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ノルウェーからやって来た天使さんに、モブで地味で目立たない僕が忍者と勘違いされてしまったのだが?

作者: 夜狩仁志

ノルウェーからやって来た留学生は、諾乳だくにゅう威天使いてんしと呼ばれる金髪碧眼のグラビアアイドル。

彼女が日本にやって来た理由は……

ある人と会うため……

それは……

 高校入学し早1年、無事に2年生へと進級することができた僕、春山勝喜はるやまかつき


 目立つことなく、いじめられることもなく、女の子にモテることもなく、貶されることもなく、

 地味で平穏なモブ生活を過ごしていた。


 そしてそれは、2年生に成っても変わることはないだろう。

 そんな中、4月から新学期が始まり、新しいクラスになってから2週間後の今朝……



 ――始業前の教室――




 いつも授業前は騒がしいのだが、今日はまた一段と騒々しい。


 喧騒の中一人、席で授業の準備をしていた僕に、1年時から同じクラスの千葉君が話しかけてくる。


「おい、春山、見たか? 噂以上に可愛かったぞ!」

「見たって、何を?」


「留学生だよ! 今日からこのクラスにやって来る!」



 ……?


 ………………


 …………そういえば?


 そんな話があったような、無かったような。


「今日さ、職員室に入っていくのをチラッと見たんだが、本物はやっぱりスゲーぜ!」

「へー すごいんだ。どのへんが?」


「全てだよ! 美貌から体つき、オーラ、全てが日本人離れした規格外の女の子!!」

「まぁ、そりやぁ、留学生なら日本人離れはしてるだろうけど」


「お前は……本当にそういうことに興味ないんだな……」

「まあ」


 たしかに今月、うちのクラスに留学生がやって来るという話は、以前どこかで耳にしていた。

 なんでも、その分野では名の通ったグラビアアイドルやってる子で?

 来日するとなって、ちょっとした世間では騒動にまで発展した、とか……


 でも、僕には関係ないけどね。

 そんな子と接することもほとんど無いだろうし、モブな僕とグラビアアイドルのその子では次元が違いすぎて、どうせろくに会話もしないまま1年が経過してクラスが変わってしまうのだ。


 別に仲良くなろうとも思わないし、あんまり興味はないかなー


「ほれ、これ見てみ」


 そんな僕に呆れたかのように、千葉君がため息をつきながら一冊の青年誌を机の上に投げ置いた。


 表紙には、際どいビキニ姿の金髪碧眼の女の子。


 見出しには、


諾乳だくにゅう威天使いてんし、来日!!』


『悩ましいフィヨルドボディーの持ち主』


『ノルウェーの美少女に、君も“ノルウェー(乗る上)?”』



 ……


 …………なに? これ?



 まるで美術の教科書に出てくる古代の彫刻の女神様のような整った顔立ちの美少女。

 長くサラサラな金髪、蒼い瞳、雪のような肌、そしてなによりも日本人離れしたふくよかな身体。


 このクラスに留学生ってことは、同い年ってことでしょ?

 同年代なのにこの美しく整った体つき。

 大人と変わらないくらい……特に胸なんかすごい迫力だ。


 それ以前に、この表紙にあるキャッチフレーズはなんなの?


