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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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83. 火遊びは安全な場所で


 部屋の温度が下がっていく。シアが警戒を顕に魔法を発動しているからだ。


 店長さんは腕のシアを睥睨して、ジロリと射抜くように私を見つめた。その視線は冷たい炎の様。抑えきれない怒りを無理矢理押し込めて冷静さを保っている様にも見えた。


 何で怒られてるのかなぁ?何か失敗でもしたかなぁ?


 理由が分からず首を傾げる私を見下ろして、店長さんはニヤリと嗤った。


「久しぶりだなぁ、大賢者サマ。のこのこ俺の前に姿を現すなんて、俺があんたを忘れたとでも思ったのか」


 店長さんの赤い瞳がギラリと輝く。それは痛いくらいの怒りだった。


(なり)を小さくして性別を変えれば気付かないとでも?そんな存在値してりゃ、馬鹿でも気付くさっ。ふんっ。見たとこ新しい眷属を連れているようだが、あいつはどうした。もう用済みで捨てたのか?それならあいつは何処にいる?何処へやったんだ!」


 激しい感情に炎が渦を巻く。辺りの空気を燃やしてシアの冷気を押し返す。


 うーん………。何かとんでもない誤解があるなぁ。


 店長さんの怒気がビリビリと結界を震わす。


 ……この結界って、多重結界とかいうのだよね?それなりに強度はあるようたけど、ドラゴンブレスとかは防げるのかなぁ?最上級魔法は何発まで耐える?まさか一発ってことはないよねえ?


 なんて呑気に考えていたら、店長さんはもっと怒り出した。あれ?


「何とか言ったらどうだ!」


 辺りに出現した無数の炎が花火の様に弾け飛び結界内の空気を燃やし始めた。


 勿論、私には何の効果も無い。温度変化には高い耐性があるから。私にくっついているシアもその恩恵を受けている。たぶん火山のマグマを触っても火傷すらしないんじゃないかなぁ。試した事は無いけれど。


 この結界は空気を通しているのかこれだけ燃やしているのに苦しくない。当たり前の様に呼吸出来ている。便利な結界だよねえ。普通は密閉空間でこれだけ燃やせば空気が無くなって苦しくなるのに。熱だけ遮断して空気は通るなんて器用な結界。………あ、そうか。だからずっと燃やし続けられるのかな?空気が無いと燃えないから。


 家具やソファにも火花は当たるけど全然燃えない。何かにガードされてるみたいに火が当たっても焦げもしない。何でかなぁ?ん?………あ!この部屋の家具全部に防火の魔法陣が刻印されてる!そっか、そっか。それならこの中で火を使っても平気なんだね。面白いなぁ。生活の知恵ってこの事をいうのかな。


 バチバチと火花は激しく弾け飛ぶ。私の周りは火花で埋め尽くされた。


 うーん。これって、話し合う空気じゃないよね?誤解を解くにしても、まずは落ち着かせないと。


《私にお任せを》


 すでに擬態を辞めて頭をもたげたシアは、シャーッと威嚇の声を出す。と、同時に周囲に無数の氷を出現させて炎にぶつけて相殺し始めた。もうもうと水蒸気が辺りに満ちる。


「火を吐くしか能のないトカゲ風情が!大賢者様を愚弄するかっ!」


 シアの怒号に大きな氷柱が生まれ店長さん目がけて飛んでいき、顔面に直撃した。大きく仰け反る店長さん。でも次の瞬間、氷は溶かされ、少し赤くなった顔を不機嫌に歪ませた店長さんは体勢を立て直した。


「蛇如きがっ……舐めた真似をしてくれたな……!」


 チロチロと炎の舌を伸ばす無数の火の玉が現れる。


「……たかが蛇の分際で大口を叩く。眷属だからと気でも大きくなったかっ!」


 特大の火花が弾け飛んだ。衝撃で髪がぶわりと舞う。


 あ。これってダメなやつだよね?えーと、火に油を注ぐ?だっけ?落ち着かせるどころか煽ってる。あれぇ……?シアは任せてって言ったよねぇ?


