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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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68. 幸せの味


「じゃあ、早速で悪いけど、違いを教えてくれる?」


 ミレイユさんはポケットから小さな手帳を取り出して小さな木炭を構えた。手が汚れないように布が巻いてある。厨房に沢山あるから使い放題なんだって。


「うん」


 違いかぁ。


 パクリともう一度食べて、もぐもぐしながら考えてみる。


 違い……もぐもぐ……違い……もぐもぐ…………。


 全部違う。けどそういうことではないよね?もっと具体的に、何が違うのか、だよね?


 これも美味しいけど、スイのタルトは……こう、もっと、うーん、難しい。違い、違いかぁ。


「んーと、ねぇ……作り方はわからないけど、スイのタルトはこのクッキーみたいなところがもっと香ばしい感じ?んー……あっ、確か何か木の実を混ぜてた?」


 シアに確認すると、はい、と頷いた。


「あれはアーモンドですね」

「アーモンド!南の島で取れるやつか!どんな風に入ってたかわかる?砕いたとかそのままとか」

「んーと、存在が分からない時もあるし、粒々の時もあったよ」

「存在が分からないってことは、粉状にして練り込んだのかな?あとは粒状か。それは何で変わるのかな?中身の具材とかかな?」

「んー、機嫌?」


 メモを取る手を止めてミレイユさんはきょとんと数回瞬きをした。


「機嫌??」

「機嫌が悪いと粉になって、機嫌が良いと粒が残る?かな」

「………なるほど。ストレス解消か……わかるなぁ。イライラしたときはクッキー作りたくなるもんな。思いっきり生地を叩き付けるとスッキリするし」


 神様来た後なんかは粉が多いよね。今日食べたのも粉状が練り込まれてたよね。


「どちらがベストかは比べてみないとわからないか………。他は?果物は何を使ってる?」

「森で採れるベリーが多いよ。木苺とか野苺とか。でもそのままだと酸っぱいから蜂蜜と砂糖で甘くしてた」

「ベリーか。甘くしたのならジャムかコンポートか……形は残っていたのかな?」

「うん。あったよ」

「そこも試行錯誤だな。よしよし、大分わかってきたぞ。後は?何が違ってる?」


 そうだなぁ………。もう一口食べてみる。葡萄のとこだ。モグモグ……。やっぱり美味しいなぁ。これでも美味しいけどなぁ。美味しいから嬉しくなるし楽しくなる。ふふふふふ。


「旨そうに食べるねぇ。このタルトでもそんなに旨いのか?」

 

 頬杖を付いたミレイユさんは嬉しそうに笑った。


「美味しいよ。ここは食事もデザートも全部が美味しい。美味しくて顔がにまにましちゃうよ」

「そうか!それは嬉しいな。料理人冥利につきるね」


 柔らかく笑うミレイユさん。本当に料理作りが好きなんだね。


 ふと、タルトの断面を見て、何か足りない気がした。スイのタルトと断面が違う。何だろう?


 うーん………タルトのサクサク、甘い果物、白い、クリーム?………あっ!


「クリーム!スイのタルトはクリームみたいなの白くない。もっと黄色いよ!」

「黄色のクリーム?今回は生クリームとヨーグルトを混ぜたんだけど。黄色いクリームか……」

「うん。黄色。だよね?シア」

「はい。あれはカスタードというものですよ」

「カスタードか!確かにベリーの酸味に合うな!」


 うんうん、よしよし、とミレイユさんはメモを取りながら頷いた。チラリと覗くと既に簡単な完成図や断面図、注釈が書かれている。絵が上手いなぁ。


「形が見えてきたぞ。じゃあ最後の質問だ。幸せの味とは何だ?調味料か?香りか?」


 うーん。それなんだよね。幸せの味って何だろう?これは発言者のミナちゃんに聞くべきだよね?


「ミナちゃん。幸せの味ってなあに?」


 紅茶を飲みながら私達の会話を聞いていたミナちゃんは、向けられた質問にきょとんとした。


「幸せの味は幸せの味だよ。あのタルトを食べたときにそう思ったの」

「シアは感じた?」

「そうですね。あの時間は至福で満ちておりましたので、よく覚えておりません」


 少し陶酔した目で思い返すシアは幸せそうだ。初めて食べたスイの手料理だもんね。そうなるか。


 私にはいつものタルトだったよ。いつも通り美味しくて大好きな味。


 スイのベリータルトは大好物だもん。


 うーん、とミレイユさんはミナちゃんを見る。


「ミナはもっと詳しく覚えてないのか?」

「えー?詳しく?うーん………上手く言えないけど、なんかこう食べると嬉しくなっちゃった感じ?美味しいなぁ、嬉しいなあ、って思う味?その心が幸せに思うのかなぁ?」

「あ!それならわかるよ!スイの料理は食べると嬉しくなるもん」

「味ではなく感覚の問題か……」


 ミレイユさんは呟いて、はぁ、と溜め息を吐いた。


「味ならなんとかなるけど感覚はなぁ……」


 感覚………。何かを感じるってことだよね?幸せを感じたらそれが味ってことかな?