「……この、諾乳威天使って、なに?」

「この子の出身地ノルウェーは、漢字で表記すると“諾威”っ書くらしいんだよ。

 で、それをもじって爆乳が諾乳、天使のような美しさから、威天使って呼ばれてるんだよ」


「ふぅ~~~ん」

「あのな! お前、少しは興……」


 と、そこに担任の先生が入ってきた。


「早く席につけ~~!」


 席から飛び散っていた生徒達が、先生の怒号により一斉に着席し、教室内は静まり返る。

 そして号令がかけられ挨拶が終わると、待ちに待った先生からの留学生の紹介が始まった。


「え~~ もうみんなも知ってると思うが、今日からこのクラスに留学生がやって来る。いろいろと分からないことだらけだろうから、みんな協力して助けて上げるように」


「「「「はーい!!」」」」


 という威勢のいい男子生徒数名の声が響き渡る。


 先生は一度教室を出て、再び入ってくる。その先生の後ろをついてきたのは、その渦中の美少女。


 紛れもなくあの雑誌に載っていた子だ。

 いや、実物の方がより現実離れして、グラビア以上に美しさが際立っているように見えた。


 騒いでいた生徒たちも、そのあまりの非現実的な美しさに言葉を失った……


 学校指定の黒いセーラー服に紺のソックスという出で立ちに、見方によっては白銀とも白髪とも見れる金髪。

 このギャップの差と、神話の世界に登場するかのような美貌が、僕たちを非現実的な世界へと導く。

 彼女は本当に同じ人間なのかと、異世界から召還されたのかと思えるほどの美しさ。

 雑誌の写真だと、加工してあるとかIAが描いた画像だとか、心無い批評が噴出するだろうが、こう目の前にその生きている姿で現れると、だれもその美しさをぐうの音も出ないほど認めざるをえなくなってしまうレベルだ。


 そのうち教室の隅からは、男子生徒の感嘆とため息と、女子生徒の羨望の嘆息が漏れる。


 僕たちが美しく貴重な芸術品を眺めている……そんな美術館にいる様な静かで張り詰めた空間を先生が切り裂いた。


「今日からみんなと一緒に過ごすことになった、ノルウェーから来たイングリーデゥ・エルスタッドさんだ」


 そう紹介し、日本語に不馴れであろう本人に変わって、名前を板書する。

 そして彼女に自己紹介するようジェスチャーで促す。


 イングリーデゥと紹介された天使さんは、小さく微笑みうなずいて見せて、半歩前に進む。


 誰もが彼女の第一声に耳を傾けた。


 いったいどんな声を発するのだろう?

 管弦楽器のような美しく気高い声を奏でてくれるのか?

 遠く見たこともない異国のノルウェーの言葉は、どんな発音をするのか?

 美しい女性はいったいどんな口調で、我々を魅了してくれるのか?


 誰もが注目する中、


 彼女の表情は臆することなく、


 うっすらと笑みを浮かべた口が……



 ゆっくりと開かれた。






「オッス!! オラ、リード!!」






 え!??





「オラはNorge(ノルゲ)(ノルウェー)からニンジャに会うためにやって来た、norsk(ノシュク)(ノルウェー人)……


 おだやかな心をもちながら、


 ダイナマイトなボディをもって目覚めた話題のグラビアアイドル……




 イングリーデゥ・エルスタッドだ!!!!!」






 ……新しいクラスになって2週間目。


 ……初めて一緒のクラスになる生徒や、


 ……初めて目にする子、話す子がいるこのクラスで、


 ……この日、みんなの心が初めて一つになったのだった。




 ……あぁ、


 ……この子、


 日本の漫画やアニメで日本語を覚えた感じの子だ……



「じゃあ、みんな仲良くするように」


 先生は投げやりな言葉を発し、彼女を僕たちに押し付けるようにして、その場の紹介を終えてしまった。


Hyggelig å(ヒッゲリ オ)møte deg(モーテ ダイ)!」(みんなに会えて嬉しいです!)


 なにも知らない北欧からの天使さんは、罪のない無邪気な笑顔をまわりに振り撒く。


 うん~~

 これは……

 彼女とはあんまり関わらない方がよさそうだな。

 そっとしておこう。

 所詮、僕と彼女とは住む世界が違うのだ。

 大丈夫、きっと彼女のことなら、他の生徒達が助けてくれるだろう。

 アイドルは直接話すものじゃない。遠くで眺めてるのがちょうど良いのだ。


 この日一日、授業合間の休憩時間や休み時間、常に彼女の周りは群衆で溢れかえっていた。

 本当に芸能人みたいだ。

 一目見ようとする者や、お近づきになろうとする者、仲良くなりたい者など、学年クラス問わず、ひっきりなしに生徒が押し寄せていた。


 僕はそんな様子を自分の席から眺めているだけだったが、

 まあ、みんな必死に話しかけようとするのだが、すぐに返り討ちにあい、ろくに会話もできず去って行くのだった。


 そしてまた一人……


「やあ、俺さぁ……」

「オッス!!」


「え? あ、お、おっす?」

Jeg heter (ヤイ ヘーテル) Ingrid( イングリーデゥ).(私はイングリーデゥ)

 Hva heter(ヴァー ヘーテル ) du(ドゥ)?(あなたの名前は?)」


「え? えーっと……」

Vennligstヴァンリクストゥ kallコゥル meg Rid(マイ リード).(リードって呼んで)」



 ここから聞いてても、なに言ってるのか分からないのだ。

 僕もそんなに英語が得意じゃないし。

 というか英語じゃないよね。

 ノルウェー語?


