66. 美味しいは幸せ
くぅ~。
お腹が鳴った。そういえば魔道ランブが点灯したんだった。
「夕餉に参りましょうか」
シアはしゅるりと手から降りて私を見上げた。
「おや?大賢者様、お髪が乱れていますね。直してから食事に致しましょう」
シアが人型になり、空間収納から櫛を取り出した時。
シュルリ、とリボンが解かれて、シュパパバパ~と、凄い速さで髪を梳かして編まれた。最後にきゅ、とリボンが結ばれる。やってくれたのは………蔦さんだ。
えっ!?蔦さん、櫛あるの?
振り替えると蔦の先を幾つも束ねて櫛状にした蔦さんが、どう?とばかりに葉を傾げる。
「凄いね!蔦さん!何でも出来るね!ありがとう!」
照れてうねる蔦さんはとても可愛い。でも何故か不穏な気配がして横を向くと、とても迫力のある笑顔でシアが櫛を握り締めていた。
「…………まぁ、いいでしょう。こういった戯れのような勝負は、火の眷属の管轄ではありますが、私も嫌いではありません。受けてたちましょう」
何の勝負?
「とはいえ、昼間のミナ殿の気持ちがわかりました。確かに悔しいですね」
何かを悟ってうんうん、と頷いたシアは櫛を仕舞ってからひょいっと私を抱き上げた。
「こうしてお連れしてもよろしいですか?」
「いいけど、何で?」
「癒しが欲しいのです」
シアは一度優しくぎゅっと抱き締めるとと、しっかり私を抱き抱えて部屋から出た。背後で蔦さんが扉から葉を振って見送ってくれた。手を振り返したら蔦さんは一度強く葉を振った後、部屋に戻っていった。その後、パタンと扉が閉まり、カチャリと鍵を掛けた音がした。うん。最高の留守番だね。
一階はとても良い匂いが漂っていた。いつも食堂の美味しい匂いがしてるけど、今日は甘い匂いがしてる。ついにんまりしちゃう。
デザートかな?何かな?ケーキ?タルト?パイ?それとも、クッキーかな?はにゃ~ん。何だか懐かしい香りだよぉ。
「あ、リリーちゃん来た!」
トコトコとミナちゃんが走り寄ってきた。お手伝いしてたのかな?給仕のエプロンをしている。
「ちゃんと休めた?」
「うん」
本当はお仕事してたから疲れは増してるけどね。でもこの匂いで疲れなんて吹き飛んだよ!
「良い匂いだね!」
「そうでしょ?実はね、昼間食べたタルトが凄く美味しかったからね、お願いして再現してもらったの。材料が違うから同じではないと思うけど……」
ああ!だから懐かしい香りがしてたんだ。
「上手く出来たらお店のメニューに加えてもらおうと思って。だって凄く幸せの味がしたんだもん!」
「幸せの味?」
「まだ試作段階なんだけど、リリーちゃん、夕食後に味見してくれないかな?」
「えっ!?食べて良いの!?絶対味見する!」
「やったー!ありがとう!」
両手を上げてぴょんぴょん跳び跳ねたミナちゃんは、カウンターの中から聞こえたコホンっ、の咳払いにピタリと止まった。恐る恐る振り返ったミナちゃんは、良い笑顔のリタさんを見てピシッと音がするくらい綺麗な直立になった。
「で、では……お席に……えっと……ご、……ご案内、します……」
少しギクシャクしながらミナちゃんは食堂の席に案内してくれた。
私たちが座ると、少しキョロキョロしたミナちゃんは小声で溜め息を吐いた。
「お母さんは接客マナーに厳しいの。あーあ、またお説教だわ」
「がんばれー」
「はぁ……リリーちゃんはいいなぁ。シアさんは怒らないでしょ?」
対面のシアはニコニコしている。
「シアはいつも優しいよ」
「リリー様にそのような事は必要ありませんから。ですが、行き過ぎた行いを諫めるのは従者の務め。その時はお任せを」
スッ、と一礼するシアに内心苦笑いだ。
過ぎた行いって何かな?無礼者がいたら街ごと消滅させろって言っていたよね、最初。シアの善悪認識レベルが気になるなぁ。
「お待たせしました!今日のメニューは。えぇと、キングトラウトのフリッターと山羊のチーズフォンデュ、野菜チップス、です!」
ミナちゃんが元気良く運んでくれたのは見たこともない料理だった。赤い身に白い衣が付いた一口サイズのもの。何も具のないチーズの香りがするシチューのようなものに、薄切りのパリパリの野菜?なのかな?でも凄く凄く良い香りがする。
「これは何?」
「ん?キングトラウトのフリッターだよ?」
首を傾げる私にミナちゃんも首を傾げる。
「キングトラウト?フリッター?」
「あれ?知らない?川に出る魔魚だよ。それを溶かした小麦粉付けて揚げたのがフリッターだよ!軽く塩味が付いてるけど、山羊のチーズ絡めて食べると絶品なの!」
シチューだと思ったものは山羊のチーズだった。少し大きめの器に溶けたチーズが湯気を立ててる。
「チーズが冷めてきたら教えてね。また温め直すよ」
川にも魔獣がいるんだ!あ、魔魚?だっけ?
