77. お昼ごはん
湯気の立つスープとお肉と野菜が挟まったふわふわのパン。立ち上る香りは食欲を誘うもので、堪らずにかぶりついた。
「美味しい!」
何のお肉か分からないけどジューシーで噛むほどに肉汁が溢れ出す。甘じょっぱいのにスパイスが効いてて、飽きない味だ。葉物野菜も新鮮でパリパリしている。所々に香味野菜も挟まっていて味に変化があるのも楽しい。それにこのふわふわのパン!こんなの初めて食べたよ?柔らかいのに弾力があって、ほんのり甘いのにお肉の味を邪魔しない。凄い!美味し過ぎる!!
スープも一口飲んでみた。まだ少し熱いけど我慢できないほどじゃない。ゆっくり掬ってゆっくり飲む。
白いスープ。ポタージュって言ってたね。ほんのりと甘くて、でも塩気はちゃんとあって、うん、美味しい。ハンバーガーっだっけ?この丸いサンドイッチみたいなのと合う。
ふわぁ……!どれも美味しい!
メアリさんに教えてもらったギルド近くの美味しい食堂。最近流行りのハンバーガーランチが人気のお店。お昼時間を少しずれたから空いていて、並ばずに入れた。お店の感じはありふれた食堂だけど、カトラリー使わずに手づかみで食べるスタイルが斬新だった。流石にスープやデザートにはカトラリー付いてるけどね。
一番人気のメニューを頼んで、早速味わった。手づかみに驚いていたアルも美味しいと食べていたはずなんだけど。いつの間にか手が止まっている。どうかしたのかな?
「アル?食べないの?美味しいよ?」
「……本当に良かったのか?リリー」
「何のこと?」
「ギルドの……ユグドラース殿のことだ。あの方の伝説は数多く残っている。城内の敷地に川を作ったのもあの方だ。あの川は魚の繁殖に最適になるよう作られていて当時の食糧難から民を救ったとされている。王都の二重城壁もあの方が築かれた。魔物から畑を守るために。外側の城壁には強力な結界が施されていて魔物は容易に近づけなくなっている」
「ふうん。色々やっているんだねぇ」
「そんな方が忠誠を捧げたのだから、これは凄い事だよ」
「へぇ…………あーむ」
「リリー。本当に断って良かったのかい?」
「うん。はむはむ」
「リリー……食べてないで、話を聞いてるの?」
「ん?……ごっくん。うん。ちゃんと聞いてるよ。大丈夫。断って平気」
「まあ、決めるのはリリーだけど、もう少し考えてからでも良かったのでは?せめて保留にするとか。即答で断らなくても」
「大丈夫だよ。アルにとっては伝説のエルフかもしれないけど、私から見たら迷惑掛けられただけの普通のエルフだもん。今のところ関わる気はないから。ギルマスも無視していい、って言ってたし」
「そうか……わかった。この件は終わりにしよう」
「うん。さ、早く食べよう!」
アルは気を取り直してハンバーガーにかぶり付いた。
ギルドでサブマスに詰め寄られて困っていたとき、騒ぎに気付いたギルマスがやって来て、サブマスの頭にガゴン!と拳骨を叩き付けた。血を流して気絶したサブマスを担いだギルマスは、騒ぎの収集をギルド職員に指示して医務室へと立ち去った。その時に「迷惑をかけてすまなかったな。迷惑料はメアリから受け取ってくれ。今後もこいつが迷惑かけるかも知れねぇが無視して構わねぇぞ」と言っていた。
メアリさんからはお手伝い報酬の他に迷惑料を受け取った。メアリさんはとてもいい笑顔で「これはサブマスの報酬から差し引いてあるので遠慮なく受け取って」と言っていたけど、いいのかなぁ?って首傾げていたら、苦笑気味のアルが「貰ったらどうかな?」と勧めてくれたから受け取った。そのお金でアルとお昼を食べている。
「シア殿は食べなくて大丈夫なのかな?」
「うん。大丈夫だって。それにアルが言ったんだよ。お目付け役がいないのは初めてだから、子供だけで行動してみたい、って」
「うん、そうだったね。我が儘言ってすまないな」
「はにゃ?それって我が儘なの?」
「守ってもらっているのに一人になりたいと思うのは我が儘だろう?」
「はは、そうかー。でも、そういう時ってあるよねー」
「……リリーも経験があるのかい?」
「うん。あるよ。でも精霊は何処にでもいるからね。一人になるのは無理かなぁ」
「精霊……?」
「そう、あと虫さんとか植物とか。でも精霊以外は皆寡黙だからあまり気にならないけど、動物達は特攻してくるからなかなか逃げられないの。だからね、一人になりたいときは結界の中に閉じ籠っちゃう。姿が見えないと大事になるからそのときは庭とか部屋とかで結界を張るの。誰も破れないし、集中したいときには便利なんだよ」
「……虫や植物や動物か……。騎士団に囲まれるよりは、ふふ、楽しそうだね」
少し遠い目のアルは呟いた。
「うーん、どうかなぁ?」