Jegヤイ likerリーケル ニンジャ!(私は忍者のことが好きです)」

「はあ?」


Jeg være(ヤイ ヴァーレ) interessertインテレス i dataspillダータスピル ogオゥ tegneserieタイネセリア.

 Derforダルフォ studererストゥデーレルjegヤイ japanskヤーパンスク

(ゲームや漫画に興味があって、そのために日本語を勉強しに来ました)


「ん……え~っと……」


Jeg vil(ヤイ ヴィル)reラーレ myeミーエ ニンジュツ!」

(もっと忍術について勉強したいです!)


「まぁ……その……なんだ……よろしく」

Takk(タック)!」(ありがとう)


 みんな言葉の壁に阻まれて、去って行くのだった。


 僕もよく聞き取れないし。かろうじてニンジャとか聞き取れるけど、ノルウェー語でニンジャって、いったいどんな意味なの?


 まあ、しょせん僕と彼女は住む世界が違うのだ。

 あまり関わらないでおこう。



 しかし……


 そんな願いは1日ももたなかったのだ……



 放課後、僕は自分が所属している茶道部へと向かおうと準備をしていたところだった。


 学級委員長の女の子、柳田さんが彼女を連れて僕のところまでやって来たのだった。


「春山君……ちょっと、いいかな?」


 疲れ果てた柳田さんの表情が全てを物語っていた。

 なにも分からない彼女の世話を押し付けられたのだろう。

 そしてこの子から大量の質問責めにあっていたのだろう。対応に苦慮して考え末、僕のところに来たというわけだ。

 もう頼れるのが僕しかいないのだろうか?

 仕方がない。ここは覚悟を決めて、人助けと思って助けてあげるか……


「あのね、学校を案内してほしいんだって。それと、部活に入りたいから、見学して回りたいんだって」


「オッス!」


 目の前で無邪気に微笑むノルウェーの天使は、僕にとっては悪魔にしか見えない……


「それと……なんか、忍者に会いたいらしい」

「……は?」


「お互い英語で会話してみたんだけど、どうやらそうみたい」

「忍者……ねぇ……」


 張本人へと視線を向けると、元気よく「オッス!!」と言葉を返してくれる。


 この挨拶も……なんとかならないものかね。


 せっかくの美人でも、この間違った日本語で全てが台無しになってしまう。


 そんなことを、彼女の顔を眺めながら見ていると、



「エー アナタのネイムは、ナンですか?」


 と、先にたどたどしい日本語で僕の名前を尋ねてきた。


「え? あ、ああ……勝喜、春山」

「オー カツキ!  Hyggeligヒッゲリ!」


「よ、よろしく?」

「オラ、イングリーデゥ・エルスタッド!」


「……イングリッド? エルタッド??」

「リードで呼んでデース!」


 リードさんって呼べばいいのね、はいはい。


 さて、これから校内を案内するにしても、先ずは言葉遣いだのね。

 部活紹介する時に、部員の人に挨拶する時、こんな言葉使いじゃ、せっかくの美少女も幻滅されちゃうからね。


「あのね、リードさん?」

「オッス!」


「その……オッスって言うのは……」

ヤーパン(日本)の挨拶!!」


 ん~~ ちょっと違うんだよね。


 日本の挨拶って、なんて説明すればいいんだろう?

 “こんにちは”って教えればいいのかな?

 でも、部活の時は昼過ぎでも“おはようございます”だし……

 やあ?とかヘイ!は馴れ馴れしいし……

 職員室入る時は“失礼します”だし……

 お店入る時は“すいません”って入ったりするし……


 とにかく美少女が“オッス”言うのはおかしい。


「あ、あの、リードさん?」

Hvaヴァ(なに)?」


「オッスは……格闘家? ファイターの挨拶」

「おー ファイターのアツアツ?」


「その……忍者は、オッス言わないの」

Hvorforヴォルフォ?(え?ほんと?)」 


「あと、忍者は自分のことを“オラ”とも言わない」

「Ah……」


「普通は自分のことを“ワタシ”って言うんだよ」

Jaヤー ワタシ……ワタシワタシ?」


「その……挨拶は……なんだろう?