「それならいつも感じてるよ。ここの料理はいつも美味しくて嬉しくなるよ!このタルトでもそう思ったよ」

「美味しいから嬉しい……?」


 いまいちミレイユさんには理解出来ないみたいだ。


 全ての料理が嬉しくなる訳じゃない。美味しくても味気なく感じることはある。串焼き屋さんのおじさんの串焼きはとても美味しくて嬉しくなるけど、別の串焼き屋さんのお肉は美味しいのに嬉しくならなかった。何が違うか分からないけど、串焼き屋さんのおじさんはいつもにこにこしながら焼いていて、串焼きが好きなんだなぁ、て思う。別の串焼き屋さんの人は作業のように焼いていて、手が空くと煙草を吸ってる。お客さんが来ても面倒そうにしててちっとも楽しそうじゃない。


 こんなことが影響するのか分からないけど、ミレイユさんに話したら何かを考えるように黙ってしまった。


 ミナちゃんはうんうんと頷いて、そういうのわかる、と同意してくれた。シアは優しく微笑んで、それは愛情の違いではありませんか?、と言った。


 愛情……?


 それが味になるのかな?


「串焼き屋の店主は串焼きに対する思いがとても強いように感じました。肉の種類によって味を変え、仕入れに関しても拘りがあるように感じます。値段も手頃です。決して儲けの為だけに串焼きを作っているようには思えません。恐らくは客の美味しいという笑顔の為に作っているように思えました。そこには串焼きに対する愛情と、客の笑顔に対する愛情があるように思えます。その反対にあの屋台の者は金儲けの為に串焼きを作っていました。値段は高めで味は良くても作り置きがほとんど。売れればいいし接客は面倒臭い。そこに料理に対する愛情もなければ、食べる者にも一切の配慮もない。だから味気なく思うのだと思います」


 ミレイユさんはじっとシアの言葉を聞いていたが、突然ぐっ、と眉間に皺を寄せて、はあ、と額を押さえた。


「……あー、くそっ、そういうことだったのか」


 ミレイユさんは天を仰いでから息を吐き出して、私達に向き直った。その顔はどこかスッキリしていた。


「シアさん、だっけ?ありがとう。目が覚めたよ。リリーちゃんもありがとう。こんなに小さいのによく見てる」


 ミレイユさんは私の頭を撫でて、おお、凄い手触り良いな、と呟いた。そのままぐりぐりと強めに撫で続ける。


「ミレイユさん?!」


 驚いたミナちゃんは慌てて小声で嗜める。というか、素早く辺りを見渡して、びくっとしてから慌てて注意した。


「ミレイユさんっ、ミレイユさんっ。リリーちゃんはハイエルフ様。ダメっ、お母さん見てるっ」


 その瞬間ミレイユさんは固まって、ギギギッ、とぎこちなく振り返り、びくっ!、と総毛立った。


「あ、はははは」


 そっと私から手を離すと何事もなかったかのように紅茶を飲む。


 何だろう?と振り返ったら、厨房前にいたリタさんが笑顔で小さく手を振ってくれた。


 えへへ。


 嬉しくて手を振り返す。


「ミレイユ殿。リリー様は百歳ですよ」

「おっと。それは子供扱いしてすまなかったね」

「いいよー。まだ見た通り、子供だし」

「はは、子供の定義は難しいな」


 ミレイユさんは苦笑いしながら紅茶を飲んだ。


「さっきの話だけどさ。うちの料理長にはルールがあって、料理人は毎日一回は自分の料理をお客様に給仕する、てやつでさ。忙しいのに何でだろって疑問に思って聞いたことがあるんだ。そうしたら『料理は芸術じゃない。客がいて初めて成り立つ』って言われたんだ。何当たり前の事言ってだって思ってたけど、意味が違ったんだな」


