39. 錬金術師と錬金術
もうすぐ夕暮れになろうという時刻なのに、王都の大通りは賑わっていた。行き交う馬車も豪華になり、商店の数も多かった。
屋台がないなぁ、と思っていたら、屋台は平民街にあるんだって。ここは商業街になるから、店舗しかなく、客層も貴族になるから高級店になるんだって。
商業街を進むと王城についた。石造りの堅牢な要塞のようだけど、何かあちこち崩れてない?お城は城壁に囲まれていて、城壁の門には赤い服の門番が二人いて、アルに敬礼した。私にぎょっとした目をしたけと、ライが手で合図したら、そのまま敬礼を継続した。
門から城へ続く真っ直ぐな道と左右に伸びる道と三方向に分かれていて、ライは右に曲がった。
パカパカと歩を進めて行くけど、何処に向かっているのかな?
門から右手に進んで行き、大きな橋を渡った。お城の庭に川があったよ。ぐるりと一周する掘で王都の川と繋がっているんだって。魚も沢山いて、飢饉の時には役にたったらしい。城壁に沿って進み、少し広い場所に出た。お城の一部かな。回廊で繋がった背の高い建物の入り口に着いた。
蔦さんは鞄に戻り、ライが馬から降りて、凄く大きな息を吐いた。やっと解放された、って蔦さんに失礼じゃない?
ライに降ろしてもらって、改めて城を見上げた。石を積み上げて作った古い要塞だ。簡単な補修はしてあるけど、あちこち崩れて城というよりは廃墟に近い。
「古くて驚いただろう?崩れ過ぎて侵入が容易くなってしまってね。防犯の為に人の出入りを制限しているんだ」
アルも一緒に見上げて、苦笑する。
ふうん。そうなんだ。
「直さないの?」
「修繕費用が確保出来ないんだ」
「このままだと危なくないの?」
「危ない箇所だけ修繕している感じかな」
「……直しちゃダメなの?」
「駄目ではないけど、国の資金は民の為に遣うべきだから城は後回しだね」
「ふうん。………直してもいいんだね」
「まあ、いずれは」
そっか。直していいんだ。
これなら三回だね。
ぱん!と手を叩いて、魔力を広げて。
ぱん!ともう一つ叩いて、土魔法を発動させて。
ぱん!と叩いて、全ての石を作り替える。
「はい、完了」
ぽかんと見上げるアルに、これで修繕費用はいらなくなったね、と笑いかけたら、城がざわっ、というか、どよっ、というか騒然となった。
え?
「何だっ何だっ何が起こった?!」
「わあ!俺のへそくり穴がぁ!!」
「おっ、間違って開けた穴が塞がってら、ラッキー!」
「僕の隠してたおやつどこいった?!」
「ギャー!!覗き穴が消えたー!」
「巻き上げた金は何処へ行ったんだ!」
「お化けの仕業か?!」
「彼女とのラブレターが消えた!」
「お前そんなもの隠してたのか!彼女持ちは死ね!」
「あぁぁぁ……傷のない壁!傷のない床!きっと俺は今日死ぬんだぁ!。こんな幻覚を見るなんてぇ!」
「……ちゃんの下着がぁぁ!」
「ああ!ここに隠していた殿下の毛髪がない!!」
「お前の気持ち悪いコレクションなんてどうでもいい!!俺の発毛剤返せぇ!!どこいった!闇ルートで高かったんだぞ!!」
「夢か?俺は夢を見ているのか!おい、一発殴…ふごっっ」
「どうしよ!どうしよ!どうしよ!」
「裏帳簿がない?!」
「があー!!折角集めた侍女の下着がぁ!!!」
「非常食が消えた!誰が食べた!賄賂にもらった高級品だぞ!」
崩れて出来た穴は、大変有効活用されていたみたい。
「「「「……………」」」」
城内の喧騒とは逆に、とても静かな時が流れた。
「ライル」
「はっ」
「カイン」
「はっ」
アルの声が冷たく響く。
「どうやら規律や風紀が著しく乱れているようだ」
「声から団員の割り出しは出来ています。処分はお任せを」
バキッとライの手が鳴り、カイさんの気配が鋭くなった。アルは頼むと言ってとても冷めた目で城を見上げた。
「あれ?余計なことしちゃった……?」
戻した方がいいかな?今なら出来るけど。
不安げにアルを見たら、視線を戻したアルと目が合った。とても優しく見つめられたと思ったら、突然、アルに抱き締められた。はにゃ?!
