7. 礼には礼を
境界の森は難なく通り過ぎた。
リョクの加護のお陰で、『どう行けば良いか教えて』と森にお願いしたら植物が道を作ってくれた。最短のルートで森の出口に着いた!
「これは……」
シアが言葉を失った。
目の前に草原だったものが広がっている。所々焦げていて、所々煙が上がり、いたるところに剣や折れた矢が刺さっている。土は抉れ、点在する木々に葉はなく、枯れているものもある。明らかに戦いの後だ。
私は『端末』を開いて現在地を確認する。
「やっぱり……。ここはこの前まで戦争してた国だよ。アナローグ国がデジタール国に攻め込まれて負けたの。戦争処理の過程で危ない思考が炸裂してて調整が大変だった」
「そうですか。愚かなことですね」
「シア?」
「同種族で殺し合うなど」
「………本当にそうだね」
…………戦地跡って、本当に荒野になるんだね。
知識として戦争は知ってるし、それで世界が多少なりとも傷つくのは知ってる。でも実際に見てみると傷跡に哀しみが込み上げてくる。
ここを魔法やスキルで治すことは簡単にできるけど、それは禁止されている。傷は傷付けた者達がその責を負わなければならない。逃げることは許されないのだ。
ここでどんな戦いが在ったのか、私は知ってる。沢山の人が亡くなり、沢山の植物が焼かれ、そして逃げ遅れた動物達も巻き添えになった。ここはそんな哀しい場所。死の臭いが立ち込め、瘴気が渦巻いている。魔物が沢山発生するだろうし、瘴気が濃いから精霊も近づかない。この場所が元に戻るには沢山の時間が必要だ。そんな場所が世界にまだまだある。人が戦争を起こす度、大地の傷は増えていくから。
これが地上。私が管理する世界の一つの側面。………楽しいだけの場所じゃないんだ。
「はぁ………」
突き付けられる現実にため息が零れる。
しばらく風に吹かれるまま、哀しく寂しい風景を眺めていたけど、遠くで人の気配を感じ、『端末』を開いた。
そうは言っても、やっぱり。
「物騒な所より平和な場所がいいよね」
よし。切り替えよう。
何処にしようかな。紅茶の名産地ドージリン王国、海鮮の産地フナーモル共和国、農業大国パンチェッタ王国、んー……あ、ここダンジョン多い。小さな国なのに。へぇ、面白そう。うん、よし。決めた。
「シャンパール王国に行こう!」
座標をダンジョンが多い場所の近くの町、の近くの森に指定して。座標近くの動物の生命反応の有無を確認。………なし。
突然現れたらびっくりしちゃうからね。私はちゃんと配慮ができる五歳児なのだ。えへん。
「シア。転移するよ」
シアの擬態を確認して、転移。座標通りの森に移動した。
「わぁ……!」
そこに広がるのは、先程とは全く違う緑と生命に溢れる光景。風に揺れる木々や草葉達。虫が飛び交い蝶が舞う。まさに理想の森。
「………そう、これ!これだよね。これが本来の世界の姿。これを壊したらダメなんだ」
私の中で、保留になっていた戦争関連のお仕事の処分が決まった。
「ちょっと待っててね。シア。お仕事しちゃうから」
『端末』から保留の書類や思考データを取り出し、破壊や破滅を願う部分を『消去』し、独占欲を丸ごと『消去』、利権を追求する思考を九十パーセント『消去』して、実行した。これで戦争立案者やその配下達からこれ以上の蹂躙は無くなるはずだし、少しは平和になると思う。そもそも世界を自分のものにしたいなんて愚かすぎる。世界は誰かのものじゃない。世界に生きる全ての生命の共有の宝物なんだから。大事にしないとダメ。
「よし、完了!お待たせ、シア。町に行こうか」
ここからは歩いても町までそうかからない、はず。
くぅ~。
お腹が主張を始めた。
………お腹空いた。まずはご飯、だね。
近くのカラフルなキノコに「座ってもいい?」って聞いたら、ポンッと大きくなって椅子みたいになってくれた。キノコはいつも優しいよね。お願いすると座り心地良くしてくれるの。
ぽよん、と座るとぱふんと少し粉が舞った。ふふふ、楽しい!
鞄からスイのお弁当を取り出した。パンの間に野菜やお肉や果物が入ったスイ特製サンドイッチ。
「シアも食べる?」
「私は一月ほど食べなくとも平気ですので大丈夫です」
「そうなの?便利だね」
「大賢者様は」
シアは首を持ち上げてキノコを見た。
「自然に愛されてますね」
「うん。みんな優しいよ」
植物達は多くは語らないけど、いつだって優しい。お願いすれば協力してくれるし、分け与えてくれる。私はみんなが大好き!