《シ〜ア〜?》

《何でしょう?》


 くるりと私を振り返ってシアは少し首を傾げた。


《煽ってない?》

《お任せを。無礼者には天誅あるのみ》


 何故か胸を張り不敵な笑みを浮かべて優雅にお辞儀するシアが見えた。


《そうじゃなくて。誤解を解くために話し合いがしたいんだよ?》

《ええ、勿論。心得ております。あの勘違いトカゲ野郎をねじ伏せて完膚無きまでボロボロにしてから、ゆっくり話し合いの場を設けましょう》

《えーと……シア?少し物騒だよ?》

《お褒め頂き光栄です》

《え?!これって褒め言葉だったの?》

《大賢者様から頂くお言葉は全て褒め言葉だと認識しておりますので》

《………言語は正しく認識しようよ》

《さて、ここまで頭に血が上った者を冷静にするには圧倒的な力の差で押し切れば宜しいかと》

《冷静に分析してるけど、煽ったのはシアだよね?》

《心の器を測ったまでです。思いの外、器の小さな男でした》


 はぁぁぁ。シアってやっぱりスイの眷属だわ。中身がよく似てるよね。


 うーん。圧倒的な力の差かぁ……。んーと………これくらい?


 右手の人差し指を立てて、指先に魔法を展開する。魔法陣が広がりボワッと青白い炎が灯った。その炎に魔力をこれでもかと注ぐ。炎は渦を巻きながら大きくなり1メートル程まで成長した。


 うわぁ!凄い!大っきくなった!


 渦は勢いを増し、辺りに風を起こしていく。バタバタと髪が跳ね、服が…………。服は加護のおかげか全く影響を受けてなかった。風の中でも翻りもしない。流石は精霊女王の加護。無敵だね!まあ、それはともかく。強風が結界内に吹き荒れた。


 ほわほわっと結界が歪んだような気もするけど、まだ大丈夫だよね?


 知らなかったよ。魔力を沢山注ぐと大きくなるんだね。


「もうちょっと大きくなるかなぁ……♪」


 楽しくなってきたよ!ふふふ♪


 少しづつ少しづつ魔力を注ぐ。じわじわと炎は育ち、勢いも増していく。


 まだまだ行けるよー!


「まっ!待て!待て!!待てって!!!」


 魔力を込めようとしたら、店長さんが両手を振って大慌てで叫んだ。


「ふ?なあに?」

「いや、なあにって。それはこっちが聞きたい!何してるんだ?!」

「えー?んーと………実験?」

「はあ?!何の実験なんだ?!」

「ん~~………何だろう?結界の耐久性?店長さんの肝試し?私の限界?何かなぁ?分からなくなっちゃった。でも楽しいから続けるよー」

「いや、待てって!もう、結界が持たない!」

「えー?まだ大丈夫でしょ?」

「いや、もう、無理だっ。分かった!俺が悪かった!閉じ込めて済まない!だからその極大魔法を解除してくれ!」


 ふ?


「違うよ?これは極大魔法じゃなくて、ただのファイヤーボールだよ」

「はあ?!ただのファイヤーボールのわけあるかっ!」

「ええー?ファイヤーボールだよぉ。でも面白いでしょ?魔力を込めればこんなに大きくなるんだよ!どこまで大きくなるか試したくなるでしょ?」

「なるかっ!だいたいそれぶっ放したらこの辺りは消滅するぞっ!」

「ええー?だってこれ多重結界でしょ?ドラゴンブレスくらい耐えられるでしょ?」

「ドラゴンブレスと一緒にするなっ!」

「文句が多いよー?」

「誰のせいだ!!」


 話しながらも魔力は込め続けていたから、炎は更に大きくなった。色はすでに白く発光していて、かなりの高温になっているみたい。


 キレイだね〜。


「もっともっともーっと♪」


 どうなるかなぁ?大きくなる?もっと光る?それとも色が変わるかなぁ?


