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日常と親友

 茶色の焦げみが付いた食パンの上にバターを乗せ、手早く口に放り込む。歯先で砕ける軽快な食音。遅れてバターの甘さと塩味が舌に絡み付き、鼻筋に香ばしい匂いが滑り通る。


「葵、時間大丈夫なの? 高校二年生でしょう。寝坊だなんて呆れるわ」


「言われなくても知ってるって!」

 

 葵は、自室の机に置いていた鞄を引ったくる。リビングを駆け走り、玄関へと急ぐ。背中から、溜め息をこぼす母親。革靴に爪先を捻じ込むと、取手に手を伸ばし荒く扉を開いた。

 行ってきます、と後ろに叫ぶが、返答は届かない。否、母親が言葉を返すはずがない。

 力を込めて扉を閉めると、吹き抜けた風で前髪が軽くなびく。


「嫌味ばっかり。家族なんて形だけ」


 機械的に家事を行う母親。平日は賃金を稼ぎ、休日はどこかへ出掛けてしまう父親。

 登校通路を駆け抜けながら、葵は眉根にシワを浮かばせる。目上げた空模様は、灰色の雲空に覆われていた。


 


 ■□■□



「葵はさ、好きな人とかできたことないの?」


 首を横に振り、葵は否定を示す。二つの机をくっ付け、片手にメロンパンを掴んでいる。

 騒がしさが広がっている教室内。男女の談笑声が、勝手に鼓膜へと流れ込む。

 目の前には、制服姿に身を包んだ少女が一人。肩から背中に伸び下ろされている髪をかき分け、葵に視線を向けている。

 小学校から高校まで同じ学校に進学するにつれて、友人から親友とも呼べる立場にまで育った。雰囲気からして凛々しい顔立ちに変化したものだ、と葵は胸内で呟く。


「そういう舞奈は好きな人いるの?」


 微かな沈黙。次いで、舞奈の首がゆったりと前に倒された。人形のようにくるりとした瞳が下に落とされてしまう。頬が、朱色に塗り替えられる。


「誰にも言わないでよ? 一つ上の先輩。部活が一緒の」


「舞奈には春が訪れていたんだね」


 それでどうするの、と葵が続けて問う。

 舞奈は意味を理解したように、瞳を難しげに細めた。胸元に手を当て、深呼吸。覚悟を決めたかのように目元に力を入れ、口元を開いた。


「この感情を伝えようかなって思う」


「え、だってそれは……!」


 葵が机の端を掴み、立ち上がる。すると、教室内のざわめきが静まった。周囲の奇異な視線に気付き、苦笑いを貼り付けながら椅子に腰を下ろす。何事もなかったかのように、再び元の盛況さが教室を襲う。

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