精霊は基本的に身勝手だし、話を聞かないよ?その点騎士団は話せば通じるし嫌がらせとかないから穏便だよね?それは、まぁ、背の高い大柄な鎧の人達に囲まれるのは……うーん、ちょっとイヤかもだけど、油断するとイタズラされてクスクス笑いながら去って行くよりは、いいと思う。
「それぞれだと言うことかな?」
「そうかもねー」
苦笑気味のアルに大きく頷く。
「実はリリーに相談があるんだ」
「なあに?」
アルは素早く周囲を見回した。人が少ないとはいえ食堂は賑わっている。とりあえず私も確認したけど特に変わったことはない。
アルは少し私に顔を近付けて声を落とした。
「昨日のポーションのことなんだけど」
……ああ、そういえば新しいポーションの魔方陣渡したね。
「皆と相談した結果、混乱を避けるために毒入りとは公表せず、宮廷錬金術師が新型ポーションの作成に成功した、と発表するとこにしたんだ」
アルの説明を要約すると、多方面に軋轢を作らない為に毒入り公表はしないで、新型ポーションの開発に成功したからその魔方陣を無料で提供するし、今ある手持ちのポーションも無料て交換することに決めたんだって。ただ、私が説明した通り、100%の原液だと様々な問題が起こる可能性があるから、希釈をするんだけど、全ての人が善人なわけはないから、希釈をポーション作成者に委ねるのは危険だ、ということで、魔方陣を改良して三種類のポーションを配布するみたい。
うん。ちゃんと考えてるね。
「リリーが作った魔方陣をこちらの手柄にしてしまうのは申し訳ないとは思うけど」
「いいよー」
手柄とかどうでもいいし。大賢者が世界を正すのはただのお仕事だもん。息を吸うような当然の事に称賛はいらない。知らなくて放置していた事の方が良くないからね。歪んだこと、間違った方向性は正さなきゃ。世界を知ること。それは大賢者として、とても重要だと実感したよ。
「それで相談なんだけれどね。出来上がった新型ポーションの性能は素晴らしいものだった。掛けるだけで傷が無くなったよ」
「ん?アルが怪我をしたの?」
「あー、いや、そういうわけではないよ」
「そう?ならいいけど」
「う、うん。大丈夫だよ。それで今、三種類の希釈ポーションの魔方陣を作成しているんだ。なかなか思うようにはいかないようで希釈の割合に苦戦しているらしい」
「んと、その希釈の術式を書けばいいの?」
「いや、それはこちらでなんとかする。そのくらいは宮廷錬金術師の手でやらないと開発に成功とは公表出来ないからね。とはいえ、騎士の話だと朝まで明かりが灯っていたそうだけどね。難航しているようだよ」
………そのくらい、って簡単に言うけど、アル?割合の計算は大変で面倒で難しいよ?そもそも従来は薬師が薬草を煎じて煮詰めて作っていた薬草湯を錬金術で治癒を高めたのがポーションだ。今の割合にするまでに試行錯誤を重ねて最適値を出している。100%ポーションを水で薄めただけのものでも、それを錬金術で再現するとなれば相当の計算を強いられる。……宮廷錬金術師ってベル爺達だよね?もしかしてまた徹夜?………生きてるかな?ベル爺………。
「もしかして……アルって鬼畜?」
アルは目を丸くして、ぱちくりと瞬かせた。そして、少しムッとした表情で口調を強めた。
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。魔方陣の改良を提案したのは室長だし、僕が無理矢理働かせているわけではないよ。ただ、普段から彼らは研究熱心で、普段から家に帰らないだけだ」
アルは少し遠い目をした。
「強制帰宅させたこともあるが、朝には全員戻っていたからね。休みをくれと嘆く官僚は珍しくもないが、働かせろと騎士に噛み付く錬金術師は王城だけだろう……」
大変なんだねぇ。なんだかアルの顔に疲労が浮かんで見えた。まだ子供なのに苦労しているんだね。
「そっかぁ。ごめんね、鬼畜って言って」
「いや、構わない。実際に今回は止めなかったしね。確かに僕は錬金術師達を犠牲にしているのだろう。それでも、民の毒入りポーション使用は早く止めなければならない」
「そっかぁ、そうだよね。ベル爺達、頑張れー」
「ああ、伝えておくよ。彼らも喜ぶだろう」
「じゃあ何の相談?」
「その新型ポーションと従来のポーションは見た目が変わらない。希釈してもそうだ。若干色味が薄い気もするが比べなければわからない程度。見た目から二つを判断する方法。何か良い知恵はないかな?」
「それは新型の見た目を変えるってこと?」
「出来れば」
「うーん………」
見た目を変える?ポーションの?うーん…出来るかなぁ?そもそも見た目を変えるってどんな風に?色を変える?何色に?赤とか?
