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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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48. 寝てる?(アル視点)


 一階に降りると、宿屋の娘のミナが商人風の男と必死な形相で話していた。


「まだ見つかってないって。連絡もないらしい」

「そんなっ……お父さん!もう一度ギルドに依頼して!」

 

 宿の主人は―――確かアランといったか―――難しそうな顔で、いやもう少し待とう、と娘を説得していた。


 何かあったのだろうか。


 三人に近づいた。ライルが止めようとしたが手で制した。民が困っているならばそれを解決するのも王族の役目だ。  


「どうかしたのか?」

「あ、殿下」


 ミナとアランは頭を下げ、隣にいた男も、殿下っ?、と慌てて頭を下げた。


「普通で構わない。それよりも何かあったのか」

「それが……」


 男は言葉を濁した。言っていいものか迷っているようだ。


「リリーちゃんが見つからないんです!」

「リリーが?」


 僕たちは顔を見合わせた。胸中は恐らく同じだ。


 とんでもない魔法を使い、高度な錬金術を意図も簡単に行使する()()リリーが行方不明?あり得ないだろう。


 それとも何か不測の事態があったのか。


「詳しく話してくれ」


 アランが事の次第を話した。雨が降る前の日、リリーは森に寝泊まりするから三日留守にすると出掛けていった。だが、四日目になっても戻らない。雨も降っているから、せめて安否確認だけでもと五日目になる昨日の朝、ギルドに依頼を出した。だが依頼を受けた冒険者は戻っておらず、未だ安否確認が取れていない。ということだった。


 雨の降る前の日といえば、リリーが僕達に転移魔法陣を作ってくれた翌日だ。あの日は大規模修復の混乱を静めるために奔走した日だな。


「リリーなら心配は要らないと思うが」

「だってリリーちゃん、一人だったって言うから!ジェドお兄さんも、ギルドも、門番さんも、みんなリリーちゃんは一人だったって!」


 どういうことだろう。いつだってリリーは一人だったが。


「誰もシアさんを見てないから!何かあったのかなって、心配でっ」

「シア、とは?」


 アランに尋ねるとリリーの従者だと言う。あの日。転移魔法陣をもらった日に宿にやって来たのだと。そういえばあの日。用事があると帰らなかったか?用事とはその事か?


「リリーちゃん、いつも一人でご飯食べてたの。でもシアさんと食べてる時のリリーちゃんは凄く嬉しそうで楽しそうで、仲がいいなって羨ましいくらいだったのに。あの日もリリーちゃんと一緒に出掛けていったのに、なのに……」


 ミナは隣の男を見上げた。優しげな風貌の男は眉を下げた情けない顔でミナの頭を撫でた。


「ごめんよ、あの時にちゃんと声を掛けておけば何かわかったのに」

「ローラン殿は商談中だったのでしょう?無理もないことですよ」


 アランは残念そうに首を振った。男はさらにがくりと肩を落として、すみません、と謝った。


 この男は誰だろう。


 ちらりとカインを見る。カインは頷いて、一歩前に出た。


「それで、貴方は誰ですか?ここにいる理由は?」


 カインは尋問するようにじとりと男を見た。


 この中で身元が知れないのはこの男くらいだ。アランやミナの態度からすると宿泊者か知り合いか、だが。


 カインの無表情に男はたじろいだが、意を決したように真っ直ぐこちらを見た。


「僕はジェド・ローラン。旅商人です。ここに宿泊してます。リリーとは一緒に宿探しをした仲で、あの子には命を助けらました。あの日、僕は冒険者ギルドの前で商談をしていて、ギルドに入っていくリリーを見かけました。僕に手を振ってくれたので、手を振り返しました。ですが、一人でしたよ」

「私もギルドに依頼を出しに行ったときに確認しましたが、リリー様はお一人で来られたそうです。シア殿はどこに行ったのでしょうか」


 アランは首を傾げながら出入り口の扉を見た。


 バタバタと音が近づいてくる。


 バタン!!


 扉が勢いよく開き、とても汚れた外套を目深に被った男が現れた。警戒で僕の前に立ったライルは剣の柄を握りながら誰何する。


「お前は誰だ」


 ライルに睨まれ、男はたじろぎながらフードを取った。


 ん?ギルドで見たことのある顔だ。冒険者だろうか?

 

「えっ………あれ?ここって精霊の宿り木って宿じゃなかったっけ?」


 キョロキョロ見渡しながら男は後退りする。


「精霊の宿り木で合っている。それでお前は誰だ」

「はぁ、良かった。ここわかりにくくてさ。あ、俺はシグルド。《疾風の護り手》のリーダーをしている。依頼主の……えっと、アランさんって誰?」


 シグルドと名乗った冒険者は懐から依頼書を取り出してぴらぴらさせた。


「アランは私です!」

「ああ、あんたがアランさんか。この依頼書はあんたので間違いないか」

「そうです!そうです!」

「依頼の子供、えっと、リリーちゃんは見つけたよ」

「ああ、ああ、良かった……。それでリリー様は?」


 シグルドの顔が渋面に変わった。


「それが、安否確認は未だとれていないんだ。今ギルドに運んで医者に診てもらっている」


 …………医者?


