この下衆の頭の中にはもう、寝室とベッドしかない様子。不快! 心底不快っ! この縁談……お断りですっ!)
フィルルが膝の裏でいすを後方へ押しのけ、席を立つ。
直立の姿勢でドグを見下ろしたまま、同行させていたメイドの名を口にする。
「……クラリス、剣っ!」
「あ……えっと……。は……はいっ」
それまで部屋の隅に立っていたフィルルお付きのメイドが、少しとまどいながらも、壁に立てかけられていた二本の鋼鉄製の剣を、両手に握って運ぶ。
受け取ったフィルルが、二本の鞘のロックを、両手の親指で同時に弾いて解除。
鞘を床へ落とす格好で、抜剣──。
──シャッ……カランカラン!
背を正して立ち、足を肩幅に広げ、双剣を左右へゆらりと広げるフィルル。
その突飛な行動に驚き、呆然といすに座ったままのドグ。
再び部屋の隅へ戻り、フィルルの双剣の間合いから離脱するクラリス。
フィルルはスゥ……と軽く息を吸うと、胸の前で瞬時に、双剣を握る両腕を交差させた。
「この縁談……。貴殿の約束の違えにより、破断させていただきますっ!」
──ガキイイイィン……ザシュッ!
フィルルが左足を一歩前に出して、前のめりになりつつ双剣を一振り。
空気を切り裂くかのような鋭い一閃が、宙で交差した。
左右へ広がって振り下ろされた双剣。
のち、わずかに場に漂う静寂。
それを破ってフィルルが、前に出した左足のかかとを、トン……と一踏み。
──ガタガタガタガタッ!
白いテーブルがホールケーキのようにきれいに四等分され、床へ崩れ落ちる。
破断はそれにとどまらず、テーブルの左右にあった空席のいすも、背もたれと座いす部分を分割した。
目の前の家具が折り重なって瓦礫と化したのを見て、ドグが悲鳴を上げる──。
「ひいっ……ひいいぃいいぃいいっ!?」
(わたくしとの結婚を七年待ってくれる、上玉の眼鏡男子……。この地に……いないものかしら? ふううぅ……)
フィルルが左右の剣を、同時にピッと振った。
それから切っ先についた木くずを払いながら、心中で大きく溜め息をつく──。