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大賢者の退屈な日々  作者: うり
第一章 はじめてのおつかい
33/86

31. 月夜

★5 評価ありがとうございます!


励みになります!


これからもよろしくお願いいたします。


 月も頂点に差し掛かる頃。王都のシャンパール城では騎士の交代時刻が近づいていた。


 塔の自室で執務をしていたアルフレッド王子は、ふと見えた月にクスリと笑いを溢した。


 騎士服に身を包み、青い髪を綺麗に整えたカイン・ベルファスは第一王子殿下私室の室内警護の任務に就いていた。扉の前で微動だにしない彼は、表情筋が死んでいるとさえ噂されるほど無表情が常である。


 そのカインがアルフレッド王子の溢した笑い声に片眉を上げた。僅かな変化であるが他の騎士が知れば驚愕の出来事である。


 アルフレッド王子の背後に立ち、窓からの襲撃を警戒しているライル・カトラスは、その変化ににやりと広角をあげる。ライルもまた騎士服に身を包み、赤髪をオールバックに整えて眼光鋭く任務を遂行している。


「珍しいですね。殿下が思い出し笑いなどとは」


 アルフレッド王子は執務の手を止めて、カインを見たが、再び窓の月を仰いだ。


「月を見たら昼間の事を思い出してね」


 あの子は月光の様だから、とアルフレッド王子はまた笑みを溢した。僅かに首肯してカインは同意する。


「あの娘と接する殿下は年相応に見えました」

「お前もかなり表情豊かだったぞ」


 お前の顔面筋肉は生きてたんだな、とのライルのからかいに、カインは表情を変えることもなく、ああそうだな、と頷いた。


「あの娘と接する度に安らぎを感じた。心が解かされる気がした。顔面が緩むのも当然だ」


 書類にサインをしながらアルフレッド王子も賛同する。


「うん、そうだね。リリーといると気持ちが楽になる。あんなに笑ったのは何ヵ月ぶりかな」

「帝国の書状以来です。ここのところ緊張状態でしたので………考えられるとすれば、とても素直な娘だからでしょうか。弓を教えたときそう思いました」

「ああ、そうだね。裏表のない素直さが教えを忠実に再現出来たのだろう。純真無垢とはああいう事を言うのだろうな」

「はい」


 いやぁ、とライルは顎を擦る。


「百歳の割には素直でしたが、あれは純真であっも無垢では無さそうでしたよ」


 ライルの批評にアルフレッド王子は苦笑して背もたれに身を預けた。ぎしっと椅子が鳴る。


「百歳か………そうは見えなかったね。確かに銀髪ではあったけど、迷信や伝承の類いだと思っていたから」

「それが普通でしょう。一目でハイエルフと分かる者がいるならば、その存在を事前に知っていたか、余程の研究者くらいですよ」

「今じゃ偽物銀髪もいるからな。まあ、あれは銀っていうよりは灰色に近いが」


 一般的にハイエルフは過去に実在したと言われる伝説の存在だ。お伽噺に登場し、架空の存在とも云われている。目撃情報はエルフの方が多く、ハイエルフはエルフの神ではないか、そう唱える学者もいるのだ。


 人の髪は何色であっても色が抜けると白になる。銀糸のような輝きはない。どんな染料でも、魔法でも銀色には染まらない。これが常識だ。それでも近年の文化発展により、近い色に染め上げる技術が確立されている。銀髪はそれほど珍しい色ではなくなっているのだ。


「やはり本物の銀髪は違いました」


 何度も撫でて感触を確かめた。絹糸のような手触りと煌めく光沢。最初は確認で、だが段々その手触りを堪能したくて、つい手が伸びてしまう。カインは己の手を眺めながら、開いて閉じてを繰り返した。


「ああ、そうだね。『月光を紡いだ輝き』伝承の通りだった。畏れ多くて髪には触れられなかったけど」


 言外に、お前達は触りまくっていたね、と聞こえてカインとライルはびしっと姿勢を正した。ふふ、と笑ってアルフレッド王子は二人に冗談だよ、と悪戯っぽく目を細める。その変化も二人には嬉しかった。ここ半年ほどは見られなかった無邪気な少年の姿だ。


「……ハイエルフは叡智の結晶と云われている。あの子は五歳の姿でも人にはない考え方をして、人には見えないものを見ていた。とんでもないことばかりで、僕の常識が粉々になったよ」