「森の奥に倒れていたんだ。昨日の夕方に見つけた時から目を覚まさない。森から出るのに時間が掛かって今さっき町に着いたとこなんだ」

「リリーちゃんは!リリーちゃんは無事なんですか!」


 ミナがシグルドに迫ろうとして慌ててアランに肩を掴まれて止められた。


「一見して外傷はなかった。雨に濡れて冷たくなっているけど呼吸も穏やかで眠っているように見えたよ」


 シグルドはミナに大丈夫だよ、と笑い掛け、アランには真剣な顔で、ただ目を覚まさない、と告げた。


「呼び掛けても頬を擦っても反応はなく、呼吸は穏やかだが微かだ。昏睡状態ではないかと」

「そんな……」


 アランは言葉を失ってオロオロしたが、ぐっと手を握りしめて、報告ありがとうございました、と頭を下げた。依頼書を受け取り終了の文字を書く。


「お父さん、ギルドに行ってくる!リリーちゃんに会ってくる!」

「だが、お前一人では……」

「僕も一緒に行くよ、ミナちゃん」

「ジェドお兄さん……」

「大丈夫だ。リリーは強い。見つかったんだから心配はないよ」


 ジェドはミナの頭をぽんぽんと優しく撫でた。


 リリーはギルドか。ならば。


「では、僕も共に行こう」


 驚いたようにミナが目を見開いた。


「で、で、殿下も……?」


 アランとジェドも驚いている。


「僕とリリーは……」


 そこでふと思った。


 僕とリリーの関係は何だろう?


 ただの知り合い?それよりは深い気がする。……知人か?いやそんな他人行儀ではないはず。ならば友人だろうか?……うん、しっくり来ないな。それも違う気がする。城の者には便宜上新しい友人と紹介したが、実質はそうではない?…………あぁ。もっと相応しい言葉があるね。


「リリーは恩人だ。僕も無事を確かめたい」


 はあ、とライルはため息吐き、勝手に決めないで下さいよ、と頭をがしがしと掻いた。


「リリーが心配なのは俺達も一緒ですからね。当然一緒に行きますよ」


 一人では行かせませんからね。


 ライルの眼差しにくすりと笑いが込み上げた。一人で行くつもりはなかったが、言い方が不味かったかな。


「ああ、そうだったね。僕達も、と言うべきだった」

「はい」


 カインは頷き、ライルは肩を竦めた。


 頼もしい護衛達。信頼できる僕の仲間だ。


「さあ、行こう」


 報告に帰るシグルドと、ミナとジェド、そして僕達は宿を後にしてギルドへと向かった。


 ギルドに着くとシグルドはメアリに依頼書を渡し、背後にいた僕達がリリーに会いに来た事を告げた。少し複雑そうな顔でメアリは言葉を濁した。


「あ、あー、と、そうね……まだ目が覚めないのだけど大丈夫かしら?」

「何か問題でも?」

「いえ、殿下。ただリリーちゃんは百歳ですので、妙齢のご令嬢として扱うのか幼女枠でいいのか迷うところがあって」


 まあ、それは確かに。ご令嬢の寝室は許可がない限り入ることは許されない。唯一は許されるのは婚約者だけだ。だが、幼女となれば話が違う。知り合いならば許される範囲だろう。


「本人がまだ五歳児だっつってんだから、いいんじゃねーの?酒飲めないお子様だって力説してたし」


 ライルの言葉に、そういえばそんなこともあったな、と思い出した。ジュースの飲み比べの時に言っていたね。確かに。


「そう、なら大丈夫ね。こちらです。ああ、シグルド。カーラが風邪気味で医務室にいるわ」


 了解、とシグルドは受付の奥にある医務室に向かった。


「リリーも医務室に?」

「いえ、リリーちゃんは特別だから、二階の客室に運んであります」

「特別?」

「あんな可愛い子が医務室に寝てたら、悪戯する冒険者がいるかもしれないもの。そうなったらキルドが吹っ飛びます。あの子の魔法で」


 ああ、と僕達は納得してしまった。ミナも見たことがあるのか、リリーちゃんの魔法はすごいものね、と興奮気味だ。


 メアリの案内で二階の客室まで来た。メアリはノックをして、入るわよ、と声を掛けて扉を開ける。


 そこは宿泊部屋で、ベッドと机と椅子、ソファーとローテーブル、衣装箪笥といった家具が置かれていた。赤い絨毯はやや硬めだが歩きやすかった。


 ベッドにはリリーが寝ていた。髪の乱れは気になったがそれ以外はいつもと変わらない。違っているのは、好奇心いっぱいにキラキラと輝くとても青い瞳がしっかりと閉じられていることだ。それが途轍もなく寂しく思えて、思わずリリーの手を握った。