 ふふふ。たーのしい♪


「おい。ヘビ!」

「………なんだ、トカゲ」

「主を止めろ!」

「トカゲ風情に指図される謂れはない」

「この状況でよく平気でいられるなっ」

「あんなに目を輝かせて。無邪気に楽しんでおられる大賢者様の愛らしくも可愛らしいご様子は眼福以外の何ものでもない。お止めする意味がないな」

「いいから止めろっ!もう結界が持たない!」

「トカゲやトカゲの店がどうなろうと知ったことではない」

「この辺り一帯、下手すればこの町全部が消えるぞ!いいのかっ!?」

「………はぁぁぁ。この私が、大賢者様の楽しみを止めるとは………」


 ん?なんかシアのため息が聞こえたような?


 腕を見るとするりとこちらを見ているシアと目が合った。シアは僅かに頭を下げる。


「お楽しみ中、申し訳ありません」

「いいよー。なあに?」

「トカゲ風情が作った脆い結界では、いくら重ね掛けしたとしてもこれ以上は持たないかと。やわなドラゴンブレスや、魔術師の極大魔法は防げても、大賢者様の偉大なお力で威力を増加させたファイヤーボールの前には紙屑並みの強度でしかありません。結界が破れ、炎が外に漏れ出しますと、この店どころか、この町ごと消し炭になることでしょう。よろしいのですか?……大切なお友達が出来たのでは?」


 ミナちゃんとアルの顔が浮かんだ。初めての大切なお友達。


 そうだった。アルが待ってるね。


 それでも、大きく育った白く輝く炎を消してしまうのはなんだか惜しい気がする。それに、こんなに育てたのは目的があったんだし。ちょっと忘れかけてたけど……。


「でも、店長さんを落ち着かせないと……」

「落ち着いてる!俺はもうとっくに落ち着いてるぞ!」


 言われてみれば結界内に飛び交っていた火花はなくなっていて、私の巨大なファイヤーボールだけが渦を巻いて光っている。


  えー?もう終わり?ホントに終わりなのー?


「そっかぁ………。でももう少し大きくなるかもしれないし………」


 なんか残念。


「い、いや、いや、いや。実験は人の住んでいない場所でやるべきだ。こんな町中でやることじゃない」

「それもそっか。ちょっと残念だけど、仕方ないね」

「ま、待て。それをどうする気だ?」

「ん?これは、こうするんだよ」


 指先にふっと息を吹きかけた。


 シュッゥゥゥゥゥ!


 炎の渦は音を立てて消えた。


「……………………はあ?!」

「はい、消えたー」

「お見事です、大賢者様」


 シアが満面の笑みで褒めてくれた気がした。


 ふふん。


「はあぁぁぁぁ……。もう何でもありだな。大賢者サマにケンカふっかけた俺が愚かだったというわけだな」

「当然です」

「ふ?何かケンカしたー?」

「はぁぁぁ。いや、何でもない。座って話そう」


 店長さんはソファにぐったりもたれかかると、額に手を当てて天井を仰いだ。


「……俺は何をやってんだろうな。規格外の存在に向かって……ただあいつの居場所を知りたかっただけなのに」


 店長さんの対面に座った。ソファがふかふかで体が沈みそうになったけど、ソファにも慣れたもん。上手くバランスを取った。……よし!


「流石です」


 ふふ。シアにまた褒められちゃった。


「まず初めに言いたいのは、さっき言ってたこと、全部誤解だからね?店長さんとは初対面だよ。店長さんが大賢者に会ったのは何年前?」

「うん?そうだな………俺がまだ店番してた頃だから……だいたい250年前くらい……か?」

「やっぱり大賢者違いだよ!私が大賢者になったのは百年前だもん。店長さんには会ってないよ」

「はあ?!なった、ってどういうことだ?!」


 店長さんは身を乗りだして聞いてきたけど、シアがシャー!と威嚇の声を出すと、コホンと咳払いして少し身を引いた。


「代替わりしたの。今は私が大賢者」

「代替わり、だと……?そんなことがあるのか?」

「うん、そう。店長さんの話の大賢者は先代じゃないかなぁ」

「そう、だった、のか?」

「うん。私はちゃんと女の子」


 胸を張ってえへん、としたら、店長さんは、はぁぁぁ、と深く息を吐いた。そして私を見ると、短く息を吐いて、勘違いかぁ、と自嘲気味に笑った。少し寂しそうな笑顔だ。


「いや、まぁ、どこからどう見ても女の子にしか見えなかったけどな。半信半疑で接してはいたんだ。幼子扱いすれば怒って本性出すかと思ったが、受け入れてたし……。可怪しいなとは思ったんだ」

