69. 協議は踊る……?
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夜も更けた頃。
瓦礫の散乱する冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋にはギルドの主だったメンバーが集まっていた。埃まみれのソファーを前に各々埃を払い瓦礫を退ける。
「少しくらい掃除をしたらどうなんじゃ。いくらなんでもこれはあんまりじゃぞ」
ギルドの物品販売を統括する小柄な老婆シャンドラは武骨な木の杖をテーブルに立て掛けてソファーに深く体を預けた。渋い緑色のローブに砂埃が着く。それを手で払い除けるとフードが外れ、ポニーテールを三つ編みにした白髪が現れた。髪留めの赤い飾りがしゃなりと鳴る。
「ほれみろ、すっかりローブが汚れてしまったわ」
「俺じゃねぇ」
ギルマスはどかりと執務机の椅子に座る。執務机の瓦礫を払って床に落とし、頬杖をついて眉根を寄せた。
「最近はギルドに詰めておったからのう。余力が余って暴れ足りないのだろうなぁ」
シャンドラの隣に浅く腰かけた白衣の初老の医師ラースは伸ばした白い顎髭を撫でて、フオッフオッフオッ、と笑った。白く太い眉毛に目が隠れているが、背筋の伸びたラースは老人のなかでも背が高い。穏やかな気質であるが、治療には容赦がないことで有名だ。
「どれ、余分な血でも抜こうかのぉ」
「だから、俺じゃねぇ……注射を出すなっ」
ラースは残念そうに肩を落として白衣のポケットに注射器を仕舞った。
「そうは言ってもよ。これは暴れすぎじゃねぇのか?」
解体を統括する眼光鋭い老人ハンスはシャンドラの向かいのソファに散乱する瓦礫片を払ってどかりと座った。年老いたとはいえ袖を捲り上げた腕を組むと艶張りのある筋肉が盛り上がる。ふん、と鼻息を鳴らす。
「どうせ暴れるならSランクでも狩ってこいや」
「俺じゃねぇっつってるだろうが!この腐れじじい供!!人の話を聞きやがれっ!」
ダンッと机を拳で叩いたギルマスは好き勝手言う老人達を睨み付けた。
その台詞にくわっっと眉尻を上げたのはシャンドラだ。鬼の形相でギルマスを睨み返す。
「誰がじじいじゃっ!こんな耄碌じじい供と一緒にするでないわっ!」
眼光鋭くシャンドラに反応したのはハンスだ。
「誰が耄碌だよっ、このババアがっ」
「お前の事じゃよハンス!ババア言うでないわっ!このじじいがっ!」
「ババアをババアと言って何が悪い。お前さんだって散々人の事をじじい呼ばわりしてるだろうがっ」
「じじいなのじゃからしょうがないじゃろっ」
いつの間のか言い合いはハンスvsシャンドラに変わっていた。お互いをじじいだババアだと罵り合っている。
ラースは関係ないとばかりに欠伸をして、ギルマスはまたか、と頬杖をついて呆れた。
「またですか?しょうがないですねぇ」
呑気な感想と共にメアリが入ってきた。人数分のお茶を乗せたお盆を手にしている。
メアリは一旦ギルマスの執務机にお盆を置くと、テーブルに散乱する瓦礫を退けて拭いた。ギルマスの前に湯呑みを一つ置き、残りをテーブルに並べる。
ハンスの隣に座ったメアリは湯呑みを取るとこくりと飲んだ。
「メアリ。少しは掃除してやったらどうじゃ」
言い合いに喉が乾いたのか、シャンドラはごくりごくりと茶を飲んだ。
「いいんですよ、これで。後でサブマスに片付けさせますから」
「そういえばサブマスはどうしたんだ?いないようだが」
ハンスが天井に空いた穴を見上げて首を傾げた。
「サブマスなら客室で凍ってますよ」
「は?なんで凍ってるんだ?」
「リリーちゃんに報復されたからですね」
「リリーってのはあの可愛いおちびちゃんだろ?報復されるような何やったんだ?サブマスは」
「色々やったみたいですよ。一番は即死の呪いをかけたようですね」
「「「!!」」」
老人達は一斉に天井の穴を睨み付けた。
「馬鹿か!あやつは!」
唾を飛ばしながらシャンドラは吐き捨てた。
「よりにもよって即死の呪いとはのぉ………嬢ちゃんは無事かのぉ?」
片眉をあげたラースにメアリは少し遠い目をした。
「無事ですよ。でも報復でギルド壊す気満々で……」
大変でした……、と呟くメアリにハンスはポン、とメアリの肩を叩いた。
「よく収めたな。お疲れさん」
「ありがとう。サブマス生け贄にしましたから。この惨状はリリーちゃんがサブマス捕らえるのにお友達の蔦を使ったからです」
「なんだそれは?」
「よく分からないけど意思のある蔦のようでしたよ。サブマスとついでにギルマス捕らえてきたんです」
「なんじゃ、おぬし、捕まったんか。Sランクも錆びたものじゃな」
「うっせぇよ」
ヒヒヒと嘲笑うシャンドラに、苦虫を噛んだような顔でギルマスはふいっと横を向いた。
「それでリリーちゃんがサブマス凍らせてこの件は解決したんです」
「………自業自得じゃな」
「そうさのぉ」