 はあ、と少し後悔気味に息を吐いて、ミレイユさんは隣のテーブルでデザートを満足そうに食べている様子を見て微笑んだ。


「芸術は作者が満足のいくものを作ればいい。だけど料理は、食べる人が満足しなければ完成とは言えない。ただ作業のように料理をしても、それは料理人が満足しているだけで料理じゃないんだ。食べる人の事を考えて作らなきゃそれは料理ではなく芸術。食べるものではなくなる。だから料理長はお客様に給仕することで食べる人を見せていたんだ。実際に食べる人の姿を。誰かのために作る。そこには愛情が生まれる。美味しいと笑顔になる。これが幸せの味なんだ。情けないな。こんな大事なことに気づかなかったなんて。料理人失格だ」


 自嘲気味なミレイユさんは、すまない、とミナちゃんに謝った。


「あたしでは再現出来ないかもしれない」

「ミレイユさん……」


 ミナちゃんは泣きそうだ。


 私は紅茶を飲んで口の中をリセットすると、もう一度タルトを食べた。


 これが料理人失格の味?こんなに美味しいのに?つい笑顔になっちゃうのに?これだってミレイユさんがミナちゃんの為に試作したんだよね?それだったらこれも幸せの味なんじゃないの?


「うん。やっぱりそんなことないよ」

「うん?」

「ちゃんと美味しいし、嬉しくなるよ、このタルト。幸せの味になってるよ」

「で、でも、ミナは違うって……」

「それはタルトの味が違うからじゃない?」


 確認するとミナちゃんは頷いた。違うってそういうこと?とミレイユさんは驚いた。


「それにあっという間に食べきったって……」

「んー、お腹空いてたからとか?」

「あ!そう言えば朝ごはん食べてなかった……その……リリーちゃんが心配で……。で、でもっ、あのタルト食べたら元気になったよ」


 シアが当然です、と少し得意気に微笑んだ。


「主様のタルトには疲労回復の効果がありますから」

「疲労回復……」


 ミレイユさんはメモを見返した。


「蜂蜜、砂糖、卵、酸味の強いフルーツ……確かに。これは疲労回復に効くな」

「……ああ、そっかぁ。ミナちゃんは疲れていたんだよ。だからタルト食べて疲労が回復してスッキリしたから余計に幸せを感じたんじゃないかな」

 

 首を傾げて聞いてみたら、ミナちゃんは納得したように、何度も頷いた。

 

「そっか……そうかも。夕べもあまり眠れなかったし。私、疲れてたんだぁ……」


 なんかちょっと居たたまれない。ミナちゃんが寝不足になったり疲労した原因は私だ。誤解があったとはいえ心配掛けすぎちゃった。やっぱりお詫びやお礼をしないと。


「心配掛けてごめんね」


 しゅん、として謝ると、ミナちゃんは両手を振って否定した。


「リリーちゃんのせいじゃないよ。気にしないで」

「そうだぞ。おかげで新しいレシピを作れるんだし。ミナにはいつも手伝ってもらってるからな。そのお礼も兼ねてタルトを作ろうと思ったんだ」


 ミレイユさんはポンポンと優しく頭をなでてくれた。良い人だ。


「ミナちゃんはいつもお手伝いしてるよね。凄いなぁ」

「私は大したことしてないよ。ミレイユさんのデザートは美味しいし、作る作業も見ていて楽しいもん」

「それでも助かってる。ミナに手伝ってもらうのは凄く嬉しいからな」

「ホント?ふふ、嬉しいなあ。これからもいっぱいお手伝いするね」

「お、頼むよ」


 ミレイユさんとミナちゃんはお互い嬉しそうに微笑みあった。


 嬉しい……?お手伝いはしてもらうと嬉しいものなのかな……。


 よくお猿さんがベリー摘むの手伝ってくれたな。半分は食べられたけど籠一杯になるまで付き合ってくれたよね。喧嘩もしたけどあれは嬉しかったな。背の高い木の実をとる時に古竜が頭に乗せてくれたよね。鱗が滑りやすくてフウがハラハラしてた。ふふ、楽しかったな。


 そうだよね。誰でも手伝ってもらったら嬉しいもん。それは人も変わらないんだ。


 だったら………。


 うん。よし。決めた!


 タルトの最後の一口をパクリと入れる。サクサクとして、モグモグっとして。はあ、やっぱり美味しいよ。


「ご馳走さまでした。このタルトも凄く美味しかったよ」

「今度はもっと旨い菓子を作るからな。また試食頼むよ」

「もちろん!」


 そんな依頼なら笑顔でオッケーだよ。


 両手で大きな丸を作ったら、ミレイユさんが破顔した。







読んでいただき、ありがとうございました。

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