「ありがとう!リリー!君は本当に凄いね」
一度強くギュッとしてからアルはゆっくり離れた。その顔はとても嬉しそうで、私も嬉しくなった。
「君のお蔭で修繕の心配が無くなったよ」
「直してよかった?」
「もちろんだよ」
そっか。良かったぁ。
城内を駆け回る音が止まない。混乱しているみたいだなぁ。
ぽん、とライの手が頭に乗った。
「大人しくしてろって言ったよな」
「私は大人しいよ。煩いのはあっち」
城を指差す。
「そういう意味じゃねぇよ」
ぐりぐりがっと身構えたけど、ライの手は優しくぽん、ぽん、と撫でるだけだ。
「まあ、感謝はしてる。これで安全に殿下を守れるからな」
「そう?なら良かった。あ、はい。これ」
蔦さん二号に作ってもらった籠を渡した。
「穴に入っていたもの。みんなの大切な物でしょ。返すね」
「ったく、しょうもないものばかりだな………ん?」
何かを見つけたらしく、ライの口がニヤリと歪んだ。
「お手柄だぞ、リリー。良くやった!」
ライはマジックバッグに籠を仕舞うと私を抱き上げてあはは、と笑った。
「リリー、僕の私室の前に、行って欲しい場所があるのだけど」
「いいよ。何処?」
「練金研究室。君の蔦が錬金術師を捕らえている部屋だよ」
城内は走り回る騎士や使用人で騒然としていたけど、アルが通ると皆立ち止まり頭を下げて会釈する。廊下を曲がり、階段を登って、端まで歩いて階段を下りる。また右に曲がり、左に曲がり………とても複雑にあちこち通って外に出た。あれ?外に出たよ。
「錬金術はたまに爆発するから別棟にあるんだよ」
私を抱き上げたままのライが説明してくれた。あ、そっか。ライが抱っこしてくれているのは移動の為ね。確かにこの方が早い。
「失礼する」
カイさんがノックの後に扉を開けた。
そこは蔦に絡まった錬金術師達の阿鼻叫喚が聞こえて……こなかった。
とても穏やかにまったりとした空気が流れていて、天井を多い尽くす蔦が私に気付いて葉を揺らした。
蔦さん三号だ。順番的には二号だけど、名付け順で三号だ。
部屋のなかは整然としていて、窓からの光も多く、明るかった。錬金術師達は皆、紺のローブを着ていて、フードを目深に被り顔の見えない者や、フードを被ってはいないが前髪が長くて顔の見えない者など様々だった。
中には蔦さんに練金のお手伝いやお茶を入れてもらってる錬金術師もいて、仲良くなっていた。
「これはどういうことだ?」
顔色の悪いライが私を降ろして、近くにいた錬金術師に聞いた。その錬金術師はフードを被った背の低い高齢のおじいさんで白く長い髭を三つ編みにしていた。ふさふさの白眉毛から覗く水色の瞳は少し疲れているようだった。
「おお、ライル殿ではないですか。明るい時間に珍しいですなぁ」
フォッフォッフォ……ブフォ!ゴホッ!ゲホッ!
笑いながら喉に唾を詰まらせて盛大に噎せている。
「じいさん、大丈夫か。もう年なんだから無理するなよ」
ライは背中を擦って落ち着くのを待った。
「いや、もう大丈夫。ありがとう。おや、これは殿下。ご挨拶が遅れまして」
おじいさんはアルに気付いて深々と頭を下げた。
「構わない。あまり無理をするな」
「フォッフォッフォッ。この老体に勿体無いお言葉ですな」
「で?これはどういうことだ?どうやって蔦から逃れた?」
「そうですなぁ。この蔦が攻撃的ではないのは直ぐに気づきましてなぁ。友好的な話し合いをしましたら仲良くなったというわけです」
「わあ!蔦さんと分かり合えたんだね!」
凄いなぁ!教わらなくても蔦さんと分かり合えるなんて。そんな「人」もいるんだね。
「おや?こちらの大変可愛らしいお嬢様は………はっ!」
おじいさんがぶるぶると震え出した。
「も、もしや、蔦矢を作られた、ハイエルフ様では……?」
「ハーフハイエルフのリリー・ハイレーン、です」
「おお!おお!やはりそうであったのですなぁ…………生きている内にお会いできるとは……」
泣き出してしまった。そして、拝まれてる。
周囲にいた錬金術師達が一様に跪き、拝み出した。
えー!何これ怖いよぉ。
隣にいたアルの服を掴んでしまった。アルは宥めるように背中を撫でてくれて、その暖かさに恐怖が柔いだ。
「ありがとう」
お礼を言うとアルは優しく微笑んでくれて、その次に錬金術師達を厳しい目で眺めた。
「これはどういうことかな?僕の客人が怯えているけど?」
おじいさんはアルに深々と頭を下げて、錬金術師達に仕事に戻るよう指示した。
「大変申し訳なかったですなぁ。ハイエルフ様は錬金術の祖。錬金術は遥か古の時代にハイエルフ様からもたらされた叡知の技。いわば錬金術の神に等しい存在なのですよ」
確かに、錬金術を広めたのは二代目の時だけど。そんな昔の事が残ってるの?二万年以上も前なのに。………錬金術師の神様?何かおかしいよ?