赤い身の魚みたい。一口サイズのフリッターをそのまま食べてみる。
サクッ。ホロッ。フワァ。
何これ!何これ!衣はサクッとしてるのに、キングトラウトの赤い身はホロッと崩れて、フワァと良い香りが口に広がったよ!
「美味しい!!」
熊さんが捕ってきてくれる鮭に似てるけど違う!全然違う!味が濃い。だから塩味がちょうど合う!
「リリー様。このチーズに付けて食べるとまた違う味わいになりますよ」
シアのお皿はすでに半分ない。相変わらず咀嚼しているのか不明な速さだ。
今度はチーズを絡めてみる。トロッとしたクリームのようなチーズは湯気を立てて熱そうだ。フーフー、と少し冷ましてから口に入れた。少しお行儀は悪いけど、シアも周りのテーブルでもそうやって食べてるから大丈夫だよね?
はわぁ………。
もはやどう表現して良いかわからない。熱々で、でもトロッとしてて、サクッとしてて、ホロッで、ジュワァだ。チーズが濃厚なのにサラッとしてて、キングトラウトの味を邪魔しない。美味しい。凄く美味しい。
シアはパリパリの野菜もチーズを絡めて食べていた。真似してみると、うん、間違いない。美味しい。
揚げたものをチーズに絡めるだけでこんなにも美味しくなるなんて!
数日ぶりの食事は、あっと言う間に無くなった。
デザートのフルーツたっぷり入ったゼリーは、さっぱりとしていて濃厚なチーズの後にぴったりだった。
はにゃぁ~満足~。
「美味しかったね、シア」
「そうですね」
「川にも魔獣がいるんだね」
「魔魚ですね」
「魔魚………魔獣討伐はダメっていってたから、魔魚ならいいかなぁ?」
「駄目でしょう。魔魚は釣りをしないと捕れませんが、魔魚はキングトラウトだけではありませんので、またメアリ殿が頭を抱えてしまいますよ」
「………お説教一時間?」
「一時間で済めば良いのですが」
「あぅぅ………ダメかぁ」
テーブルに突っ伏してシアを見上げる。
「こんなにも美味しいんだから、沢山捕って町の皆にお礼したかったのに」
「魔獣や魔魚を狩るだけがお礼ではありませんよ」
「じゃあ、どうすればいいかなぁ?」
「そうですねぇ………」
シアと悩んでも良い案は出てこなかった。精霊の森では動物や竜、精霊しかいない。何をすれば人に喜ばれるのかシアも私も全くわからなかった。古竜は癒しの魔法が喜ばれたし、地竜の子は一緒に遊べば喜んだ。精霊はいたずらっ子が多くて一緒にイタズラすると喜んでくれた。その後で必ずフウに叱られるのだけど。動物達は其々違った。狼は追いかけっこが好きだし、ウサギは撫でられるのが好き。熊の子は蜂蜜を採るのが好きで、猿は木の実を投げ合うのが好きだった。
人は何をすれば喜ぶのかな?
むむむ、と悩んでいたら、「お待たせー」とミナちゃんがタルトと紅茶を運んできた。
「お腹まだ入る?試作のタルトだよ」
読んでいただき、ありがとうございました。




