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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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70. 良くも悪くも…


 扉を開けて入ってきたのはサブマスだ。


 満面の笑みを浮かべ歌うように回転しながら近づいてくる。全身を覆うローブがドレスのように翻る。器用に瓦礫を避ける様は踊り子のようだ。


「こんばんは、皆さん。今夜はなんて素敵な夜でしょうか!世界が私を祝福しているようです!ああ!全てが輝いて見えます!」


 サブマスはソファーの背面からシャンドラの髪をさらりと掬う。


「やあ、シャンドラ。今日も素敵な白髪だね。髪飾りがとても似合っているよ。ラース。君はいつも背筋か伸びて格好いい。叡知を隠したその瞳は今日も真実を見つめているのかな」


 今度は両手を広げてハンスを称える。


「ああ!ハンス!相変わらず素敵な上腕二頭筋だね!君にかかればどんな魔物も素晴らしく解体されるのだろうね。ふふ、メアリ。今日も可愛いね。相変わらず抜群の収納かな?」


 くるりと振り返りギルマスを見たサブマスはとても麗しく微笑んだ。


「ギルマスは相変わらず顔が怖いね。でも、君が誰よりも優しいことは私が一番わかっているよ」


 全員の目が死んだ魚のようになった。


「………誰なんじゃ?こやつは」とは総毛立ったシャンドラ。

「サブマスのような顔して、サブマスのような声で、サブマスにしか見えませんけど、全くの別人ですよね?」と首を傾げるメアリ。


「……新薬試しても良いかのぉ?」


 少しわくわく気味のラースがポケットから紫色の液体が入った怪しげな装飾の瓶を出せば、慌ててハンスが止める。


「お、おいっ!止めろよっ、ラース。これ以上変にする気か?!」

「駄目かのぉ?ならばこの新しいポーションで……」

「それこそ薬の無駄だ。はぁ。頭のネジが緩んでんだから、必要なのは工具だろ」


 ラースから取り上げた薬をテーブルに置いたハンスは一呼吸してサブマスを睨み付ける。


 ギルマスは凶悪な顔に更に眉尻を上げ、机をドンッと拳で殴った。


「おい、何世迷い言ほざいてんだ!やった責任感じてちったぁ反省してろ!」


 やれやれと首を振りながら執務机の前に来たサブマスは、バサリとフードを外した。さらりと流れ出る金髪を優雅に手で払い除ければ、魔道灯に照らされキラキラと輝く。


「何を言うのですか。反省したから出て来られたのですよ」


 サブマスはぐっと胸の前で右手を握り締めた。


「今、私の胸には止めどなく溢れ出る解放感と、勘違いとはいえ攻撃してしまった後悔でいっぱいなのです。もう、隠れる必要もなく、恐れる事もなく、怯える夜を過ごすこともない。ああ!百五十年!漸く解放されたのです!」


 サブマスは左手を空へと伸ばし、焦がれるように麗しく微笑んだ。


「あの方が私を解放して下さった……!恐れ怯えるあまりに確認もせず酷い攻撃を繰り返したと言うのに。あの方は慈悲を持って反省する時間を下さった……!」


 そうだったっけ?と、あのお仕置の場にいたギルマスとメアリは思った。元々リリーはギルド毎吹っ飛ばす気でいたはずだ。あの魔力の塊は相当なエネルギーだった。それをメアリが懇願したから変更しただけで、そこにサブマスに対する慈悲どころか一片の配慮もなかったはずだ。


 おそらくは、とメアリは考える。短い時間ではあるがリリーという幼女との交流で分かったことがある。


(リリーちゃんは純粋で素直。疑う事をしない子だわ。お家の方に、危険人物は吹っ飛ばすか凍らせるか燃やすかするように言われているのかもしれないわ)


 リリーの今までを思い出し、それはとても正しい考察に思えた。リリーはこれまでに魔獣を吹っ飛ばし、魔物を燃やし、ギルマスを凍らせている。


 メアリのサブマスを見る目が憐れみに変わった瞬間だった。


 サブマスの独白は続く。


「その想いに私は答えなければならないのです……!我が身命にかけて!我が名にかけて!私の身も心も貴女様に捧げましょう!どうか私をお受け取り下さいませ!ああ!どうか!」


 とても、陶酔していた。


「「「「「………………………」」」」」


 シャンドラは無言でテーブルに立て掛けてあった木の杖を掴んだ。

 

 バシン!!