そもそも色は属性に関係する。ポーションが青いのは水属性が多いからだ。薬草は本来地属性の中でも緑の属性で大抵の植物はこれに該当する。但し薬草は少量の水属性の治癒力を含んでいる為、属性色は緑か水色。その薬草に水属性そのものの水を混ぜて作るのがポーションだから青色なのだ。これを火属性の赤にするのはとても難しい。変えられたとしても緑がやっと。でも緑のポーションって苦そうだよね?
んーと、緑、は飲みたくないかなぁ。赤は無理。紫……とか?なんか毒っぽい?あ、ピンクなんかどうかな?可愛い色だよね。女の子が好きそう……あれ?そんな色の妖しい薬ってなかったっけ?……ふーむ。そもそも色を変えるのは難しいか。私には簡単だけど、人にはちょっと高難易度かも?
今の青色ポーションと三種類のポーションかぁ……。
あー、そうか。三種類のポーションも区別しなきゃだよね?なら色よりは容器の形を変える?でもどれがどれか分かるようにしなきゃ意味ないし。蓋の形を変える?どんな風に?段々強い力だから、オーク→コカトリス→ワイルドボアの形の蓋にするとか?美味しいお肉の順番。でもこれは私の個人的な感想だし。どれがどれか、誰が見ても分かるように、ではないよね。うーん………。
「難しい……」
「悩ませてすまない」
「うーん、色を変えるのは難しいんだよね」
「それが一番分かりやすそうだけど」
「うん。でもね色は属性の色だから、ポーションだと青くなる。簡単に変えるのは緑まで。それって苦そうだし三種類のポーションの色分けには足りないよね?」
「そうか。他の色は無理そうかな?」
「まず普通には無理。他の属性を加える手もあるけど」
「あるけど?」
「お勧めしない。ものすっごく昔にね、ポーションを華やかにする研究が行われてね」
「華やか?」
想像もつかないと首を傾げるアル。私もだよ。意味がわからないよね?
「記録によれば、ポーションに花の香りと花の色を付ける研究だったようで、その錬金術師は様々な花を使って試行錯誤を繰り返した結果、色は変わったし、香りも付いた」
「凄いな!」
「でも、副作用として、色が変わったポーションは匂いが激臭になり、花の香りが付いたポーションは激不味く、双方が付いたポーションは劇物で飲めないものになった。研究の結果、従来のポーションが一番爽やかで飲みやすいと結論つけられたの」
「な、なるほど」
「だから色や香りを付けるために材料を変えるのはやめた方がいい」
「うん。そうだね」
「あとは容器の形を変えるのだけど、どれがどれか誰もが納得する形がないし、複雑だと術式が難しくなって簡単に作成出来なくなる。だから容器の形を変えるのも無理」
「見た目を変えるのは不可能なのか。……そうすると区別を付けるには作成者の良心しかない、か……だが、粗悪品が出回る可能性がある限り何か対策を練る必要があるな」
神妙な顔でアルは呟いた。
そうか。粗悪品。三倍どころか薄めすぎることもあるんだ。それは問題だよね。ポーションは治癒の力。命の営みに関わる重要な事。
それはダメだよ。絶対にダメ。
「待って、待って、アル。もう少し待って。なにか良い方法があるかもしれないよ」
「リリー?」
「色を変えるにしても、形を変えるにしても、何処かで見落としがあるかもしれないから。錬金術はね、諦めたらそこで終わり。何も生み出さない。完成しないんだよ?だからまだ考え続けようよ。諦めない心が道を切り開くんだからね!」
「ふふ、リリー」
アルはスプーンを握り締めて力説した私の頭をそっと撫でた。
「目がキラキラ輝いている。凄く楽しそうだよ」
だって、未知への挑戦だよ!
こんなに難しくて、こんなに手がない課題は久しぶりだ。どう切り込もうか。考えるだけでワクワクする。ふふふふふ。
でも、今は。
「お待たせしました」
「わあ!美味しそう!」
運ばれてきたツヤツヤのデザート、タルトタタンだっけ?を食べよう!リンゴのケーキだって。お皿には生クリームが添えられていて味変も楽しめるみたい。ふふ、良い香り!
「いただきます!」
ツヤツヤのケーキにフォークを突き立てた。
読んでいただき、ありがとうございました。




