85. あいつとはどいつ?
シアも首を傾げる。
「………本来、竜族は人が立ち寄らぬ高山に住み、他種族とむやみに接触しない頑固で偏屈な孤高の存在、と記憶していますが………」
困惑気味のシアが呟いた。
あ。口調が丁寧に戻ってる。落ち着いたのかな?いつものシアだ。
「……頑固で偏屈って、悪口かよ。ヘビのくせに生意気な………。まぁ、当たってるけどな……」
店長さんはバツが悪そうにそっぽ向いて頭を掻いた。
当たってるんだ!
でもシアの説明はほぼ正しい。そもそも私の次にヴィダの保有数が多い竜は、他種族との交流を拒み、断崖絶壁の高山に生息している。数も数百頭足らずしかいないはず。
でも………このお店に沢山いたよね〜?あれ〜?認識違い?
「……はぁ………。まぁ、その解釈は合ってる。そういう暮らしを求める竜も多い。多いが……」
そこで言葉を切った店長さんは拳をぐっと握りしめる。決意を固める様に。真剣な眼差しで私を見つめる。
何だろう。何かとてつもない理由が???
ごくり。
何だか緊張する。どんな重大決意があったんだろう??
すう、っと息を吸った店長さんはきっぱりと断言した。
「暇なんだよ!」
………はい?
「ただ縄張り守って、洞窟だの崖だのに寝そべってさぁ。することと言ったら雲の数数えるか魔力を高めるために瞑想するだけ。偶に空飛んで鳥型の魔獣叩き落とすくらいだ。それが二千年も続くんだぞ?しかも竜は雑食だから樹の実も野草も魔獣も食べるけど、調理もなくそのまんま。ほぼ毎日変わらない食事だ。飽きるだろ?退屈だよな?初めて人の町で食べた料理の感動は今でも覚えてる。美味かったなぁ……!」
特段何の重要性もない理由だった!
でも。
退屈かぁ。わかるなぁ。毎日が同じ繰り返しだと逃げ出したくなっちゃう。息抜きは誰にでも必要、ってことだよね?それに人の料理が美味しいのも解るよ!だってどれも工夫してあって、種類が豊富で、偶にスイにお願いするけど、まだまだ未知の料理が沢山あるものね!
「人如きが、って蔑む竜もいるけど、俺達はそうは思わない。人は凄い。次々と新しい物を開発して発展させていく。美味い料理に便利な道具。食事を乗せる皿一枚にしたって様々な模様や形を生み出すんだ。それを間近で感じるには商人が一番だろ?このクラード商会はそんな竜の暮らしを嫌い、人の凄さに感動した竜達が集まって作った商会なんだ。もう数千年前の話だ」
数千年?!意外と老舗の商会だった!
「俺の両親の様に属性違いで番になる竜は頭の固い老竜達に追い出される。そういった行き場の無い竜もこの商会は受け入れてる。俺は産まれた時からこの商会にいる。偶に爺さんの顔見に山に行くこともあるが、二属性持ちは歓迎されないからな。それを理由に直ぐに帰る。あんな退屈な竜の暮らし、俺には無理だしな」
「あれ?さっき初めて人の町に行って感動したって言ってなかった?元々生まれた時から人の町で暮らしていたんじゃないの?」
「幼竜は力の加減が難しいし、魔力が安定するまで人に変身も出来ない。クラード商会が保有する絶海の孤島が子育ての場所さ。そこでは、波の数を数えて、樹の実を食べ、魚を獲る生活だったな……」
遠い目をする店長さん。退屈だったんだね。
「竜とは、幼年であろうと老齢であろうと、数えて寝て狩る事しか出来ないのか。さすがは身体が大きいだけのトカゲ」
シア?何だか言葉にトゲがあるよ?
「………否定はしない」
認めた!?
「いや、もう、それしかすること無いんだよ!だから早く人に変身出来るように魔法の訓練してさ。人に変身して一日過ごせるようになったら人の町に行けるからさ。何年も何年も俺達はそれだけを目標に頑張ったんだよ」
「ふうん。大変だったんだねえ」
労ってみたら、店長さんはとても優しい顔で微笑んだ。
「リリーちゃんは優しいな。そこの眷属のヘビとは大違いだ」
ん?
「シアは眷属じゃないよ。シアは従者だよ」
「は?どう見てもただのヘビには見えないぞ?」
「シアはねぇ、私の眷属じゃなくて、水の精霊女王の眷属だよ。借りてるの」
本来精霊女王の眷属なんてなかなかなれるものじゃない。シアは凄いんだよ!
「なるほど……って、眷属は貸し借り出来るのか?!」
「その眷属の主の命令ならね。普通はしないけど」
「……リリーちゃんは眷属いないのか?」
「いるよ。今、精霊王の元で修行中」
んー…………ある意味これも貸し出し中??