むむ、と眉間にシワを寄せたら、アルにまた背中をぽんぽんされた。指でシワを解して、大丈夫、と告げたらよしよし、と頭を撫でられた。
おじさんは、拝むのは当然の事、と笑い掛けたけどまた噎せてる。大丈夫かなぁ、このおじいさん。とりあえず、回復掛けとく?
「『生命力回復』」
おじいさんの身体に緑と青の光が吸い込まれて、光った。これで体調は整ったはずだけど。高齢者には効くよ?
「おお!おお!おお!これは凄いですなぁ!身体が軽くなりましたぞ。三徹明けの疲れも吹き飛びましたなぁ」
「年なんだから三徹なんてするなよ」
呆れ顔のライに皆頷く。
「フォッフォッ。練金の叡知を前に寝てなどいられませんなぁ」
しょうがないじいさんだなぁ、とライはマジックバッグに手を入れて紙束を取り出した。
「ほれ、これがリリーに貰った蔦矢の練金術式」
おお!おお!と震える手で紙を受け取ったおじいさんは、なんと!そんな!、と呟きながら次々と紙を捲る。
「じいさん、わかるのかよ」
「さっぱりですなぁ。所々は読めますが、術式の構成が見たことの無いものばかり。ですが読めなくとも解りますなぁ。これはとても美しい練金魔方陣です」
「もしかして、蔦矢分解したのはおじいさん?」
「これはこれは、申し遅れましたなぁ。私はベルナルド・グリンフォース。この練金研究室の室長をしておりますが、ただの耄碌錬金術師です。どうぞベル爺とでも呼んでくだされ」
「ベル爺」
「確かに蔦矢を分解したのは私ですが、解析しようと魔方陣にかけましたら折れましてなぁ」
「解析の魔方陣?それはまだあるの?」
「こちらですなぁ」
魔力ペンで羊皮紙に掛かれていた。ああ、やっぱり間違ってる。だから折れたんだね。分解なら矢は残らないもんね。
「んと、これだと解析よりは分離になるよ。ここが違ってる」
「なんと!そんな初歩のミスを……!」
ベル爺は膝から崩れ落ちた。
「三徹してるからじゃねぇのか。これが蔦矢の汎用版。使い捨ての蔦矢の練金魔方陣だとよ」
ライが紙を出すと、ガバッと復活したベル爺は食い入るように眺め、ほう、と息を吐いた。
「これはまた見事な美しい練金魔方陣ですなぁ。簡略化だけでなく、汎用性を持たせるために長さや範囲が変更可能になってますなぁ」
「そうなの。使い捨ての蔦矢だからね。誰のでも作れるようにしたの」
「ここの術式は見事ですなぁ。無駄が一つもない」
「持続性の術式は多少の揺らぎを計算して偽記号が必要になるけど、瞬発性には必要ないから省けるの」
「なるほど、なるほど。材料指定の素材式は初めて見ますなぁ」
「これはね、特定の種類でなく草全般を示す素材式だよ。指定しない分、ここで変換してね……」
ベル爺と盛り上がった。その後、他の錬金術師達も加わり、術式の構成で話は尽きなかった。
それはアルの苦笑とライの一括まで続いた。
「お前ら、いい加減にしろ!」
怒られた。はてな?
読んでいただき、ありがとうございました。