 ……えーっと、


 “ごきげんよう”かな?」


「ゴキ……ゲン? ヨゥ?」


「そう。ごきげんよう。これが本当の挨拶」


 “ごきげんよう”なら時間も場所も関係ないし、先輩後輩先生と、誰にでも使えるから……

 いいかのかな?

 変なこと教えてないよね?


 リードさんは可愛らしい唇をもごもごさせながら「ごきげんよう……ごきげんよう?」と呪文のように繰り返し発音する。


「そう、ごきげんよう」

「ごき!! げん!! ようー!!

 ワタシは! ごきげんよう――!!」


 こんな元気一杯の“ごきげんよう”聞いたことないけど、まあ間違ってないからいいかな?


 こうして……

 日本人でもあんまり言っているところを耳にしない、名門女子高に通う女生徒が使うような言葉を、バリバリの金髪碧眼の美少女外国人がセーラー服を着ながら“ごきげんよう”と叫びながら歩くのだった。

 習いたての新しい日本語を使いたくてしかたないリードさんは、すれ違う人全員に“ごきげんよう”していくのだった。


 こうして校内案内と部活見学が(彼女にとっては忍者探し)始まったのだが……


 各学年の教室を案内しても……

「ニンジャは? ニンジャの教室は??」

「……ないよ。ここは普通科の高校だから」


 体育館を案内しても……

「ココはニンジュツ(忍術)ドージョー!?」

「普通に、剣道場と柔道場だよ」


 プールに連れてっても……

「ココでスイトン(水遁)のジュツを!?」

「プールだよ。見たことあるでしょ? ノルウェーにもあるでしょ?」


 特別教室を連れてけば……

「ココでカヤク(火薬)ドク()の……」

「理科実験室」


「ニンジャ飯!!」

「調理実習室。普通のご飯を作るところだって」



 はぁ……


 疲れる……


 どこへいつても忍者、忍者と……

 しかもリードさんが行く先々では、必ず人集りができるので、のんびり校内を案内することもままならない。


「カツキ! カツキ!」

「なに今度は?」


 いつの間にか僕のことを、下の名前で呼ぶようになってるし。


Sirkelセィキュルは??」

「……?」


「サークル?」

「ああ、部活ね」


「ワタシ、しの部!! 探してマス!!」

「はあ?」


「“しの部”はドコデースか?」

「しの部?」


 ……


 ……しのぶ?


 ……忍?


「もしかして忍者部にんじゃぶということ?」

「ヤァ――!!」

「無いって! そんな部活!」


 もうリードさん一人おいて帰ろうかな……


 いつの間にか柳田さんも、委員会があるからって言って、どっか行っちゃったし。


「カツキは?」

「え、なにが?」


「サークルは?」

「僕? 僕は茶道部だけど……」


「サドウ?」

「ん~ 難しいな。なんて説明すればいいんだろう?」


 ティーセレモニーって言うんだっけ?英語では?

 じゃあノルウェー語では…………


 言葉で説明するより、連れて行った方が早いかも。


「じゃあ、これから一緒に行く?」

「ヤァ!!」


 あまり乗り気はしないのだが、結局茶道部の部室である和室まで一緒に行くことになってしまった。


 そして和室の前までやってくる。


「ここ入ったらだけど、靴は脱ぐからね」

「ヤー」


「ちょっと待っててよ」

「ヤー」


 いきなりリードさんを入室させると大変なことになりそうなので、先に中に入って、茶道部部長である秋芳あきよし先輩に事情を話しておくことに。


「おはようございます。部長」

「おはよう、春山くん。遅かったね、どうかしたの?」


 幸い中には、他の部員はいなく部長一人しかいなかった。


 この秋芳部長も校内で知らない人がいないほどの美少女なのだ。

 僕の一つ上の学年で3年生の部長は、茶道部部長という名にふさわしいほどのアイドル顔負けの美貌を持ち合わせ、黒く艶々の長い髪を持ち合わせた、いわゆる才色兼備の大和撫子。


 ここに、ノルウェー出身の金髪碧眼の本物のグラビアアイドルが、今から対峙しようとしているのだ。

 周りからみたら両手に華とか思いそうだけど、当事者としては気を遣ってストレスがたまるだけだ。


 というわけで、部長に事の顛末を説明する。


「なるほどねー」

「というわけで、今そこまで来てまして…………」


「ごき! げん! よ――!!」


 あ――!!

