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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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76. 間に合っています


 ギルド内がざわりと再び騒がしくなった。


「サブマス?あの幻のか!」

「七不思議のやつだろ?マジでいたのか」

「あれって……エルフか??初めて見たぜ!」


 冒険者達の囁きがざわめきに変わる頃、リボンの男の人は私達の前にやって来た。男の人が右に一歩出るとアルも右に、左に一歩戻るとアルも左に。椅子に座った私を男の人の視界から遮るように隠す。


 アル?どうしたのかな?


「何です?この子供は。先ほどから私とマイマスターの会瀬を邪魔しているようですが」


 男の人はアルを見下ろして不思議そうに言う。アルは怪訝な顔で振り返った。


「マイマスターって言っているが。リリー。知っている方なのかな?」


 ん?うーん……見たことは……無さ、そうだね。うん。


「知らない」

「ガーン!!」


 素直に答えると男の人は目に見えて固まった。


 男の人の背後でメアリさんが苦笑しながら小声で教えてくれた。


「リリーちゃん。この人はサブマス。昨日、貴女が凍らせた人よ」

「昨日……?」


 ……………ああ!


 思い出した!そういえば、そんなこともあったね。えっ?凄い。あの氷、そんなに早く溶けたの?


「凍らせた?ではリリーの敵なんだね?」


 アルの手がぎゅっと握り締められて、気配が警戒に変わる。ゆらりとアルの体から魔力が立ち上った。臨戦態勢だ。サブマスの緑の瞳が面白そうに細められる。


 綺麗な緑の瞳だなぁ。アルと同じだ。


「で、殿下っ。こちらはギルドのサブマスです!」


 慌ててメアリさんが訂正する。


「殿下……?」

「……サブマス?」


 訝しげな二人の声が重なった。お互い睨むように見つめ合う。無言の数秒が流れ、……ああ、とサブマスは何かに気付いた。


「君はライオスの系譜なのですか。なるほど。どことなくリンクルに似ていますね」

「ライオス……リンクル……。何故貴方は初代国王と三代国王の名を……」


 アルから揺らいでいた魔力は消えて、サブマスを凝視する。握りしめていた手から力が抜け、いつもの熟考するポーズへと変わる。


 エルフ……?、と呟いたアルははっ、と何かに気付いた様に姿勢を正した。


「もしや貴方は初代ギルドマスターのリーングルト・ユグドラース殿では?」

「確かに私はリーングルト・ユグドラースですが?」

「やはり!御会い出来て光栄です。私はアルフレッド・ティン・シャンパール。第一王子です。この国の礎を築いた伝説のエルフ殿とは知らず無礼な態度を致しました。謝罪致します」


 感動した様子のアルは、胸に手を当てて、とても優雅に頭を下げた。


「構いませんよ。ですが謝罪は受け取りましょう。……それにしても王族が頭を下げるとは。ふふ……ライオスの精神はしっかりと受け継がれているのですね」


 サブマスはどこか懐かしそうに目を細めた。アルを見る目はとても優しくて温かい。アルは胸を張って頷いた。


「はい。初代国王の意思、思想はこの国の根幹です。伝え守らねばならないものです」

「そうですか。それは素晴らしいことですね。今後も励むと良いでしょう」


 サブマスはにこやかに微笑んだ。


「さて、では誤解が解けたようですのでそこを退いて下さい」

「いえ。それは出来ない」


 アルは再び私を隠すように姿勢を変えた。サブマスは不思議そうに見下ろす。


「何故です?」

「貴方が伝説のエルフであろうと、ここを退くことは出来ない」

「何故です?」

 

 サブマスは理解が出来ないとばかりに繰り返した。


「リリーが貴方を凍らせたのは事実でしょう」

「確かに私は凍りましたが……」

「リリーは理由もなく凍らせたりはしない。貴方はリリーの敵ということになる。私がここを退くことはない」

「全ては誤解から始まったことですが……まあ、それはいいでしょう。それよりも、この件は私と彼女との間のこと。部外者の王子がしゃしゃり出る謂れはありませんよ」

「部外者などではない。リリーと私は友達だ。大切な友人を守る。そこにどんな理由がいるのか!」


 アルが言い切った。


 アルの背中がとても大きく見えた。私を守ろうとする温かく優しい背中。


 はわ……!……大切な友人……だって。えへへ……。ふふふ。ふふふふふ。ああ!嬉しいなぁ!大切な、友人。うふふふふ。


 サブマスとアルが睨み合ってるようだけど、ふふふ、駄目だ。顔がにやけちゃう。


 ニマニマしてたら、呆れた顔のメアリさんと目が合った。こちらに手を合わせてごめんなさいしてる。念話じゃないけど言いたいことは何となく伝わってくる。


 んと、「なんとか収めて」かな。まあ、もうサブマスに思うことはないし。私に用事ならお話くらいは構わないかな?


「アル」


 つんつん、とアルの服を引っ張る。振り返ったアルに、大丈夫、と伝えた。アルの瞳が心配そうに揺らぐ。


「いいのかい?」

「うん。話くらい平気」

「わかった」


 アルは私の横に立ち、そっと手を繋いでくれた。じんわりと温かい、アルの優しい気持ちが伝わる。


 サブマスはゆっくり一歩近づいた。その顔は満面の笑みで輝いている。私は椅子の背もたれ越しにサブマスを見上げた。


「何か用?」


 首を傾げると、サブマスはダンッ、と音を立てて跪き、平身低頭床に突っ伏した。


 へっ?