 アルフレッド王子の脳裏に砕けたワイルドボアが蘇る。あんなに怖かった存在がまさしく砕け散った。あの衝撃と感動は今も残る。


「叡智ね。まあ、知識はあったな」

「ライルは叱られてばかりだった」


 カインの言葉にライルは顔をしかめた。昼間の事を思い出しかけ、任務中だ、と無理矢理思考を中断させた。しかし、思考は止まらない。今日一日でハイエルフは常識を越えた存在だと認識させられた。常識を越える。それはつまり………。ライルの背筋を薄ら寒いものが過る。が瞬時に()()崩れ落ちてお肉ぅと嘆く姿が蘇り寒気は霧散する。ライルの中でハイエルフのイメージは肉好きの幼児でほぼ固まった。


 アルフレッド王子もまた、すっかり執務の事など忘れて思考の海にどっぷり浸かり出した。ハイエルフの、自分にはない考え方は新鮮で世界が広がる思いがした。かと思えば人が当たり前に知っていることを知らなかったり、作法の教師に怒られる事をやりたがったり。百歳の様で五歳の様で、その姿は捉えようのない不思議な感じだった。魔獣に怯えていたと思えば強力な魔法を打ち出し、強敵を倒した喜びよりも肉の消失に嘆く。アルフレッド王子が幼い頃に絵本を読んで憧れたハイエルフとはどこか違う。だが。だからこそ幻でなく現実の出来事だと思える。等身大のハイエルフに出会ったのだと。そして確かにその叡智に触れたのだ。


「…………叡智か…………」


 腕を組み、左拳を顎に当てて、アルフレッド王子は考え込んだ。対応を間違えるわけにはいかない。どうするか、逡巡する。暫くして、頼みがある、とライルを横目で見た。


「はっ」

「帝国の情報が欲しい。手段はあるか?」

「馴染みの情報屋に多めに渡せば派遣も可能ですが、何を?」

「リリーが言っていただろう。知らない事が恐いと。知らないからこそ想像は膨らみ、恐怖は増長する。僕は帝国が何を考えているのか分からない。各国へ脅迫紛いの事までして金貨を集める理由は何なのか。幸いにもリリーがもたらした金貨でこの国は救われた。だが、本当に救われたのか。これで終わりなのか。それが知りたい。今帝国は何をしていて、何をしようとしているのかを調べて欲しい」

「確かに不気味さはありますね。わかりました。早急に手を打ちましょう。まぁ、我が国にも密偵や影と呼ばれるものがいれば良かったんですがね」

「それは無理だろう」


 空かさずカインは否定する。それはこの国ならではの理由があった。


「それに割く人員があるのなら、魔物討伐かダンジョン攻略を優先する」


 退廃をくい止めること。緊急の課題だ。


 アルフレッド王子はそういえば、とカインを見た。


「リリーから貰った蔦矢だが、量産は可能だろうか?砦の陛下達に渡したい」

「わかりました。錬金術師に解析を依頼します」

「頼む」

「はっ」


 アルフレッド王子は執務の続きをしようとペンを持ったが、ふと、窓に輝く月を見上げた。


「彼女が我が国にもたらしたものは大きいな」

「そうですね。まさしく天の御使いのようです」


 大袈裟な表現にライルは呆れ顔で呟く。


「あれは無邪気な破壊神に見えたけどな」

「「………(確かに)」」


 三人が思い出すのは砕け散ったワイルドボアと消滅したコカトリス。たった一本の矢で起きた惨事だ。


「それでも俺はあの娘に癒された」

「お前、相当気に入ったんだな」

「お前もだろう、ライル」

「まあな」


 二人のやり取りにアルフレッド王子も頷いた。


「今、この時期に現れてくれた彼女には感謝しかない。何かで報いることが出来ると良いが…………今はまだ討伐の手伝いしか出来ないが、彼女が困っていた時は助けてやってくれ」

「「はっ」」


 二人の敬礼に満足そうに頷き、アルフレッド王子は執務を再開した。


 カインとライルは夜勤の騎士と交代し、部屋を辞していく。


 夜も深まる頃になっても、アルフレッド王子の一日はまだ終わらない。書類の山を前に、密かに欠伸を噛み殺した。


 







読んでいただき、ありがとうございました。

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