「百歳だけど、まだ子供だもん。だから店長さんの接し方は正しいよ」


 店長さんは少し肩をすくめて少し首を振った。


「全く寛大なことで。……あの大賢者とは大違いだな」

「そうなの?」


 先代の事は全く知らないから分からない。スイ達も話したがらないし、神様は笑顔で無言だ。


「ああ。横暴。暴虐。理不尽。尊大。慈悲の欠片もない。暴君で傍若無人だな」

「……似たような意味の言葉が並んだね」

「それ以外に表す言葉はないからな」


 酷い言いよう。でもそれは誇張でもなく店長さんの真実の言葉だと直ぐに気付いた。少し憎らしげに眉を歪めるのは大賢者に対する怒りの感情だ。とても強い焼け付くような負の感情。


「店長さんは、………大賢者が嫌いなの?」

「ああ。大嫌いだな、あの大賢者は」

「そっ………か……」


 言葉が突き刺さる。店長さんは大賢者が憎いほど大嫌い。


 大賢者は……嫌われている。


 ああ、だから、殺したい程の殺意を感じてしまったのかな。ヴィダの深淵の中で。勘違いでも何でもなく、この世界では、大賢者は嫌われ者なんだ……。


 そっ………か……。そう、なんだ………。私が大賢者である限り、私は嫌われてるんだ……。私は嫌われる程の横暴な者だったんだ……。………知らなかったよ。……………知らなかった、な………。


 ああ、胸が痛い。痛いよぉ……。


 ポロポロと涙が落ちた。ズキンと痛む胸を押さえて身を縮める。涙は止まることなく流れ続けた。


「い、いきなりどうした?!大丈夫か?!」


 店長さんが慌てて足元にやってきて跪いた。涙でぐちゃぐちゃの私を見てオロオロし始める。


「どうした?何で泣いている?腹が痛いのか?薬を持ってこようか?どうすればいい?っ痛!噛むな!」


 店長さんは私に手を伸ばした。が、腕のシアが威嚇して店長さん手に噛みついた。ぼやけた視界に店長さんの困り顔が見えた。狼狽えぶりが可笑しくて、悲しくて苦しくて痛いのにふふふ、と笑いが溢れちゃう。


「うふ、ふふ、うふふふ。……店長さんは優しいね。嫌いな大賢者なんて放っておけばいいのに……」

「何を言って……ああ!それか!いや、違うぞ!君のことじゃない!それで泣いてるのか?」


 店長さんは少し安堵した様に、はぁぁぁ、と息を吐いて、髪をガリガリ掻いた。


「俺が言った大賢者は先代だと言うあの男だ。大賢者そのものが嫌いではなくて、大賢者だったあの男が嫌いなだけだ」

「………でも、だって、私も、………大賢者だし……」

「違う!違うぞ!俺が嫌いなのはあの男であって、君じゃない。リリーちゃん。君は働き者の良い子だよ。こんなに可愛い子を嫌いなはずがない!」

「横暴、じゃない……?」

「横暴?いつ横暴になったんだ?結界に監禁されて、暴言吐かれても、君は冷静だったじゃないか!……まぁ、あのファイヤーボールには驚いたが……」

「私は嫌われてない?横暴じゃない?」

「どうしてそんな勘違いをしたんだ?俺の言葉が足りなかったのか?悪いのは俺か?」

「………私の勘違い、なの………?」

「ああ、リリーちゃんのような可愛い女の子を嫌いな者はいないぞ」

「え……えへへ~可愛いって褒められた」


 涙はいつの間にか引っ込んでいた。ふふふ、と店長さんと笑い合う。店長さんの手が優しく頭を撫でてくれた。嬉しいな。


「トカゲ風情がっ!大賢者様に向かって馴れ馴れしい態度を……!」

「痛っ!」


 シアがまた店長さんに噛みついた。


 ………あれ?




 

読んでいただき、ありがとうございました。

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