「この度は!私の勝手な勘違いから大変御不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした!氷の中で猛省いたしました。今後はこのような事態に陥らぬよう努めて参ります。罰が足りぬのであれば如何様にもご処断下さい。覚悟は出来ております」

「え?いや、もう、いいよ?凍らせてスッキリしたし」


 第一氷が溶けたのが反省した証拠。言葉通り猛省したからこんなに早く解放されたんだろうし。


「私はもう気にしてないから、気に病む必要はないよ?」


 がばりと身を起こしたサブマスは気持ちが悪いような惚けた顔でとろん、と私を見つめてきた。あれ?何だろう?背筋がぞわってしたよ?


「ああ!なんと慈愛に溢れたお言葉なのか!細切れにされようと、爆散されようとも仕方のないことを私はしてしまったのに。あぁ!なんとお優しいことか!やはり貴女様の他にない!」


 すくっとサブマスは立ち上がり、優雅にお辞儀した。


「私はリーングルト・ユグドラース。見た通りエルフです。どうか私をお受け取り下さいませ」


 はい?


 サブマスはとてもキラキラした、何かを訴えかけるような、期待に満ち溢れた目で見つめてきた。でも言われたことの意味がわからない。


 サブマスは頭のリボンをキュッと締め直して再び深くお辞儀した。上目遣いにこちらを見る目は〈期待〉の二文字だ。


「さあ、どうぞ」

「え、いらないよ」

「ガーン!!」


 再びサブマスは固まった。が、すぐに戻り、コホン、と咳払いをする。


「言い方が不味かったようですね。私を貴女様の眷属に加えて下さい」

「それもいらないよ?」

「あぁ、不遜な要望でしたか」

「そういうことじゃないよ」


 知らない人を眷属には出来ないもん。


「で、では従者!従者ならどうです?!」

「それも間に合ってる」


 だって今はシアがいるし。


「でしたら下僕!下僕ならいいでしょう!?」

「だからいらないってば」

「そんなことは言わずに!私をお側に置いてください!眷属でも!従者でも!下僕でも!足置きとしてでも構いません!」

「いらないよぉ~!」


 ん?今、変なの交ざってなかった?


「とにかく要らないからね!大体、サブマスは眷属になるのが嫌で逃げ隠れしていたんじゃないの?!」

「当然です。誰が好き好んで傲慢高飛車男に仕えたいと思いますか?かしずくなら美少女の方が良いに決まってます!」


 どや顔で言い切った!


 何故か周囲の冒険者が賛同するように頷いている。あたたたた、とシグルドさんはカーラお姉さんに耳を引っ張られていた。


「さぁ、お受け取り下さい。私を丸ごと全部!」

 

 サブマスは優雅に跪くと、左手を胸に当て、右手を差し出した。


「私は貴女様の為だけに跪きましょう。未来永劫貴女様に変わらない忠誠を捧げます」


 わあ!と周りから歓声が上がる。


 ええ?!何?なんなの?一体何??なんで皆喜んでるの?なんでそんなに囃し立てるの?ええ??わかんないよぉ……。


 サブマスは蕩けるような眼差しでにこやかに微笑んでる。


 ぎゅっとアルが痛いくらい握り締めてきた。横を向くとアルの瞳が不安そうに揺らいでいた。


「アル?どうしたの?」

「あ、ごめん。痛かったよね」


 慌てて力を弛めてくれたけど手は繋いだままだ。繋いだ手を見下ろしたら、少し寂しそうに俯いたアルは、そっと手を離した。


「リリー、返答を。待たれているよ」

「アル?」


 離れていく手が、消えていく温もりが、とても寂しくなって、アルの手を繋ぎ直した。少し驚いた顔のアルは繋いだ手を見た後、顔を上げた。私と目が合うと、とても嬉しそうに微笑んだ。


 周りでキャーと人が倒れる音がする。何だろう?誰か火傷の被害が出てたのかな?


 アルの手はじんわりと温かい。優しく握り返してくれる事が何だか嬉しい。アルから伝わる温もりが混乱する心を落ち着かせてくれた。


 そう。私は大賢者。大丈夫。ちゃんと断れる。もう五歳なんだから(外見だけ)。今の私はノーが言えるハーフハイエルフ!うん。大丈夫。


 落ち着かせてくれたアルに、ありがとうと大丈夫を込めてにっこり微笑んだ。頷くアルに勇気を貰ってサブマスに向き直った。


 サブマスの訴え?押し売り?売り込みはまだ続いていた。あれ?この人こんなだったっけ?昨日はもっと落ち着いた暗い感じじゃなかった??


「どうか貴女様のお側に。眷属が駄目なら従者でも。従者が駄目なら下僕でも。下僕が駄目なら足置きにでも。敷物として貴女様に踏まれても構いません!いっそのことペットでもオモチャでも構いませんよ!?」


 はぁ?敷物?ペット?オモチャ???この人何言ってるの??


 落ち着いたはずの心が乱れる。だってワケわかんないよ。なんなの?一体?!


「さぁ、忠誠と共に私をお受け取り下さいませ!さぁ!どうぞ!!」

「だから、いらないってばぁ!」


 ギルドに私の叫び声が響く。


 視界の端に溜め息吐くメアリさんが見えた。


 ああ、もう。どうしてこうなったのかな?


 全くわからない。


 はてな?





読んでいただき、ありがとうございました。

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