 小さな手。だが温かい。ちゃんと生きている。


 はあ、と僕は溜め息を洩らした。どうやら自分でも気付かないうちに緊張していたようだ。


「医者の見立ては?見せたのだろう?」


 扉の横で此方を眺めているメアリを振り返る。


「ええ、見せました。外傷はなく、毒や何かの状態異常でもない。ただ寝ているだけだと」

「寝ているだけ?」

「そうなんですよ。寝てるんですって。とても深く、人の感知では把握しきれない程深く寝ていて、いつ目覚めるのかもわからないのですって」

「それは……普通ではないだろう」

「ええ。医者が言うには、これがハイエルフ特有のものなのか、外的要因があるのかさえわからないと。とりあえず命に別状はないそうです。ただ」

「ただ?」


 メアリは言葉を区切り苦笑気味に肩を竦めた。


「このまま五十年とか寝られたら、目覚めたときに命の保証がないのは我々の方だと」

「「「「「……………」」」」」


 無言になった。


 そのままリリーを見つめる。


 あ、とミナが声を上げた。


「私と殿下は会えるかも。まだ六十才前だし」

「はぁ。私は無理そうねぇ」


 メアリは悩ましげに首を振る。ジェドは歳を数えていたのか、僕もギリ無理かなぁ、と天井を見ながら遠い目をした。


「いや、まだそうとは決まってないだろ」


 ライルの指摘にカインも頷く。


「ただ寝ているだけかもしれない」


 本当にそうなのだろうか。


 そうであって欲しい。


 カインが椅子を持ってきてくれたので座った。この手を離すのが怖くて動けなかったから助かった。ジェドがどこからか椅子をもう一つ持ってきてベッドの反対側に置き、ミナを座らせた。


 ミナも恐る恐るリリーの手を取り、その温もりに安心したのかほっと息を吐いた。ふと目が合う。その気持ちは良くわかると、微笑んだら、顔を赤くして俯いてしまった。


 両側から手を握られているのにリリーには何の反応もない。よく注意しないとわからない程呼吸も小さい。一見すれば人形のようだ。


「リリーちゃん……」


 ミナの呟きにもリリーに反応はない。


 本当に目覚めるのだろうか。


 小さな手。


 小さな指。


 よく見たことがなかったが、綺麗な爪をしている。肌はすべすべで、ずっと触れていたいと思って………いや、ご令嬢?に対して失礼な感想だが、素直にこの手を離したくないと思った。ああ、ライルやカインが頻繁に頭を撫でたり抱き上げたりする気持ちがわかってしまった。一度、頭を撫でたら、何度でも撫でたくなってしまう程リリーは心地好い。ぬいぐるみを抱き締める感覚だろうか?以前思わず抱き締めてしまったときはあまりの柔らかさと軽さに驚いてすぐに離してしまった程だ。弟を抱き上げるのとは違う。同じくらいの幼児なのに、受ける印象は全く違う。


「リリーちゃんって、本当にお人形さんみたいだね」


 呟くミナの声は涙で震えていた。傍らに立つジェドが労るように肩を撫でている。


「小さくても存在感は大きいのよね。この子は」


 メアリも溜め息交じりだ。


 ライルとカインは護衛としての警戒をしながらも、握る拳が震えていた。本来なら揺すって声を掛けて起こしたい気持ちなのだろう。だが、彼らの職務がそれを許さない。本当に優秀だな、彼らは。


 リリーは、静かに寝ている。身動き一つしない。


 こんなにも君は小さくて頼りない体なのに、いつも元気一杯で、側にいる僕達にその力を分け与えてくれる。惜しみ無く叡知を授け、お礼だとにっこり笑う君は、凄く眩しくて。そんな君に僕は何をしてあげられるのだろう。君の優しさに報いたいのに、僕はこうして手を繋ぐことしか出来ない。


 最近はずっと君の事を考えている。君は何故人の世界に来たのだろうか。何か手伝える事はないだろうか。王族嫌いの君に、王族である僕は側にいてもいいのだろうか。息をするように人を助ける君が、時々とても羨ましい。僕は王族なのに、王太子であるのに、僕の力は弱い。いつも誰かに助けられている。僕の力だけで人々を助けることは難しい。僕は無力だ。それはわかっている。だけど。だからこそ、君だけは。未来と希望を与えてくれた君だけは。僕だけの力で手助けしたいんだ。


 だから。


 だから、リリー。目を開けて。その綺麗な青い瞳で僕を見て。また君の笑顔が見たい。


 ぎゅっと握った。願うようにその小さな手を両手で包んだ。


 もう一度、僕の名前を呼んで。リリー。


 目を開けて。リリー。


 リリー。


 リリー。


 俯いてぎゅっと目を閉じた。


 祈るように、君に届くように、心の中で君の名を呼ぶ。


 ………………………………リリー!


 ………………………


 ……………


 ……


 ―――――――――――――――――――ふに、ふに。


 手が握られた。


 微かな感触だけど、確かに指が動いている。


 慌てて目を開けて顔を上げると、とても深い青い瞳が僕を見ていた。


「………アル?」


 綺麗な可愛い声が僕の名を呼ぶ。


 ああ!


 嬉しくて、僕はもう一度、その小さな手をぎゅっと握った。


 





読んでいただき、ありがとうございました。

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