 待ちくたびれたのか、勝手に入ってきた!!


Jeg heter (ヤイ ヘーテル) Ingrid( イングリーデゥ)! 私はニンジャに会うために、ヤーパンに来たのデス!!」


 本当に?

 忍者に会うために来たの?

 そんな不純な動機で留学してきたの?


「ハゥ!!? コ、コレはタタミ()!! まさしく畳!!」

「ちょっと、勝手に入ってきちゃ……」


 今や普通の国内の家屋でも見ることが少なくなった和室を見て、驚愕するリードさん。

 宝石ような美しい色の瞳を輝かせて、物珍しそうに周囲を見渡す。


「こ、これは! まさしくチャドゥー!!」

「チャドゥー?? これ、茶道っていうんだよ」


「チャドゥーはニンジャのたしなみ、暗殺術!!」

「違うよ、茶道は教養だよ」


 あぁ、きっと何かのマンガかアニメで、間違った日本文化を学んでしまったのだろう。

 チャドゥーってなんなの?

 忍者関係ないし。


「アナタが、シノビマスター? デスか?」

「私は茶道部部長の秋芳よ。よろしくね」


 床の間の前で静かに正座しお茶を飲む部長に、興奮しながら詰め寄るリードさん。

 そして和室内を勝手に物色しだすリードさん。


 掛軸をめくったり、畳を剥がそうとしたり……


「カツキ! コレはドク!!」

「抹茶の粉だって」


「見つけた! シュリケン(手裏剣)!!」

「これはお菓子食べる時の楊枝ようじ!」


「コ、コレは! バクハツシサン(爆発四散)!!!」

「ただの茶釜だってば!! 爆発しないっての!」


 よほど何かのアニメに感化されたのだろう。

 それはもう必死すぎて、しまいには部長に掴みかかる。


「ニンジャ! ニンジャはドコだ!! でてコイ!!」

「リードさん、やめなって! 居ないから! ここに忍者なんていないから!」


「ん~~ 忍者さんはいないけど、これならいるかもね」


 胸ぐら掴まれても冷静な部長は、スマホを操作し何かの写真をリードさんに見せる。


 そしてそれを食い入るように見つめるリードさんは、動きを止め突然叫ぶ。


Herregud(ハレギューデゥ)!!」


 なんだ?

 なにかすごい驚いた様子だけど?

 いったい何の写真を……


 僕も後ろからスマホを覗くと……


 ……これって、


「部長、この写真って、去年の文化祭の時の僕じゃないですか?」


 去年の文化祭で茶道部はお茶会を開き、お点前をしたのだが、その時僕は着物に袴を身に付けてお点前したのだった。

 その時の様子を写真に撮っていたのだろう。僕の和服姿の記念写真をリードさんに見せたのだった。


「カ……カツキ……??」

「え? なに? どうしたの?」


 小刻みに震えだすリードさん??


「カツキ……オマエ……だった……ノカ??」

「え? なに? なにが?」


 なにか……勘違いしてない?

 僕が忍者とか??


「見つけたゾ、ニンジャ!!」

「ちが―――う!!」


 生き別れの行方不明だった家族が、数十年ぶりに感動の再会したみたいな?

 目を潤ませて僕を覗き込むリードさん。


 そ、そんな顔で期待と羨望とで溢れた目で、僕を見ないでくれって!


 そんな風に見られたら、否定するのも辛くなっちゃうじゃないか。


「フフフ……もう、逃がさないのデース」

「大変申し上げにくいんだけど、僕は……」


「能あるニンジャは爪を隠して、尻隠さずデース!!」

「能無し忍者も、お尻はちゃんと隠すって……」


「ワタシ、決めマシタ……」

「え?」


「チャドゥーサークル、はいりマースデス!!」

「えー!!」


 やばい……

 なんか、すごく気に入られた?