「スイのサンドイッチも好きー。美味しいよ!」
ぱくぱくとサンドイッチを食べ終えて、スカートに溢れたパン屑を手で払った。
小さな虫達がそれを巣へと運んで行く。
「ふふ、潰されないように気をつけてね」
虫達がわかった、と手を上げて行進していくのを見守った。
「バイバーイ」
ふふふふふ。楽しいな。この森は凄く素敵な場所。
でも……………。
しゃがんで地面を触ってみる。
ざらつく感触。
――――――――――ここじゃない。
ぱぱっと手を払って立ち上がった。
「キノコさん、ありがとう」
ポンッと元の大きさに戻る。
「少し喉が渇いたの。誰か果物か泉の場所教えて?」
ざわざわっと木々がざわめき、そよそよと草花が反応した。一本の道が出来る。
「ありがとう」
歩いてすぐの場所に赤い果物と湧き水があった。手で掬おうとしたら、近くの大きな葉っぱがしゅるりとコップの形になったよ。そこに赤い実が数粒落ちて弾けた。葉っぱが水を掬うと果汁が混ざってジュースになった。
「みんなありがとう!」
ごくごく飲んだら甘くてちょっと酸味があって美味しかった!
「お礼をしなきゃね」
礼には礼を。フウにいつも言われること。
「ラララ~♪」
光の魔力を少し乗せて拡散させる。
植物には光の魔力は栄養の塊。僅かな量でも足りるはず。
辺りの木々が緑を濃くし、草花達は背丈を伸ばした。
「元気出たよ。みんなありがとう」
これなら町まで歩いて行けそう。
「お待たせ、シア。そろそろ町に行こうか」
木々が葉を揺らし、草花がさわさわと擦れ合う。
引き留められてる?
「んーと?ここに居たいけど、町にも行かなきゃなの。ごめんね」
ざわざわっと木々が騒ぎ、ポンポンっと赤い果実がいくつも降ってきた。
「持っていっていいの?ありがとう!」
近くの綺麗な黄色の花と赤い花がしゅるしゅると茎を伸ばし、横髪に巻きついてぷつりと切れた。鏡代わりに泉を覗くと、左右の横髪をそれぞれまとめて髪飾りになっていた。
「わぁ!可愛い!ありがとう!」
その後もあれやこれやとお土産をもらって、町までの最短ルートの道を作ってくれた。いろんなキノコも貰ったよ。キノコ鍋にしてみようかな。
森を抜けて、町までの一本道に出た。あと三十分くらいで町に着きそう。
「みんな、優しかったね」
「そうですね」
「これから会う『人』も優しいかな」
「どうでしょうか。同種族で争う愚かな者達ですから」
「それもそうだね」
今まで居た森の光景が蘇る。何処にも戦争の跡はなかった。今見ているこの草原にも、感知できる範囲には、少なくとも二百年以上は戦火の跡はない。
「ここに生きる『人』はあの森を維持できる『人』なのかも」
「大賢者様………」
「もし、ダメだったら、あの森を拠点にしてもいいよね。ハンモックあるし」
まだ試していないハンモック。あの森なら良く眠れそう。
「そうですね。私もお側におりますよ」
「うん。頼りにしてるよ。シア」
シアの頭を指先で撫でた。シアは目を細めて気持ち良さそうにしている。
「あ、何か見えてきた」
豆粒程に小さいけど壁のようなものが見えた。一ヶ所だけ少し背が高い。穴が空いてるように見える。
「門、ですね」
「門?」
「町を侵入者や魔物から守る物ですね」
「ふうん」
「門には門番がいるはずです」
「門番………てことは、『人』?」
「そうです」
「な、何話すの?」
「訊かれた事に答えれば良いと思いますよ」
「上手く話せるかな」
「私がサポートしますよ」
「ありがとう」
「ただ私は装飾品ですので、人前では念話にさせてもらいますね」
「念話出来るの?」
《もちろん》
わあ、ホントに出来てる。
《すごいね!シアは!何でも出来るんだ》
《恐れ入ります》
よ、よし。準備は出来た、よね?
初めての『人』。どんな感じだろう。
穏やかなフウのようかな?
朗らかなエンのようかな?
優しいスイのようかな?
リョクのようにのんびり屋さんかな?
近づく門にどきどきが止まらない。
門のそばに大きな男の人が立っているのが見えた。
あれが門番。
緊張で震える足をポンポン叩いて、私は深呼吸した。
読んでいただき、ありがとうございました。