「だな」
三人の老人はずずずーとお茶を飲んだ。
「茶受けが欲しいのぉ」「すみません、売り切れていて」「干しいもならあるぞ。どうじゃ?」「おお、では貰うとするかのぉ」「あ、私にも下さい」とやり取りが交わされる中、ハンスは天井を見上げて、ギルマスへと視線を移した。
「凍ってるのはいいとして、これから仕事はどうなるんだ?ギルマスがやるのか?書類仕事」
ハンスの指摘に嫌な顔をしたギルマスはぐびぐびと茶を飲み干すと、じろりとハンスを見た。
「心配ねぇよ。氷ならもう半分融けてる」
「融ける?火でも炙ってるのか?」
「いや、そんなんじゃねえ。そういう魔法だそうだ」
「リリーちゃんが言うには、心から反省したら氷は融けるそうです。元々人違いで攻撃したようですから、誤解だと分かり反省したんでしょうね」
もぐもぐと干しいもを食べながらメアリはポケットから懐中時計を取り出して、もうそろそろですね、と呟いた。
「なんじゃ、罰はもう終わりかえ?もっと厳しくした方が良いじゃろうが」
「今回の協議はそれを決める事かのぉ?」
「いえ、違いますよ。別件です。まあ、リリーちゃん絡みっていうのは同じですけどね」
「なんじゃ、娘っ子がなんぞしたんか?」
シャンドラはとてとて歩く銀髪の幼女を思い出す。あれとこれとうーんと……、と背伸びをしながら物珍しそうに首を傾げて購入していく姿に思わずシャンドラも相好が崩れたものだ。
「そうなんですよ!リリーちゃん、まだEランクなのにオークキングを一撃で倒してきたんです!」
「……ああ、あれか………」
解体所に持ち込まれたオークキングを思い出してハンスは遠い目をした。
オークキング自体はそれほど珍しい魔獣ではない。魔獣ランクはAかS。単体ではAランク。オークジェネラルと一緒にいた場合にはSランクになる。Aランク冒険者グループがやっと倒せるレベルである。但し共に満身創痍。持ち込まれるオークジェネラルやオークキングは傷だらけの上、その巨体から全身持ち込まれる事は稀だった。
それが眉間の一撃以外は無傷の完品。つまりは急所を狙ったということになる。魔物、魔獣の急所は上位個体になればなるほど知られていない。だからこそ双方満身創痍になるのだ。
二体の魔獣を前にしてハンス達解体親子はごくりと唾を飲み込んだ。これはオークジェネラル、オークキング共に急所が判明した瞬間だった。
「ギルマスでさえ相当切り刻むだろ?卸せる肉は少ないし、薬の材料になる内臓はいつもズタズタ。それが今回は完品だぞ。全身全て素材可能だ。生きてる内に見れるたぁ思わなかった」
「ほうほう、それは高値が付きそうじゃな」
「いや、それがもう買い手はついた」
「早いのぉ。何処から漏れた?」
「漏れちゃいねぇ。王城からだ。宮廷錬金術師が買い取るそうだ」
シャンドラとラースはチラリとメアリを見た。
「連絡なんてしてませんよ。リリーちゃんがその話をしたのは殿下達が帰られた後ですし。おそらく水晶からですね。あの水晶は元々宮廷錬金術師が開発したものですからね。情報が全て王城で管理されていてもおかしくはありません」
「ま、そうだろうな。冒険者ギルドっつっても元々王立だ。最近は他国の冒険者ギルド所属も多く入国してる。帝国の件もあるしピリピリしてんだろ」
ギルマスは懐から飴を取り出すとバリバリ噛み砕いた。
「国王様はまだ砦ですものね」
「剣を振り回すしか脳のないあの若造が今や国王やっとるんじゃからな」
国王がまだ王子であった頃、ギルドで散々世話をしたシャンドラはしみじみと呟いた。
そんなこともあったのぉ、と相づちを打ったラースは、解体は大変だのぉ、とハンスを見る。
「オークキングは貴重な素材が多いからのぉ。薬に魔道具、他国との交渉にも使えるのぉ」
「ま、若い奴らには貴重な経験だしな。講義しながら慎重に解体する予定だ」
「だったら少しはこっちにも素材を回せ。勿論、王城には内緒じゃぞ」
「ちょびっとでも駄目かのぉ。爪でもいいのだがのぉ」
「駄目に決まってるだろうが。儂の信用を無くす気かっ。てかラース!然り気無く薬の材料を指定するなっ」
「ケチじゃなぁ」
「ケチだのぉ」
シャンドラとラースはこれ見よがしに落胆して見せた。ハンスの額に青筋が浮かぶ。
「お、ま、え、ら、なぁ!!」
「あんまり怒るとぽっくり逝くぞ。じじいじゃからな」
「血、抜くかのぉ?」
摘まんだ干しいもを揺らしながらヒヒヒと笑うシャンドラに、白衣から注射器を取り出すラース。
「相変わらず、協議が出来ませんねぇ」
怒鳴り散らすハンスを余所に、メアリは干しいもを口に入れ、ギルマスはうるせぇな、と背中を向けた。
「あ、もうお茶がないわ」
メアリが立ち上がろうとした瞬間。
バタン!!
「やあ!皆さん、お揃いで!」
部屋の扉が勢いよく開いた。
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