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5さいの記憶(全部ほんとうのこと)
私は病院のベットの上にいた。
小児病棟はナースステーションから
全部の病室がガラスの壁で見通せた。
ナースステーションの隣の病室にはカプセルに入っている赤ちゃんがいた。
おなかがまん丸にふくらんだおむつだけの赤ちゃん。
お母さんが赤ちゃんかわいそうねと言った。
その夜
消灯の時間が過ぎてみんなが眠りについたとき
地の底から湧き上がる様な唸り声
泣き声だとは思わなかった
人の声だとは思わなかった。
悲しむ声とは思わなかった。
赤ちゃん亡くなったのねとお母さんが言った。
ああ、あの赤ちゃん
赤ちゃんのお母さんが廊下にいた。
このお母さんの声が私に
教えてくれた。
水の底の声にならない私の声
ああ、この声だった。
私は死んだのだ、
海の底で、苦しい、海の底で
私は死んだのだ。
何度も何度も、同じ夢を見た
生まれて初めての私の記憶は
苦しい海の底だった。