「あの、さ………。大賢者を継承するときには、眷属も継承する……のかな?」
「しないよ。眷属は魂の契約。その命を主に委ねること。誰かに譲渡なんて無理。それに大賢者を継承したんじゃないよ。私が大賢者なの」
「うん??前の大賢者から役目を引き継いだんじゃないのか?」
「んー……とねえ。大賢者が世界からいなくなったから大賢者として私が産まれたの。そこにいる子供が大賢者として選ばれたのではなくて、元々次の大賢者として九千年かけて作られ、ヴィダの繭の中で寝ていた私が、世界から大賢者がいなくなった瞬間に産み落とされたの。世界からね。だから私が大賢者。知識は書物として受け継がれるけど個人的に所有するものは何も継承されないよ」
「………それならあの男の眷属は今は………どうなってる……?」
「知らないけど、眷属を解放してないなら、先代と運命を共にしたんじゃないかなぁ?」
「…………先代様は最期の時には誰も眷属はいませんでしたよ」
少し躊躇しながら、シアは教えてくれた。
「それなら解放されたのか?!」
ガバリと店長さんは身を乗り出して、シアに迫る。煩い、とシアは店長さんの鼻に噛みついた!
「痛てー!!!!」
鼻を押さえて大きく仰け反った店長さんは、ソファにぶつかり、そのままどかりと座り込んだ。
「何するんだ!?」
「火属性が!熱苦しい顔を近付けるな」
シアは奮然として、シャーっと威嚇する。その背中をよしよし、とそっと撫でた。ヒンヤリしてて、でも少し温かくて。心地良い触り心地に何度も撫でた。シアは少し目を細めてすりっと頭を私の手に擦り寄せてきた。ふふふ、やっぱりシアは可愛い。
「シアは悪くないよ。急に顔を近づけた店長さんが悪いんだよね〜?」
「いや、噛まれたのは俺なんだが?」
「大きい体で小さなシアに凄んだでしょ?」
「そいつの態度は俺よか何倍も大きいぞ」
店長さんは納得がいかない、と赤くなった鼻を擦った。痛いのかな??
「そもそも、どうしてそんなに眷属を気にするの?」
「……俺はずっと探しているんだ。………あいつを………」
「あいつ???」
あいつって、何だろう?
大人しく撫でられていたシアも店長さんを見上げ驚いたように目を少し見開く。
「あいつとはどいつ、のことです?もしや、先代様の眷属に知り合いがいたのですか?」
「……ああ、いた。俺の幼馴染だ。共に島で生まれ一緒に育った。波の数を数える時も、魚を獲る時も、瞑想する時も一緒だった。……街に行けるようにと共に訓練したものだ」
懐かしむように遠い目をする店長さん。でもシアは訝しげに頭を傾げた。
「………先代様に火竜の眷属が?」
「ん?シアは知らないの?」
「火竜の話は聞いたことがありません。そこの火竜は見たところ四百歳前後。その幼馴染であれば知らぬはずは無いのですが…、」
「シアは眷属になって三百年だっけ?幼竜期間は五十年から百年だったよね?それならシアが知らないはずないね」
「朧気ではありますが、竜の眷属は何匹かいたはずですが、火竜はいなかったと思います。……その、先代様は火属性と相性が悪く、火の精霊王と森を焼く程の大喧嘩を繰り返していたので……」
「えっ……森?精霊の森を焼いたの??」
「はい。その場所は今も荒野になっているはずです」
……守るべき世界を?その中心の森を?
………焼いた???
えええ~!!!!!!!!!!!!
大賢者なのに?!何故???
「先代様は火属性の持つ、公明正大な所や、真っ直ぐで一途な所を嫌っておりましたので」
火属性はそこが良いのに。んー………先代はよくわからないね。
黙って聞いていた店長さんは、違うぞ、とボソリと呟いた。
「あいつは火竜じゃない。あいつの親は地竜と水竜だが、あいつはそのどちらでもない。偶に他属性同士の番から生まれるんだ。あいつは特殊個体の黒龍だ」
ん??………今、何竜って言った?えと、聞き違いかな?
「何竜……?」
「だから、黒竜だよ。特殊個体の黒竜だ」
店長さんは真っ直ぐ私を見て断言した。
黒龍?!って、あの?桁外れの魔力を持ち、竜で唯一全属性を持っている、数千年に一体現れるかどうかの幻の存在のこと??
ええ!!実在してたの?!1代目の相棒が黒竜だった記録は残っているけど、それ以来大賢者の記憶にはなかったから、もう幻の存在だと思ってたよ。
はぁ……先代って、凄い眷属がいたんだね。
……ん?でも最後の時は誰も眷属がいなかったって………。
あれ………?なんで……?そんな凄い眷属いたのに?!
はてな……???
読んでいただき、ありがとうございました。