 こうしてクラスで一番目立たなく地味で存在感のないモブな僕と、誰もが羨む美貌と身体を持つ超絶ハイテンション娘との関係が始まったのだった。



 ことあるごとに僕を監視するリードさん。


 体育祭後の誰もいなくなった校庭のゴミを拾っていると……

「カツキ? それはマキビシ回収か?」

「違うって。ごみ拾ってるだけだよ」


 先生に授業で使うプリントを印刷するよう頼まれたら、職員室の扉の隙間から……

「カツキ? それは国家機密書類??」

「ちょ!? なに覗いてんの? 先生にプリントの印刷頼まれたから、刷ってるだけだよ!」


 放課後の掃除当番が、サボって帰っちゃったあとの教室……

「カツキ? 教室に盗聴機?」

「教室を掃除してるだけでしよ」



 ―――こんな日常が続き、1年が過ぎていった―――



 リードさんは、すっかり日本の生活に慣れ、言葉もだいぶ覚えてきたのだった。


 帰りは何故か僕と一緒に下校。

 同じ部活動だから、帰る時間も自然と一緒になるだけどね。


 今日も夕暮れ時に2人並んで帰るのだった。

 そして今時の学生っぽく、買い食いしながら世間話なんかをして歩く。


 リードさん曰く、ノルウェーは物価が高いから外食とかは、ほとんどしないらしい。しかも16時位には人々は帰宅してしまう。

 だから日本の学生が放課後仲良く下校し、途中ファーストフードに寄ったりして夜までお喋りするのに憧れていたそうな。

 しかもノルウェーの人たちは、無類のコーヒー好き。


「暖かいのは良いことデース」

「もう春だからね」


 実際今日も学校帰りに2人でファーストフード店に行って時間を過ごし、ホットコーヒーをテイクアウトして飲みながら歩くリードさん。


 最初はどこへ行っても注目されたリードさんだったが、今ではすっかりこの街に馴染んでしまった。

 店にいても、こうやって僕と2人で歩いていても、普通の女の子と変わらない。


 最初の頃は、そりゃあ大変だった……


 あれからそろそろ1年経つのかぁ……

 日本語もだいぶ上達したし、生活にも慣れてきたようだ。

 しかもその天使みたいな美しさは、一段と輝きを増したかのように見える。


ノルゲ(ノルウェー)は寒くて暗いデースから」

「そうなんだ」


 暖かくなり顔も緩みがちのリードさん。


ヤーパン(日本)はチチがあって、いいデース」


 乳??


 ……


 …………?


「四季じゃなの?」

「ヤー! 四季デース」


 あー 

 日本語は、まだまだだね。


「それに、チンチがよく腫れて、気持ちいいデース」


 はぁ? 

 チンチンが腫れる??


 ……


 …………


「“天気がよく晴れて”、だよね」

「ヤー! そうデース」


 あんまり道の真ん中で変なこと言わないで欲しいんだけど。


「それに、暖かいとすぐ眠くなりマース」

「リードさん、今日の部活も、爆睡してたからね」


「これはいわゆる “チンチン腰突きを覚える” と言うやつデースね」


 ……!?


 …………


「……それを言うなら“春眠暁しゅんみんあかつきを覚えず”って言うんだよ」


 授業で覚えたての単語を、豊満な胸を張りながら偉そうに発するのだった。


「でも……」

「でも?」


「本当にヤーパンに来れてよかったデース」

「それはよかった」


「ニンジャにも会えました!」

「へー よかったね」


 忍者なんかいないって。

 まだ勘違いしてるんだから……


「でもワタシの思ってたニンジャとは違いました」

「リードさんが思ってた忍者と違う?」


 小さく頷くリードさん。


「ニンジャは強くなかったデス」

「強くなかったのかー」


「怖くなかったデス」

「怖くない忍者かー」


「人を殺さないデス」

「そりゃあ、事件になるからね」


「人を助けるのデス」

「へー」


「人知れず、人助けするのデス」

「ふう~ん」


 たしかにそれは僕のイメージしてる忍者でもないね。

 そもそもいないんだけどね、忍者なんて。


「そして……意外とすぐに見つかったデス」

「へー 見つけられたんだ」


「近くにいたのデス」

「……強くなくて怖くなくて、近くですぐ見つかるって、そいつは忍者失格なんじゃ?」


「まさに “兄弟穴暮らし” デース」


 ……?


 …………?


