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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
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40. アルの部屋


 アルの部屋は塔の一番上にあった。


 物見櫓を兼ねている塔はとても大きく、見上げても首が痛くなるくらい高い。十階程の高さがあって、中心には各階に部屋があるんだって。この塔は騎士団の本部の一部で、塔の部屋も騎士団で使われているんだって。アルの部屋は最上階。その上は屋上、つまりは外になるから、階段が無い分部屋は広いよ、とアルが説明してくれた。


 初めて歩く螺旋階段は長くて、石の階段は一段が大きくて、直ぐにカイさんが抱っこしてくれた。途中にも幾つか部屋があり、混乱した騎士が右往左往していて、ライに拳骨をもらっていた。……なんだかごめんね。


 アルの部屋の前にも騎士がいたけど、アルに敬礼するだけで止められなかったよ。


 部屋の中はふかふかの絨毯が敷いてあって、落ち着いた色合いの執務机とソファーとテーブルがあり、壁際の本棚には厚い本が並んでいた。扉の左手には仕切りが置いてあり、丸テーブルと椅子があった。食事用かな。その横には一人用の青色のソファーがあるから、仕切りの向こうがアルの私室でこっちが執務室なのかな。私室の壁には本棚と、飾り棚と扉があって、扉の向こうが寝室らしい。寝室には入れないからな、ってライは言うけどそんなところに用はないもん。


 ふかふかの絨毯は執務室全体に敷かれていて繋ぎ目がない。ここではダメだね。


「僕の部屋にようこそ。リリー」


 アルが悪戯っぽく片目を瞑った。


「ここで何をするのかな?」

「そうだぞ。連れてきてやったんだ。そろそろ理由を話せ」

「えー、まだ、だよ。終わってないもん」

「何がだよ」

「内緒」


 キョロキョロして、アルの私室に向かう。


 あ、良かった。こっちは部分的だ。


 テーブルとソファーの下にそれぞれ丸い敷物があり、その間には石の床が剥き出しの空間がある。でもちょっと足りないかな。


「アル、ソファーかテーブルを少し移動してもいい?」

「構わないけど……、もしかして、また練金魔方陣かな」

「広さが欲しいの」


 この位と手で示すと、アルはライとカイさんにソファーと丸い敷物の移動を指示した。角度を少し変えてソファーと敷物を移動し、広めの床が確保できた。


 早速指に魔力を通して、宿に描いたのと同じ魔法陣を描いた。三人の魔力も登録して、準備完了だ。


 鞄をごそごそ探りながら、魔法陣を見ている三人に質問する。


「指輪と腕輪とペンダント。どれがいい?」

「何の事だ?」

「んと、魔道具?」


 指輪は剣を握るのに邪魔だとエンは言ってた。腕輪は着る服に合う合わないがあるってスイが言ってた。ペンダントは鎖が切れると紛失の恐れがあるとフウが言ってた。じゃあ、どれがいいの?って聞いたらそれは其々の好みがあるから、渡したい相手に聞いた方がいいって。


「ライとカイさんは騎士なんでしょ?指輪は剣を握るのに邪魔だと聞いたよ。アルは王子だから装飾品は決まってるよね。たから分からないの。どれがいいのか」

「そうだね。指輪は問題があるかな」とアル。

「腕輪も目立つな」とライ。

「ペンダントは大きいのか?」とカイさん。


 ペンダントの部分は大きくないけど鎖が外れたら終わりだよね。鎖が外れても身に付けられるようなもの…………。


「リリー?」

「おい、聞いてるのか?」


 答えを求めて、ぼー、と辺りを眺めた。物が少ないアルの私室で唯一の飾り棚に目が止まった。ガラスのケース入れられたペンダント。


「アル、それは?」

「ああ、母の指輪だ。母が城を出る時にお守りだと渡されたのだが僕には大きくてね。ペンダントにしてくれたけど冒険者をしているときに失くしたら困るからここに飾っているんだ」


 そっか。そっか。そうすればいいのね。


 鞄の中で創造スキルを発動。希少鉱物をあれこれ使って付与のレベルを上げた指輪を三個作成する。防犯とかあれこれ魔法を付与した。鎖も作った。強度と柔軟性を上げて、自動修復で劣化も防いだ。完璧だよね。


