隠れた感情
「分かるよ。だって、その人が別の女の子と遊んでる姿とか想像すると、胸が苦しくなるから。実際は物理的になにも起こっていないのに、痛いって思っちゃう」
それが恋なんだよ、と舞奈が感慨深く呟いた。葵は首を下げて黙り込む。桐原教論と別の女の子が仲良く話している姿を浮かべてみる。
ぎゅ、と心臓が握りしめられる痛覚が襲う。唇を噛み締めると、大きく息を吸う。酸素が入り込むにつれて、痛みは散々してしまった。二酸化炭素を吐き出すように。
舞奈は、顎に手を当てる仕草を取る。しばらくすると、軽く微笑みを浮かべ、葵の顔を覗き込んだ。
「な、なに?」
「好きな人できちゃったんだ、葵にも」
反射的に葵は、手を横に振る。だが、舞奈には誤魔化しが通用しない。
丸い瞳を鋭く細める。提案、と勢いのある口調。
「少し公園に寄って帰らない?」
舞奈の鋭利な視線が、葵の身体を縛り付ける。唾を飲む音が、意図せず喉から鳴ってしまう。葵は、迷いながらも頷くと校内を出た。
辿り着いた先は、近所の一角に設けられた公園。花壇には赤と青色のパンジーが埋められ、砂場には三人組の小学生と思わしき児童が服を汚していた。
「舞奈には関係ないでしょ。私が誰かのことをどのように思っても」
舞奈が駆け足でブランコに乗る。両足で宙を蹴り、折り返して風を生み出す。きぃ、と甲高い軋み音を泣かせながらブランコが踊る。もはや、スカートを纏っていることなど気にしない様子。
「そうかも。でも、それはあたしも同じこと。昨日の昼のことは忘れてないよね?」
「告白するってことについてだよね」
「ずっと思うんだ。自分の気持ちに蓋をして過ごすことに、果たして意味があるのかなってさ」
見上げた空に向かって、舞奈が声を投げる。葵は、口を開かない。否定することも肯定を押すこともできないのだ。さらに、舞奈の言葉は続けられる。
「存在が消えることは、勿論怖いよ? でもね、あたしはそれ以上に気持ちを押し殺してなかったことにする。その方が嫌なんだ」
「……私には、舞奈の意見が正しいのか不適切なのか分からない。ただ、親友を失うことは悲しい。それだけ」
葵は、靴で隠れた爪先に視線を落とす。震えた拳。力なく首を左右に何度も振る。
「ありがとう。あたしも葵と出会えて本当に幸せだよ。決めた、先輩に告白する。多分、葵にこの決心と心の呟きを聞いて貰いたかったんだと思う」
それとね、と舞奈は諭すような声色で再び紡いだ。
「もし葵が告白するか迷う時が訪れたら、あたしの言葉を思い出して欲しい。隠すことが正解だとは限らないと思う」
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