「……それ“灯台もと暗し”って言うんだよ」


 そんなことを嬉しそうに話すのだった。


 そしてしばらくの沈黙。

 うつむきながら歩くリードさん。

 しばらくしてボソッと呟く。


「…………ニンジャは優しかったデス」

「ほぉー」


「なにも知らなかったワタシを助けてくれたのデス」

「直接会ったことあるんだ」


「ヤー!! 見た目は普通の人でした」

「へー 普通の人ねー」


「ニンジャは見た目は普通の人で、人知れず人助けするヒーローだったのデス!」

「忍者がヒーローか。面白いね」


「これぞ “便所下のチンコ持ち”!! なのデース!!」


 ……?


 …………リードさん、それ違う。


 “縁の下の力持ち”


 便所でチンコ持っちゃダメ!


 どこまで本当なのか分からない。

 また変なアニメでも見たのか、勘違いしたのか…………

 ただ、今のリードさんの表情は何の曇りもなく清々しく、うっすらと微笑みを浮かべて、幸せの中にいる様な穏やかで美しい顔をしていたのだった。


 そして透き通るような春の淡い青空に、輝く碧い瞳を向けながら小さく呟くのだった……


「Jeg elsker deg.


 Jeg er glad for å være sammen med deg.


 ……vær min kjæreste」



 …………そっか、


 なるほどね。


Tusenトゥーセン takkタック(どうもありがとう)!!


 Medメドゥ gledeギレーデ(喜んで)!!!」


 僕がそう返事をすると、まさか予期せぬ返答が返ってきたようで、

 リードさんが空のような青い瞳を大きく見開き、

 その澄ました顔が、驚きでみるみる歪んでいく。


「カ、カ、カ、カツキ??

 意味、分かるのか??

 Norsk(ノルウェー語)分かるのか!?」


「そりゃあまあ、一年近く一緒にいればね。自分でもちょっとだけ勉強したし」


 リードさんの雲のように白い頬が、瞬く間に夕陽がさしたかのように赤く染まる。


Herregudハッレギュー!!!!!!!

 Å neiオー ナーイ!!

 Nei nei nei nei nei!!

 Oj oj oj!!!」



 あーあ。

 驚きのあまり、大好物のコーヒー落として……

 金色に輝く髪を振り乱し、

 その場でうずくまり、

 頭を抱えて苦悶してる。


 きっとリードさんが、自分で口にした言葉があまりにも恥ずかしすぎて、悶え苦しんでいるのだろう。


 黙っていればよかったかな?

 ノルウェー語を勉強していて、実は今の言葉を聞き取れるってことを……


「違う!! 違う!!!」

「え? 違うの?」


 顔を真っ赤にして立ち上がり、全力で否定する。


「違くない!!」

「どっちなの?」


「こ、こ、ここ、これはデスね……


 そ、そう!!


 順逆自在じゅんぎゃくじざいの術なのデ――ス!!」


「はあ?」


「今ワタシが言ったことは、カツキが思ってることなのデース!!

 ワタシの気持ちじゃないのデス!!

 これは忍法なのデ――ス!!

 読心術なのデス!!

 だからワタシは違いマース!!

 カツキが思ってることを代わりに話しただけなのデ――ス!!

 ワタシ、知らないデス!

 カツキが言ったことデ――ス!

 恥ずかしいデース!!」


「まあ、そうだけど?」

「ハ! ハゥ!??」


「僕もそう思ってるよ。僕はリードさんのこと好きだし。一緒にいられて……」

Holdホール kjeftシャフッ!!(黙って!!)」


 取り乱した様子で、散々僕に怒鳴り散らした後、プイっとそっぽを向いて、今度は一人先を歩きだすリードさん。


「先行っちゃうの? 今さっき言ってたのに? 一緒に…………」

「Kjeft!!」


 ふぅ~~

 まぁ、

 なにはともあれ、よかったよかった。


 リードさんが日本に来て、探し求めていた忍者に逢えたのだから。

 かくゆう僕も、存在しないと思っていた美しい天使と出逢えることが出来たのだから……

お読みいただきありがとうございます。

ノルウェー語、間違ってたら、ごめんなさい。


こちらは本編「僕は茶道部部長に弄ばれる」のサイドストーリーといいますか、別の世界線でのお話というんでしょうかね。結末は違います。二人はくっつかないです。はい。

書いてて短編でもいけるんじゃね、って感じで試しに投稿してみた次第です。


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