 三個の指輪付ペンダントを出して見せる。


 銀の鎖に通っているのは七色の光沢のある銀の指輪。地上にはない金属使っているから素材は内緒だね。


「これならいいよね」

「「「っ…………!!」」」


 三人共に息を飲んで指輪を凝視する。


「じゃあ、使用者登録するから、私の手に手をのせて?誰からする?」


 指輪と鎖を一つ、手のひらに乗せて差し出した。


「では俺から」


 カイさんがそっと私の手を握った。


「『使用者登録』」


 特に何の反応もなく終わる。


「はい、どうぞ」


 指輪をカイさんに渡した。


「次は俺だ」


 ライにも同じように使用者登録して渡した。


「大丈夫です。殿下」

「そんな心配はいらないよ。僕はリリーを信用してる」

「これも任務ですので」


 ライの言葉にくすりと笑みをこぼし、それも知っているよ、とアルは私の手を握った。


「『使用者登録』」


 問題なく使用者登録が終わり、アルに手渡す。


「これは直接肌に触れていないと発動しないから、気をつけてね。防犯と使用者登録で失くしても戻ってくるからその心配はいらないよ。鎖には自動修復が付与してあるから千切れても切られても元に戻るからね。指輪は自動サイズ調整が付与してあるから使用者登録者の指ならピッタリサイズになるよ。んと、あとは……何だっけ?」


 指輪と鎖の説明はしたよね?


「とてつもなく凄いのは分かったけどな、これは一体何の魔道具だ?」


 あ、そうだった。本題忘れてた。


 床に描いた魔法陣の上に行き、三人を呼んだ。


「この上に来て」


 そのまま魔法陣の上に来たアルとカイさん。怪訝な顔のライはそれでも魔法陣の中に入った。


 私はにこりと笑って。 


「『転移(ジャンプ)』」


 と、唱えた。


 魔法陣は光り、私達は宿の一室、アル達の拠点に転移した。


「「「!!!」」」


 蔦さん達がせっせと薬を生成していた。籠を覗いたら百本はあった。働き者だね。後で光と水をあげよう。


「こ、これは一体……リリー。僕は夢を見ていたのか?王城に戻っていた気がしたけど」

「夢じゃないよ。転移魔法で戻ってきただけ」


 魔法陣に戻り、ライの手をくいくい引っ張った。


「ライ。唱えて、転移(ジャンプ)だよ」

「っ!……『転移(ジャンプ)』!」


 アルの私室に戻った。


 ライは呆然と両手を見ている。その手は微かに震えていた。


「使った、のか?俺が?……伝説の魔法を?」

「そうだよ。これは転移魔法陣。繋がった魔法陣同士なら少量の魔力で転移できるの。使用者は登録した三人と作成者の私だけ。この魔法陣は登録者しか見えないから悪用の心配はないよ」


 ライはまだ驚きが収まらないようで、震える手を握ったり閉じたりしていた。その隣では、アルが期待に満ちた目で、ライから私へ視線を動かした。


「……リリー。それは、僕にも、使えるのかな」

「使えるよ。唱えて、転移(ジャンプ)だよ」


 アルは一度の深呼吸するように、息を深く吐いた。


「……『転移(ジャンプ)』」


 拠点に移動した。


 アルは噛み締めるように目を閉じて天を仰ぐ。


「……出来た。僕にも、出来た……」


 なんかとても感動してる?ただの移動だよ?


「じゃあ、カイさん。唱えて、」

「『転移(ジャンプ)』」


 お、おお。飲み込み早いね。


 カイさんが唱えて無事に私室に戻った。カイさんは無表情過ぎて反応がわからないけど、手を閉じたり開いたりしてるから、ライと同じ気持ちなのかな?うーん、信じられなくて……嬉しい?のかな?