 サブマスの背中を力一杯叩く。


 陶酔から覚めた目でシャンドラを見下ろしたサブマスは背中を撫でて、痛いですよ、と抗議した。


「黙らんか、この変態がっ」

「変態とは聞き捨てなりませんね、シャンドラ」

「変態を変態と呼んで何が悪い」

「基本的な事として、私は変態の定義に当てはまりませんよ。今の私は通常運転です」

「通常運転?何を言っておるんじゃ。おぬしはもっと陰気で根暗でもの静かだったはずじゃぞ」

「あれは……」


 はあ、とサブマスは髪を掻き上げた。


「仕方がなかったんですよ。存在を消すには噂になってはなりません。今生きている人々はほとんど私を知りませんからね。必要最低限の接触で記憶にも残らないようにするには個としての私を消すしかなかったのです。ですが。もう、その必要は無くなりました。祝、私、復活、です!」


 ファンファーレが鳴りそうな程高らかに宣言した。


 全員目を逸らす。


 ―――――面倒臭そうなのが復活した……!


 普段纏まらないギルド幹部の心が一つになった!


「で?サブマスはもう隠れなくてもいいのか?」


 ギルド幹部の中で比較的常識人のハンスは、いそいそと薬を仕舞うラースを呆れた目で見ながら尋ねた。サブマスはええ、と優雅に微笑みながら頷く。


「ですが、当分はこのままでいようと思いますけれどね」

「なんだよ。もう隠れる必要がねぇならギルドマスターに戻ればいいだろが。でもって俺を解放しろや」

「それは出来ませんね」

「何でだよ!」

「私はあの御方の従者に成るのですから、ギルドには居られませんよ」

「もう決定かよっ!断られるって思わねぇのか?」

「断る?この私を?冗談でも笑えませんね。私の何処に断られる要因があるというのですか」


 サブマスは鼻で笑い、またもや陶酔した目で空中を見つめる。


「ああ!早くお側に侍りたい……!」


 切実な懇願をするサブマスに、メアリが現実を突きつけた。


「どうでもいいですけど、サブマス。早く部屋を元通りにしてくださいよ」


 ふと、我に返ったサブマスは、メアリを振り返り微笑む。


「そうでした。……『再生』」


 サブマスが唱えると部屋全体に大きな魔法陣が広がり、みるみる瓦礫が消え、部屋は元通りになった。


「エルフ特有の再生魔法か。便利な魔法じゃな」

「だからと言って、ギルド壊さないで下さいよ、シャンドラさん」

「ヒヒヒ。メアリは心配性じゃなぁ」


 最後の干しいもを振って笑うシャンドラにメアリは肩を竦めた。


「あ、サブマス、廊下と客室の布団もお願いします」

「廊下は既に直しておきましたよ。客室の布団は買い替えて下さいね」

「布団は駄目でしたか」

「いえ、布団は私が頂きました。あの御方の魔法が触れたのですから従者の私が頂くのは当然のことです」


 胸を張るサブマスに全員無言になった。


「……サブマスの報酬から布団代引きますからね」

「ついでに嬢ちゃんへの迷惑料も引いて渡してやれ」


 呆れた顔のギルマスに、メアリが力一杯頷く。


「そうします!」

「あ、でしたら私も一緒に付けて渡してくださいね、メアリ」


 リボン付きでお願いします、と少し照れた笑顔で気持ちの悪いことを言うサブマスに、またもや全員の心が一つになった!


 ―――――やはり変態だ!!キモい!リボン巻いたサブマスなんて絶対要らんだろ!


 「「「「「………………………」」」」」


 ―――――いや、似合うかもしれない……。


「はぁ………」


 誰ともなく深いため息が溢れた。


 良くも悪くも夜は更けていく。


「あー、今日も協議が成り立たないわね……」













読んでいただき、ありがとうございました。

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