 気持ちが高ぶっている三人を促して、執務室のソファーに座った。まだ説明終わってないからね。今度は指輪の説明をする。


「渡した指輪も転移の魔道具。二つの魔法陣に繋がっていて“拠点に転移”と“私室に転移”で移動出来るよ」


 三人はペンダントを首に掛け、服の下に仕舞った。


 ライが試してみる、と言って「『拠点に転移』」と唱えてソファーから消えた。そして、私室の魔法陣に現れる。何だか凄く興奮していて鼻息が荒い。


「出来たぞ!これは凄い!」


 ふむ、と頷き、アルは「『私室へ転移』」と唱えて、魔法陣に現れた。少し震えながらソファーに戻ると私の隣に座った。


「これは便利だね!何処からでもここに戻れる」


 アルも静かに興奮気味だ。瞳はキラキラで、満面の笑顔。うん。少し眩しい。


「いや、殿下。勝手にいなくならないで下さいよ」

「すまない。ちょっとした実験だよ」

「だが、有事の際には殿下を逃がすことが出来る」

「ああ、逃走手段が増えたな」


 ライとカイさんはアルを護衛する時の転移の活用法等を話し始めた。


 んー、あと伝えるのは。あ、そうだ。


「あそこの宿はね。とても美味しい食事処でね、宿のサービスは何もないんだって。掃除は自分でしないとダメなの。だからね、基本的には誰も入らないの。秘密の拠点にピッタリでしょ?」

「なるほど。それは確かにそうだね」


 多分、蔦さんが掃除もしてくれるし。


「慣れないうちは唱える必要があるけど、慣れてくれば心で唱えるだけで発動できるよ」

「それは、本当に凄いことだね」

「だから遠くへ討伐に行っても直ぐに戻れるよ。これでアルも沢山寝れるね」


 沢山寝たら疲れもとれるよ、とにっこりしたら、アルは一瞬固まってから、真剣な目で私を見た。


「……僕の為に、こんな凄い魔法を?」

「アルにはギルドで困っていたときに助けて貰ったからね。沢山優しくして貰ったし、礼には礼を返さなきゃ」

「……ありがとう。君には感謝しきれない。僕の方こそ、君に助けられてばかりだ」


 アルは私の手を強く握り、ありがとう、と何度も繰り返した。


 見つめられて感謝されるのって、何だか少し恥ずかしいな。でも嬉しい。こんなに喜んでもらえるなんて思わなかったから。だってこれはただの移動手段。怠惰な神様が考えた歩かなくてもいい方法だもん。


 じんわりと心が温かくなった。綺麗な翡翠の瞳から目が離せない。よくわからないけど、繋いでいる手の温もりが凄く恥ずかしくなってきた。


 えと、アル?どうしてそんなに見つめるの…?


 心がどきどきして、何だか顔が火照ってきた時。


 突然、シアの焦った声が聞こえてきた。


《緊急事態です。大賢者様》

《どうしたの?》

《時間がありません。大至急拠点にお戻りください》

《わかった》

 

 一度にっこりしてから、そっと手を離して、私は立ち上がった。


「さて、これで説明は終わったかな。うん。大丈夫だね」

「あ、リリー」

「私は用事があるから帰るね」

「ちょっ」

「またね」


 アルの部屋から転移した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


「行ってしまったね」

「はは、転移魔法か。本物の……」


 ここに、この執務室には転移魔法陣はない。リリーのことだ。魔道具でもないだろう。幻の魔法を使えても不思議ではない。そう誰もが思った。


「僕達は途轍もないものをもらってしまった。この恩恵は計り知れないな。どう返せば良いだろうか」


 幻の、伝説級の魔法を使った感動はアルフレッド王子の中に今も残っていた。しかもそれは。これから日常的に使用出来るのだ。


「先ずは立て替えてもらった宿代金貨十八枚からですね」


 緊張を振り払うようにライルはわざと肩を竦めた。魔術を扱うものにとって、本物の転移魔法を体感した、この衝撃は計り知れない。現存する転移魔法陣では魔法陣上の縦方向の移動のみ可能で、離れた距離の移動は出来ない。時折ダンジョンで見つかるが罠であることが多く、最も最悪の罠として知られている。その幻の魔法を、自らが発動出来て、またその力が籠められた魔道具を所持している事実に緊張するなとは無理な相談である。気を抜くと震える手に力を込める。それはカインも同様だった。


「借金が増えてしまったね」


 アルフレッド王子は苦笑した。まだ金貨四十枚も支払いが残っているのに更に増えた。だがこの借金に暗い気持ちはなかった。清々しいまでに心は穏やかだ。


「討伐を頑張りましょう」

「ああ、そうだね。これでいつでも討伐に行き帰って来れる」


 笑顔を見せるアルフレッド王子にライルは鞄から籠を取り出して声を潜めた。


「殿下。お耳に入れておきたいことが」


 ライルは、実は、と密談を始めた。










読んでいただき、ありがとうございました。

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